第二十三話 炭鉱へ


 ゴブリンに混ざって街中で夜を明かしたあと、ソルたちは炭鉱に向かった。

 商人アミールから依頼された通り、獣人族の採掘を護衛するためだ。


 煤けた鉱山街を歩く疲れきった人々の波に紛れ、二人は炭鉱の入り口に着いた。

 魔法で動く排水ポンプのごうごうという音が響く。

 だが、音に反して排水路にはほとんど水が流れていない。

 永久凍土ゆえに鉱山へと水が染み出してくる事がないのだろう。


 排水路から流れ出す水は、近くを走るくぼみへ流れ、そこで凍りついていた。

 あの下には川が流れているのだろうが、今は凍っているようだ。


「お前らが護衛か。おい、この中で一番杭に行く者は!」

「あ、はーい!」


 獣人族の少女が手を挙げた。ミサナだ。


「よし。この娘に着いていけ」

「よろしくね!」

「ああ、よろしく!」


 二人はミサナの後ろに着き、人の流れに混ざって薄暗い鉱山を下っていく。

 ところどころにご安全にグリュックアウフという標語の看板が置かれていた。


(安全にって言うんなら、まずは子供を働かせるのをやめろよ……)


 ごつごつした素掘りの坑道の所々に、風の魔法石が置かれた通気孔があった。

 少なくとも設備の面では、最低限の安全には気が配られているようだ。


「なんか、暖かいな」

「でしょ? 冬はこの中の方が楽なんだ。地下に住めたらいいのにねー」

「……そうだよな。冬の間だけでも、そうできたらいい」


 木の柱で支えられた人工的な坑道を下っていると、広い洞窟に出た。

 人間の掘ったものではないが、天然でもない。真円のような断面だ。

 天井からは泥のような色をした氷のつららが垂れている。


(魔力は感じない。ここの地下には魔氷の層は無いのか)


 洞窟を少し進んだ先に選鉱の設備があり、オークの監督官が待っていた。

 二人を見て、フン、と鼻を鳴らす。


「この先に採掘隊がいる。先行して護衛しろ。まあ、ニンゲンに護衛が務まるとは思っていないから、無理そうならば帰ってこい」

「分かった。そうするよ」

「私はここまでだから、またね! ごあんぜんにグリュックアウフー!」


 ミサナが手を振り、選鉱場のベンチに座った獣人族の子供たちに合流した。

 大量の粉塵が舞う中、黙々と不純物を取り除くだけの作業をやっている。


(あんな子供が、こんな環境で……)


 ソルは拳を握りしめた。今すぐにでも、魔氷があるからこんなところで働く必要はない、と言ってやりたいぐらいだ。


「さっさと行け」


 オークの監督官に急かされ、ソルは洞窟の先へと進む。

 魔法石の照明で照らされた薄暗い中で獣人族がつるはしを振るっていた。

 地面や壁に露出している石炭をそのまま掘っているようだ。


「あ、あの時の!」

「アミールさんが送ってくれる護衛って、君たちだったのか!」


 何人かが二人の姿に気付き、作業の手を止めて歓迎する。


「休憩時間はまだだ! 労働に戻れ!」


 が、現場を監視しているオークに怒られ、しぶしぶ作業へ戻った。

 ソルたちは物理的にも心理的にも空気の淀んだ作業場を抜ける。


「〈ライト〉」


 ソルが初歩的な魔法を唱え、真っ暗な闇を照らす。

 まだまだ先まで洞窟は続いているようだ。石炭らしき黒色の鉱石も多い。


(迷宮のなり損ないか? 一から坑道を掘るよりずっと楽だろうな)


 二人は適当な場所に腰を降ろした。

 ここを守っていれば魔物の侵入は防げるはずだ。


「しかし、何で獣人族しかいないんだ?」

「元鉱山奴隷だろう」

「あ、そうか……」


 ダンに言われて、ソルは魔法学園で聞いた噂話を思い出した。

 北方で帝国に逆らった獣人族が鉱山奴隷として働かされている、という噂だ。


(眉唾だと思ってたけど、今ならわかる。本当なんだろうな)


 この鉱山の獣人族は、枷や首輪を着けてはいなかった。

 少なくとも奴隷ではないようだ。

 逃げてきた後も、過去の経験から鉱業に従事しているのだろう。


(しかし、オークたちの管理がずいぶん厳しかったな。見ているかぎりフロストヴェイルの燃料は大部分が石炭だったし、ノルマが厳しくもなるか?)


