第二十五話 負けられない理由


 護衛最終日の午後も、これまでと変わりなく過ぎていった。

 まばらな襲撃へ対処し、定時で切り上げて食堂へ向かう。


「一緒に仕事するのも今日までだな! お疲れ様!」

「絶対、決闘には勝ってくれよ! お前は俺たちの希望だ!」


 ささやかな打ち上げを終えて、ソルたちはオークの監督官に家の鍵を返した。

 ザルダとの決闘は明日に決まっている。

 夜を明かすために〈フロストヴェイル〉へ向かったソルは、ふと足を止めた。


「ミサナ?」


 またミサナが家の外で膝を抱えている。

 彼女の目線は、遠くの〈フロストヴェイル〉へ向いていた。


「ダン、ちょっと先に行っててくれ」

「ああ」


 ソルはミサナの隣に座った。

 どうにも放っておく気にはなれなかったのだ。


「その家には、一人で住んでるのか?」

「ううん」


 ミサナと同じような子供が数人と、監督役の大人が一人。

 一緒に住んでいる人はみんな優しくて、不満もないらしい。


「でも……」

「……フロストヴェイルの家族と会いたい、よな」

「うん」


 彼女の大きな獣耳がぴくついた。まるで、耳を凝らしてフロストヴェイルの家族の声を聞き取ろうとしているかのように。


「何でパパと別れなきゃ駄目なの? ミサナ、店のお手伝いしてたのに」

「わかるよ、一緒に暮らしたいよな」

「……ミサナは大丈夫だもん。でも、パパは泣いてたし、だって……」


 とても大丈夫なようには見えなかった。

 それでも少女はこらえている。


「ねえ、ソルさんが決闘に勝ったら、パパに会えるの?」

「ああ。俺が勝ったら、きっと会える」

「……でも、オークと戦うなんてむずかしいよね」


 その通りだ。一対一の腕比べでオークで勝とうとするのは無謀だろう。

 だとしても、こんな少女に心配されてしまうのは情けない、とソルは思った。


「あの……負けちゃっても、ミサナは大丈夫だから……その、ごあんぜんにグリュックアウフ?」

「俺は大丈夫だ。絶対に勝つよ。君がパパのところへ帰れるようにしてみせる」

「ほんとに?」

「ほんとだ。約束しよう」


 小指と小指を絡ませる”指切り”で、ソルははっきりと約束した。 


「うん……約束だよ! ミサナ、信じるから!」

「ああ」


 彼女は屈託のない笑顔で笑った。


「あ、さむーい! ごめん、戻るね! がんばって、ソルさん!」


 安心して寒さに気付いたのか、ミサナが家の中に戻っていく。

 彼女を見送り、ソルは立ち上がった。

 絶対に負けられない。


 それからソルはフロストヴェイルへ移動した。

 入り口でダンが待っている。


「宿を取った」

「え? 宿屋なんて無いんじゃなかった?」

「商人のところに泊めてもらう。決闘の前日ぐらい、屋根の下で寝るべきだ」

「なるほど。それはありがたいな」


 二人はテントの並ぶ大通りを抜け、商人の店へと向かった。


「護衛の仕事、お疲れさまでした。話は聞きましたよ。空きのベッドがありますから、自由にお使いください」

「ありがとう、助かるよ!」

「いえいえ。私としても、是非この決闘には勝って頂きたいですからね」


 商人はソルをソファに案内した。いくつかの小瓶が置かれている。


「回復と身体強化の魔法薬です。使いさしですが……役には立つでしょう」

「いいのか?」

「もちろんですよ。鉱山で働かされている仲間たちのために立ち上がったと聞きます。出来る限りの支援をするのは当然でしょう?」


 商人の目線が壁に向かった。

 木の皮に炭で何かが描かれている。

 それは子供の絵だ。獣人族らしき人間が二人。

 それぞれ”パパ”、”ミサナ”と書かれている。


「……ミサナはあなたの子供だったのか」

「まさか、会ったのですか!? 娘は元気にしていましたか!?」

「ああ、元気にしていたよ。気丈な娘だ。でも、パパに会いたそうにしてた」

「ああ、ミサナ……! パパも、今すぐにでも会いに行きたいけれど……!」


 商人は悔しそうに膝を叩いた。


「出せるものなら、もっと支援を出したいものですが! 私の店に、これ以上の薬も武器もありません……!」

「もう十分に助けてもらったよ。決闘に備えて早めに寝ておきたいんだけど、寝室は……?」

「ああ、はい。二階に空き部屋が……ミサナの部屋があるのです。一人しか泊まれませんが、どうしますか?」

「おれは一階の床で寝る。ソルに使わせてやれ」

「では、こちらへ!」


 ソルはミサナの部屋に案内された。

 木で手作りされた人形が棚に並んでいる。

 物がないなりに、人形遊びができるよう商人が自作したのだろう。

 彼は手にとって眺めてみた。どうにも不器用な作りだ。

 ……そこに籠もった愛情を感じて、負けられない気持ちは更に強まった。


 ソルはノートを開き、ダンから受けたアドバイスを記した。

 耐えて泥仕合に持ち込め。

 そのためには……? ソルは頭をひねり、想像上でオークと戦ってみる。

 真っ向から打ち合った瞬間に剣が吹き飛ばされ、一瞬で敗北した。

 力比べは絶対に無理だ。工夫して戦わなければ。


(大事なのは魔法の使い方だ。俺は魔法の炎が操れるし、これを使って……)


 フェイントやだまし討ちのパターンを日記へ書き連ねる。

 位置関係を図に描き、状況に応じて何が使えるのかを考え、想像上で試す。


 そうして、ソルは夜遅くまで作戦づくりに熱中した。

 ……熱中しすぎて、布団に入らないまま寝てしまう。


「……お前はバカだな、ソル。だが、好ましいバカだ……」


 様子を見に来たダンが、彼をベッドに寝かせ、しっかりと布団をかけてやった。


「だからこそ、多くの人間がお前に何かを賭けるのだろう。頑張れよ」

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