第二十一話 凍都フロストヴェイル
〈フロストヴェイル〉の街並みは、帝国の都市に負けないほどの規模だった。
無数の足跡がついた門を潜れば、大通りには多種多様な種族が集っている。
……道の左右には大量のテントが並んでいた。
家が足りていないようだ。
彼らの体つきを見れば、食料が足りていないことも明らかだった。
にも関わらず、街の中心では巨大な建築物が作られている。
何十個も積み重なった木の足場に囲まれ、円形ドームの骨組みがそびえている。
あれ一つを作る資材で、ホームレス全員に家を作ってもまだ余るぐらいの量はあるはずだった。
「なあ、あのドームって何なんだ?」
ソルは街の住民たちに尋ねた。
彼らは緑色の肌をしていて、背が小さく頭が大きい。
多人族……〈ゴブリン〉という魔族だ。
世界で最も数の多い知的生物、と言われている。
「知らネーな、どうせオーク共のもんだロ」
「戦バカに内政なんかできネーって証拠かナ」
「確かに、あんなの資材の無駄使いにしか思えないよな……」
あれが村から持っていかれた税金で作られていると思うと、いい気はしない。
「指導すルのは〈エンギ〉でネーとナ。〈ウォリ〉じゃダメだ」
「……? どういう意味だ?」
ソルが聞いたことのない単語だった。
「ほラ、”えんぎにあ”と”うぉりあ”って言えバ分かるだロ?」
「ああ、技師(エンジニア)と戦士(ウォリアー)ね……」
「あんた、〈マギ〉か? お偉いさんだナ」
「あ、ああ、多分?」
「なのに、オレたち邪険にしない。いいヤツ」
「いいヤツ!」
「……? ありがとう!」
よくわからない感謝だった。ソルが困惑しながらその場を後にする。
「ソル、ゴブリンの文化については習わなかったのか」
「いや、まったく」
「……ゴブリンたちの社会は、役割に応じたカースト制だ。お前は魔法使いだから〈マギ〉で上から二番目になる。おれは使い捨てのゴブリン戦士と同じ底辺だ」
「ゴブリンってそんな文化だったのか!?」
「帝国の魔法学園は、魔族について何も教えないようだな。どうせ殺して追い出す相手のことを知る必要はない、というわけか」
ダンは不満気に言うと、大通りから路地へ入った。
壁に寄りかかったゴブリンたちが二人を品定めする視線を投げてくる。
彼らの肌は青色で、口元に小さな牙が生えていた。オークに近い。
おそらくハーフなのだろう。……ゴブリンは大抵の種族と子供を作れる。
「その服……上等だナ。よこセ」
「こいつは魔法使いだぞ。よしておけ」
「……ググッ……!」
青いゴブリンたちは両脇に避けた。
二人は路地を抜け、別の大通りへと出る。
「知っていれば、避けられる争いもある……ここだ」
二人は交易商の看板が掲げられた店へ入った。
若い職員たちが二人の荷物を運んでいく。
「ようこそ、レイクヴィルの皆さん。さて、本日のご用件は?」
獣耳を生やした商人が言った。獣人族のようだ。
ダンに視線で促されて、ソルが歩み出る。
「資材を売りたい」
「……とだけ言われましても、通貨がありませんからねえ。あなたは?」
「あ、ああ。ソル・パインズ、炎の魔法使いだ!」
「新しくこの土地へ来た方ですか。私はアミール。見ての通り商人です」
恰幅のいい、人のよさげな男だった。
この土地で太っていられるあたり、どこでも商人は強いのだろう。
「通貨の代わりになるような物とかも無いのか?」
「あえて言うなら、食料と燃料でしょうか? さて、荷物を拝見しましょう」
毛皮の張られたソファへ案内され、持ってきた荷物が机に置かれる。
アダマンタイトの塊を見て、商人が目を細めた。
「……なるほど。かなりの質ですね。これを食料や燃料で払うとなると、かなりかさばってしまいますから……少々お待ちを」
店の奥から、商人が各種の魔法石を持ってきた。
だが、自分たちで作れるものは買う必要がない。
地下の換気のためにいくつか風の魔法石を買ったが、それほど値が張るものでもないので、まだまだ持ち込んだ品との価値が釣り合っていなかった。
次に商人持ってきたのは高そうな宝石や美術品だ。
ソルへと来歴や価値について解説するが、そういう物では駄目そうだと分かったのか、また奥へと引っ込んでいく。
(美術品があってもしょうがない。もっと実用的な品があればいいんだけど)
ソルの期待に答えてか、商人が持ってきたのは一本の剣だった。
刀身には炎のような波紋が刻まれている。
「魔法剣か!」
「見ただけでよく分かりますね」
魔法学園時代からソルは武器に魔法剣を使っていた。
名の通り、魔法の杖と剣を兼ねる特殊な武器だ。
純粋な剣士としても魔法使いとしてもあまり才能が無かった彼だが、魔法剣士としてはそれなりの使い手であった。
剣と魔法の両方へと全力の努力を注ぐ者は少ないので、才能が無くとも努力だけでかなりの場所まで登りつめることができたのだ。
「それがいい!」
「……ですが、少し値が張りますからね。そのオリハルコンに加えて、持ってきて頂いた毛皮や魚を足しても、やや価値が足りない。そこで」
「そこで?」
「一週間ほど、炭鉱採掘の護衛を頼んでもよろしいでしょうか?」
「採掘の護衛? どうして採掘に護衛が必要なんだ?」
「この凍土の地下は魔物だらけですからね。鉱山も危険な場所なのです」
悪い話ではない、とダンが言った。
ソルも同意見だった。過酷な採掘の現場を知っておくのは、これからの諸々を判断する上で貴重な材料になる。
「分かった! 俺に任せてくれ!」
「ええ。よろしくおねがいしますよ」
ソルは商人とがっちり握手して、荷物と魔法剣を交換した。
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