第二十四話 方針


 正午の休憩時間が終わり、午後の採掘が始まる。

 ソルたちは洞窟の先で護衛に立ち、更に何回か魔物と交戦した。


「この魔物、どこから湧いてくるんだ?」

「わからんが、この洞窟が広いのは間違いないだろう」


 座って敵の気配を探る二人の耳に、終業の鐘が聞こえてきた。

 今日の仕事はこれで終わりだ。護衛仕事の残り期間はあと六日。


「お、来たか! おつかれ!」


 地上へ戻る坑道の入り口で、獣人族たちが二人を待っていた。


「いや、今日は助かったよ! 普段はオークが護衛してるんだけど、たまに討ち漏らしがこっち来て大変でさ! 二人が優秀だから、今日は楽だった!」

「そうか? ならよかったよ! 俺はソル、炎の魔法使いだ! 皆の名前は?」


 ソルは獣人族たちの名前を聞き、たわいもない雑談をしながら地上へ戻る。

 陽は落ちかけていたが、まだ夜ではない。


(意外と、労働時間は短いんだな……)


 入り口で獣人族と別れた二人を、オークの監督官が呼び止めた。


「おい。今日から六日間、お前たちには家の一つを貸す。自由に使え」

「いいのか?」

「ああ。それと、もうすぐ中央の食堂で夕食が出る。一時的とはいえここの労働者だ、しっかり食べて明日に備えろ。今日はご苦労だった」

「ど、どうも」


 ソルは簡単なつくりの鍵を眺めた。家の番号が書かれている。


「……家まで貸してくれるのか。ここの労働者、待遇は悪くないな……」


 二人は番号を頼りに家を探した。

 鉱山街の建物はどれもしっかりした木で作られている。

 フロストヴェイルの家と比べてもむしろ作りはいいぐらいだ。

 テントとは比べるべくもない。


「63番。ここか」


 簡単な家具の置かれた、予想以上にしっかりした家だった。

 隙間風が入ってくることもない。ベッドもちゃんと複数置かれている。


「おれは商人のところに行って、預けた荷物を持ってくる。お前は先に飯を食っておけ」

「ああ、分かった。ありがとう、ダン」

「気にするな」


 ソルは素直に食堂へと向かった。

 炊事の煙がまっすぐに伸びている。肉と魚のいい匂いがした。


(……良いもの食ってるな)


 獣人族たちの食べているスープは、街の炊き出しと比べてはるかに贅沢だ。

 ごろごろと具が入っている。労働者でもしっかり腹を満たせる量だ。


「おーい、こっちだ!」


 炭鉱の中で会ったグループに呼ばれ、ソルは食事に同席した。

 柄のよくない雑談に付き合っているうちに、オークについての話題が出る。


「あいつら、俺たちから搾るばっかりで……」

「連中の作ってるドームも、どうせ自分たちのためなんだろ?」

「奴隷時代よりはマシだけど、帝国と大して変わらないよなあ」


 ソルは彼らの本音に注意深く耳を傾けた。


「ソルはどう思う?」

「……少なくとも、このスープはフロストヴェイルの炊き出しより数倍上等だし、この鉱山街の家も上等だと思う。それに、あのドームは皆の避難用だ」

「なんだよ、オーク連中の肩を持つのか?」

「そういうわけじゃない。ただ……皆、この鉱山街の外の状況は知ってるのか?」

「知れるわけないじゃん、ろくに休日もないってのに」

「それもそうか」


 獣人族は明らかに優遇されているが、そのことを知らない。

 それに、きつい労働に従事させられているのは事実。不満が出るのも当然だ。


(結局、オークは力で統治してるだけだ。細かい調整で不満を抑えたりするような政治はできてない。せめて他種族の代表が統治に参加できれば……)