 知れば知るほど、この凍土の暮らしはどこも厳しい。

 魔氷という一発逆転の手段がどれほど重い札なのか、ソルは実感を深めていた。

 これさえあれば凍土一帯を軽く征服できるほどの力だ。


「……む。来た」


 ダンがおもむろに立ち上がる。ソルも魔法剣の柄に手をかけた。

 もう片方の手で放つ〈ライト〉を強め、闇の奥を照らす。

 ゴブリンによく似た緑肌の醜い魔物たちが光に竦んだ。


「〈ホブゴブリン〉か」

「俺にやらせてくれ」

「ああ。明かりはやっておこう」


 ダンが懐から小さな〈ライト〉の魔法石を取り出した。


「ありがとう」


 ソルが右手で魔法剣を抜き放ち、半身で左の手のひらをホブゴブリンへ向ける。

 魔法剣の基本的な構えだ。


「さて、久々にやるか! 〈ファイアボール〉!」


 素早く連射される火炎球が、様子を見ていたホブゴブリンに直撃する。


「ギイッ!」


 不愉快な鳴き声と共に集団が突進を開始した。

 さらに連射で数匹を討ち倒し、そこで魔法剣を両手持ちに切り替える。


「〈マジックファイア〉!」


 炎を纏った刀身が次々とホブゴブリンを切り捨てていく。

 一瞬のうちに戦闘は終わった。圧勝だ。


「ふう。久々にしては動けたかな」

「悪くない」


 二人は採掘現場まで戻り、オークの監督官へと交戦を報告した。

 わずかに感心した様子でオークが頷く。


「ニンゲンにしては、やるな」


 横で聞いていた獣人族も、また尊敬の眼差しでソルを見つめた。


「ホブゴブリンを……」

「八匹!? 無傷で!?」


 大したことのない戦果だが、戦えない者からすればすごい戦果だ。


「決闘するっていうだけあるんだなあ!」

「やっぱり、あの噂はホントなんじゃないか?」


 座って休憩している獣人族の鉱夫たちは興奮したように話している。

 オークは嫌そうな顔だが、休憩時間だから文句は言えないようだ。


「なあ、噂ってなんなんだ?」


 ソルは彼らに混ざって座り、質問した。


「それは……」


 ちらりとオークの方を見たあと、ソルだけに聞こえるようささやく。


「その……皆をオークから解放してくれるんじゃないかって」

「え?」

「戦王の娘と決闘するんでしょ?」

「確かに決闘はするけど」

「やっぱり! 獣人族(おれたち)の待遇を改善するために立ち上がってくれたんだ! ありがとう!」


 鉱夫は目を輝かせた。ソルを救世主かなにかのように扱っている。

 彼らが助けた人間がオークと決闘する、という事実から、いつの間にか都合のいい尾ひれが広まってしまったようだ。


(……ずいぶんな噂が流れてるんだな)


 難しい状況だった。

 下手に肯定してしまえば、話が盛り上がって反乱に直結する可能性もある。

 だが、まだオークと戦うべきかどうかも決めていないのだ。


(けれど、あんな風に期待されたら……)


 鉱夫たちの目には希望が宿っている。

 彼らを助けたい、という気持ちがソルにあるのは確かだった。


「ソル」


 ダンが彼の肩を小突いた。


「流されるな。決めるのはお前だ」

「分かってる」


 彼は落ち着きを取り戻して、獣人族に告げた。


「少し、労働条件の交渉ができないか試してみるよ。助けられた恩もあるし。でも、上手くいく約束はできない」

「それだけでも十分だよ!」

「ありがとう!」


 獣人族たちは次々とソルのことを抱きしめた。

 ソルの体がどんどん鉱夫たちの炭と埃で汚れていく。

 (でも、嫌な気分はしないな)と彼は思った。


「休憩時間は終わりだ! 仕事に戻れ!」

「おっと、もうそんな時間か。じゃ、ご安全にグリュックアウフ!」

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