第二十二話 炊き出し


 翌日から炭鉱で護衛の仕事をするために、当然だが一泊する必要がある。


「宿屋はどうするんだ?」

「宿屋か。そんなものは無い」

「あっ、そうか」


 ダンに言われて、ソルは気付いた。


「通貨がなくて商売するのも難しいし、家がなくて道にテントを張ってるホームレスが沢山いる状況だもんな。この街だって生活は苦しいのか」

「今となっては、おれたちの方が豊かだ」

「皆が魔氷の恩恵を受けれればいいんだけどな……」

「ああ」


 二人は交易商の店にいったん荷物を預けて、大通りを進んだ。

 宿屋がないからには街の中で野宿するしかないが、貧しい街でソリに乗せた大荷物を引いていたら格好の的なので、このほうが安全だ。


「どこかのゴブリンたちに混ぜてもらうか!」

「そうだな。地元民と交渉するのが賢明だ」


 ソルは良い場所を探しながら街の中を歩き回った。

 ちらちらと建築中の巨大ドームが視界に入る。


「ちょっと、あのドームを見に行ってみないか?」


 大通りはまっすぐドームに続いている。

 その道を進むうちに、道端に張られたテントはどんどん増えていった。


 近くからいい匂いが漂ってきた。

 ドーム近くで炊き出しをやっているようだ。多種多様な種族が列を作っている。

 人間に、獣人族などの亜人に、ゴブリンや犬頭のコボルトを主とする魔族たち。

 ……帝国内で顔を合わせれば間違いなく喧嘩になる組み合わせだ。


「並ばないのか?」


 列を整理しているオークが、ソルに言った。


「俺たちは外から商売に来てるだけだからさ」

「構わない。戦王様は余所者にも寛容だ。この街の運営は外からの徴税によって成り立っているのだから、外の人間に食べさせる飯ぐらいはある」


 獣人族たちのところで出会ったオークと比べて、随分と柔らかい態度だ。


(こっちの人は戦王派なのか。オークだから全員同じってわけでもない……考えてみれば、当然だな)


 ソルは列へ並んでみることにした。


「ところで、あのドームは何なんだ?」

「”終わらぬ冬”が来たときのためのシェルターだ。中には街の全員を収容出来るだけのスペースがある。今はまだ建設中だが」

「街の全員を……」


 ソルは足場に囲まれたドームを見上げた。

 これほど巨大な建物を作るためには、たしかに大量の物資が必要だ。


「他の街からの避難民は入れるのか?」


 オークは一瞬、答えに詰まった。


「……入れるはずだ」

「そうか。ところで、終わらぬ冬っていうのは」

「名の通りだ。そういう預言がある」


 ”終わらぬ冬”については、彼も具体的な事は知らないようだ。

 おそらく誰も知らないのだろう。本当に起こるかどうかさえ。


 並んだ列が進んでいく。会話はそこで終わった。


「どう思う、ソル」

「他からの避難民を受け入れるスペースまでは無いんだろうな」

「同意見だ。レイクヴィルから絞るだけ絞っておいて、おれたちの分はない。こいつらときたら、まったく大層な身分だ」

「……好きでそんなことやってるわけじゃないと思うけど」

「嫌々やっていたとして、何も変わらん」


 しばらくして、ソルたちが配給を受ける番が回ってきた。

 大鍋から木の深皿へとスープが注がれる。スタッフはほとんどがオークだ。


「ったく、何でオレがこんな……ん? んん?」


 ソルたちに皿を渡そうとしているオークの女は、ソルの知っている顔だった。


「あっ! てめえ! こんなところで何やってやがる!?」


 戦王の娘ザルダは皿を机に叩きつけ、ソルを指差した。


「おい、オレと決闘しやがれ! 戦王様にナメた態度取ったのは忘れてねえぞ!」

「いきなりそんなこと言われても。無駄に殺し合う必要なんか無いんじゃないか?」

「無駄だと!?」


 ザルダが机に手をついて、ソルに噛みつかんばかりの勢いで言う。


「てめえ、何のために生きてやがる!? 力と名誉! それが全てだろ!」

「……俺はそう思わない。俺の力や名誉を捨てた程度で他の皆が幸せになれるんなら、喜んでそうするよ。そういう生き方だって悪くないだろ」

「あーもう、オヤジみたいな事言いやがって! ますます気に入らねえ!」


 明らかに苛立った様子のザルダが、机を飛び越えてソルに詰め寄る。


「殺し合うのが嫌だってんなら、不殺でもいい! オレと決闘しろ!」

「……どうして決闘する必要があるんだ?」

「戦えば、互いのことが分かるだろうが! 話すより手っ取り早い! 口でならどうとでも言えるが、戦いに嘘の入る余地なんかねえんだよ!」

「いや……オークって、皆こうなのか?」


 ソルに聞かれたダンが「そうだ」と頷く。

 力と名誉。それがオークの文化だ。


(野蛮な文化、なんて切り捨てるのは楽だけど……でも、上手く魔氷を広めていくためには、オークを含めて色んな種族との協力が必須だよな)


 歩み寄ってみるか、とソルは思った。

 もしかすると本当に”戦えば互いのことが分かる”かもしれない。


「分かった。不殺で安全にやるんなら、俺は決闘を受けてもいい」

「へえ。戦王様に食って掛かるだけあって、根性だけはあるじゃねえか」


 ザルダはソルのことを見下ろして、口元をにやりと歪ませる。

 戦王ほどではないが、大きい。体格でも筋肉量でも明らかに負けている。

 魔法剣の強みを引き出さない限り、ソルに勝ち目はない。


「だけど、少しだけ待って欲しい。明日から鉱山で護衛の仕事があるから、今は怪我できないんだ。それが終わった後でならいつでもいい」

「……仕方ねえな。逃げるなよ」


 それから、ザルダは机に置いたままの深皿を掴んだ。


「おら、食っとけ。せいぜい体調でも整えておくんだな」

「ああ。そうするよ」

「なんだよ、妙に素直な答え方しやがって。調子が狂うぜ……おら、次!」


 彼女は炊き出しの仕事に戻った。

 ソルたちもスープを受け取って離れ、食事で体を暖める。


「おれならまだしも、お前があのオーク娘に勝てるのか」

「勝つ。そのために、明日からの護衛の仕事で調整するよ」


 ソルは真新しい魔法剣の柄を掴んだ。

 彼が使えるのは、初歩的な炎魔法とそれなりの剣術だけだ。

 決して才能があるとは言えないソルだが、だからといって弱いわけではない。


「お前が勝つと言うと、勝つのだろうという気がする。不思議なものだ」

「俺のモットーは〈有言実行〉だからな!」

「ああ。知っている。村に来てから、お前は確かに有言実行の男だった」

「だろ?」


 ソルは笑って、スープの残りを一気に飲み干した。

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