 何となく全体像が掴めてきた、とソルは思った。


「心配しなくても、戦王の娘と決闘はするし、労働条件の交渉はするよ」

「おっ!? 本当か!? いやあ、頑張ってくれよ!」

「ああ」


 短く返事をして、ソルはスープを飲み干した。

 早めに雑談を切り上げて、借りている家へと戻る。


「ん?」


 獣人族の少女が、家の外に腰掛けて膝を抱いていた。


「ミサナ、どうしたんだ?」

「なんでもない」

「本当に?」


 彼女の横に腰掛けて、ソルは待った。

 星の輝く寒空の下、まばらに人が通り過ぎる。


 ふいに、夜空を極彩色の輝きが満たした。

 オーロラだ。極地が近いこの凍土では、さして珍しいものでもない。

 だが、この不可思議な輝きには何回見ても衰えない魅力がある。


「おお……」


 ソルの瞳に緑の光が反射した。

 だが、ミサナは興味を示さない。

 道を……その先にあるフロストヴェイルを、じっと見つめている。


「寒くないのか? 家の中からでも、外は見えるだろう?」

「……うん」


 彼女は後ろ髪を引かれるように道を振り返ってから、家の中に入っていった。



- - -



 それからの数日間、ソルは護衛の仕事に追われた。

 魔物の襲撃頻度はかなりのものだ。

 命がけの戦闘を何度も繰り返していれば、他の事なんか忘れてしまう。

 ミサナやら政治やらの事を忘れ、彼は戦闘に集中した。

 戦王の娘ザルダとの決闘も近い。訓練しておく必要がある。


「ふう……」


 四回目になる襲撃を捌き終えて、ソルは全身をこわばらせていた。


「アドバイスしようと思っていたが。不要そうだ」

「そうかな?」

「ああ。正しい苦労だ。足さばきと位置取りに注力しているな?」

「……分かるのか?」

「分かる」


 ダンが一冊の日記帳を取り出した。

 ソルが持ってきた私物だ。


「いや勝手に日記見たのかよ!? 戦ってるのを見ればわかる、みたいなヤツじゃなくて!?」

「見れば分かる。だが、お前の書いていることが気になってな」

「だからって勝手に見るなよ!?」

「戦闘で何があったか文章で書くのは、正しい振り返り方だ。だが、文章では限界がある。敵と自分の配置を意識して、図で戦闘の経過を書いてみろ」

「あ、ありがとう? でも人の日記を勝手に見るなよ!?」


 その日の夜、ソルは素直に配置の図を書いてみた。

 ホブゴブリンにしろ他の魔物にしろ、基本的には囲むように動いている。

 それに対応するために、ソルは横へ飛んだり後ろへ飛んだりしていた。


(あ、俺ってだいぶ無駄に動いてるな……)


 振り返りで得た経験を元に、次の戦闘で動きを変えてみる。

 最初は上手く行かなかったが、段々と立ち回りがスムーズになっていった。


(多対一をやるんじゃなくて、一瞬の一対一を作る。分かってきたかも)


 そしてソルは護衛の最終日を迎えた。

 いつものように一番坑道を下り、護衛位置について魔物を待つ。

 すると、闇の奥から〈ホブゴブリン〉が大量に襲ってきた。


「一人でやってみる。討ち漏らしが出たら、よろしく」

「ああ」


 ソルは魔法剣を抜いた。

 構えを作る。すっ、と体があるべき姿勢へ収まった。

 普段通り、〈ファイアボール〉での牽制。

 接近戦で両手持ちに切り替え、囲まれないように足さばきで移動しつつ、ホブゴブリンとの一対一を作って堅実に仕留めていく。


「ふう」


 戦闘はすぐに終わった。

 体がこわばっている感じもない。


「いい動きだ。自信はついたか?」

「ああ、なんか決闘もいけそうな気がしてきた!」

「それでいい。お前の戦い方からは、基本に忠実なことが伝わってくる。きっと、魔法剣の構えや型もしっかり練習してきたのだろう」

「まあな! コワい師匠に死ぬほど叩き込まれたんだよ……!」

「だろうな。もし”勝てない”と思ったら、お前が積んできた努力を思い出せ。お前は土壇場で自分を信じるに足る根拠を持っている。重要なことだ」


 ダンの言葉は、ソルの心にすっと入ってきた。

 指を失い弓を引けなくなったとはいえ、かつては一流の狩人だった人間だ。

 経験に根ざした本物の言葉には価値がある。


「才能だけに頼る人間は、土壇場で脆い。おれの見る限り、あのザルダという娘は才能を持って生まれてきた者だ。耐えて泥仕合に持ち込め。それで勝機が出る」

「……分かった。よく覚えておくよ、ありがとう!」


 なんだか第二の師匠ができた気分だな、とソルは思った。

 魔法と剣の師匠だった元賢者ヴァニャよりも、ずっと納得できる指示をくれる。


(あの人ほんと滅茶苦茶だったよな……今も滅茶苦茶やってるんだろうなあ)


 それから襲撃はなかった。正午の休憩時間がやってくる。

 ふとミサナのことを思い出したソルは、鉱夫に質問してみる。


「ミサナか。彼女の父親は、街で商人の仕事をやってるんだよ」

「あんな子供が、親と別れて一人で?」

「珍しくない。オーク連中の指示だ。労働力は無駄にするな、ってよ」

「……街には路上で暮らす人間やゴブリンが居たのにな。あれこそ労働力の無駄な気がするんだが」

「だろ?」


 やはり統治の効率が悪い。無駄が出ている。

 今の凍土は戦王の独裁だが、その戦王自身は帝国軍や魔物への対応で留守にしていることが多い。そんな状況で的確な内政が出来るはずもない。


(戦王に訴えてみる必要がある)


 ソルは方針を決めた。

 どうにか戦王と一対一で話せる機会を作り、この現況を訴えるべきだ。


(そのために、ザルダとの決闘には勝たないとな……)


 オークたちは力と名誉を重んじる。

 戦王の娘を倒したとあれば、きっとソルの話に耳を傾けてくれるはずだ。

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