第二十六話 戦王の娘
ソルが夜遅くまで戦術を突き詰めている頃……。
フロストヴェイルの中心、建設中のドーム避難所の中で、オークの娘が大剣を振るっていた。
「ハアッ!」
地面をえぐる蹴り込み。仮想敵のニンゲンを一刀両断しそうになり、彼女は途中で寸止めした。
オークの筋肉量に支えられた力強い剣術だ。
だが、力任せではない。むしろ、きわめて洗練された剣術だった。
重力のもたらす力が足から腰、腰から肩、そして腕を伝って剣へとしなやかに伝達されている。
あらゆる剣術は、腕より手先より、地面と関わる足が重要だ。
どれだけ上半身が強くとも、支えがなければ剣は振るえない。
「生真面目だよねェ」
その様子を見ていたオークの男が言った。
地面に立てた魔法の杖で頬を支えている。
楽をしているようでいて、バランスが悪くふらついていた。
楽なのかどうかも怪しい。態度が悪いのだけは確かだ。
「相手のニンゲン、魔法を使うんでしょ? まず絡め手だよォ。そんな基礎の訓練なんかしてないで、ボクとスパーリングしとけばいいのにさァ」
「断る。だいたい、この決闘は勝ち負けじゃねえんだよ。勝敗の話をするんなら、オレが勝って当然だろ」
「じゃ、何なのさ、ザルダ」
「確かめるんだよ。やつが口だけ野郎なのか、本気で覚悟を持って何かをやろうとしてる奴なのか。ま、どうせ口だけ野郎だろうけどな」
ザルダは汗をぬぐい、再び型稽古を繰り返した。
「お前もやれよ、軍師サマ。最近サボってんだろ」
「いやあ、ボクはほら、頭の方で労働してるから」
「嘘つけよ。目線がオレの尻を追っかけてたぞ」
「ングッ。仕方ないでしょ。そんな軽装で暴れてれば、嫌でも目に入るよォ」
「言い訳してないで、さっさとやれ」
ザルダに予備の剣を渡され、”軍師サマ”も練習に加わる。
「そんなァ、ホントに考えてたのに」
「んな考えることあるか? もう支配は安定したろ」
「いやァ、例えばボクが支配者になれる可能性はあるかなァ、とか」
「冗談でもそんな事は口にするな」
ザルダが殺気を放つ。気にした風もなく、彼は雑に剣を振った。
「冗談だよ、冗談。ホントはさ、どこまで他の連中を締め上げられるかなァってのと。あと、締めすぎて一斉に反乱が起きたときのこと」
「……オヤジは十分以上に優しくしてんだろ。優しくしすぎて、どいつもこいつも調子に乗ってるぐらいだ。反乱なんか起きるかよ」
「そういう所がさァ、ボクたちオークは考え方が甘いよねェ」
彼は不気味に笑った。
「単純すぎて、感情の動き方ってのが分かってないんだ。ザルダのパパだって、統治が隙だらけさァ。あんなんじゃ、帝国には勝てないよ」
「帝国と戦争なんか起きるか? ”終わらぬ冬”が来るって話だろ」
「信じてるのかい?」
「いや……」
「他の連中だって信じてないさ。事実であるかどうかに関わらず、これは亀裂の元だよ。フフ……」
ザルダはこの陰気なオークにうんざりして、訓練の場所を変えた。
ドームの外に出て、薄く雪の積もった中で剣を振る。
「どいつもこいつも。口と頭ばっかり達者で、薄っぺらい生き方しやがって」
苛立ちに任せて、仮想敵を一刀両断する。
「あのソルって奴も。戦王様がどれだけ優しくしてんのか、分かってんのかよ。薄っぺらい理想論が通じる場所じゃねえんだぞ、ここは」
不思議なことに、一刀両断したはずの仮想敵が立ち上がってきた。
ザルダは口元を歪ませる。オレは何を期待しているんだ?
まさか、あのニンゲンにこの苦しい生活を変える力があるとでも?
「バカバカしい!」
さらに仮想敵を切り刻む。また立ち上がってくる、ような気がした。
「……何を期待してんだか。アホらしくなってきた。寝るか」
彼女は剣を鞘に戻し、大きくあくびをした。
石炭の燃える臭いが鼻に伝わってくる。家々に設けられた暖炉はフル稼働状態だ。もう暖房なしで寝れば命が危ない。
早くドームを完成させなければ、街中のテントで暮らすホームレスたちは壊滅するだろう。
だというのに、徴税は進まない。どこの村も税を渋り、物資を隠し、自分たちだけは生き残ろうとする。
……滅ぼしてしまえばいい、とザルダは思っていた。
見せしめで震い上がらせれば、物資不足でこの街の人々が大量に死んでいく未来は避けられる。
「薄っぺらい理想論が通じる場所じゃないんだ……」
優しすぎる。戦王にしろソルにしろ。
本当に、そんなやり方が通じるものなのか。
通じるというのなら、示してみろ。戦えば、本気の度合いは分かる。
ふと、ザルダの目線が遠くの店に向かった。
アミールとかいう獣人族のやっている交易系の商店だ。
だいぶ遅い時間だというのに、二階には光が灯っていた。
(どうせくだらない事でも考えてんだろうな。今のオレみてえに)
やめだ、と彼女は思った。
考えすぎても意味がない。明日になれば分かることだ。
「奇襲でも何でも、好きにしやがれ。真っ向から受け止めてやる」
- - -
翌日。正午。街外れの、周囲から一段低い道のようになった雪原。
待ち合わせの場所で、ソルは精神を集中させていた。
十分に策は練ってある。ここで勝ち、それを足がかりにしてどうにか戦王と話し、魔氷について話すかどうか見極める。
そして同時に、どうにかミサナや他の子供達を親元へ帰してやる。
計画、というにはあまりにも細い筋だ。それでも、やるしかない。
「逃げずに来たか。褒めてやるよ」
大きい。それが、向かい合って抱いた第一印象だった。
戦王の娘ザルダは一回り背が高く、足も腕も筋肉質で太い。
やはり殴り合えば負ける。奇襲を仕掛け続けるしかない。
「じゃ、やるか」
「……勝ち負けに何も賭けなくていいのか?」
「あのな。決闘してる時点で、誇りが掛かってんだよ。お前が負けても当然で済むがな、もしオレが負けたらどうなる? 笑いものだぜ」
「なるほど。なら、条件は同じだな!」
「はあ?」
「俺にも負けられない理由はある。全力で行くぞ!」
「……おもしれえ。全力とやら、見せてみろよ」
ザルダは正眼に構える。そこに奇をてらった要素はない。
まっすぐに力を信じてぶつかってくる、王道の戦い方だ。
そして、決闘が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます