第十八話 不死鳥のごとく(4)
スノードリフトは冬を迎えつつある。一日ごとに寒さの猛威は増してゆく。
だが、魔氷をくり抜いた地下へと移住したおかげで、レイクヴィルの村人が寒さに苦しむことはなかった。
村長いわく、かつてないほど冬への蓄えが溢れているという。
命が脅かされる心配はない。
ソル・パインズの努力は成果を出した。既にそう言える状況だった。
だが、彼はそれで満足するような男ではない。
毎日のように地下を掘り進めていく。
(なんか……人助けとかじゃなくて! 頑張れば頑張るほど村が発展してくのが……すごく楽しい……!)
アリシアの体力が尽きたあとも、彼は魔氷のつるはしで地下を掘り進めた。
その努力の甲斐あって、地下五百メートルまでの掘削は短時間で終わった。
永遠に続くかと思われた魔氷の層が途切れて、赤い光沢のある岩石の層が現れる。
「この光り方は!」
明らかに金属だった。
ソルは鉱脈へと魔氷のつるはしを振り下ろす。
驚くべきことに、つるはしの先端が欠けた。
「硬っ!?」
ただの鉄ではない。
ソルは大急ぎで村へ戻った。
……約五百メートルの高低差がある、しかも氷の坂道だ。
流石のソルも途中で息が切れて、大変な思いで村まで上がっていく。
凍った魚や肉、それに魔氷と木材が積み上げられた村の大広間では、大勢の村人が集まって故郷の歌や踊りを披露していた。
こういう騒ぎ方ができるぐらい、村は豊かになっている。
「ぜえ、はあ……村長! あった! 鉱脈だ!」
ただでさえ歌や踊りでテンションが高くなっていたところに、この吉報である。
村人たちはお祭り騒ぎになり、ソルを囲んでがやがや褒め称えた。
「よっ、英雄様!」
「あんたさえ居ればこの村は安泰だ!」
「ああ、酒があればなあ! 失神するまで飲ませてやりたいのに!」
村人の輪を割って、村長と大工がソルに話を聞いた。
赤い光沢。魔氷の道具よりも強度が高い。地下の奥深く。
これらの情報を聞いて、どちらもピンと来たようだ。
「アダマンタイトではないかね?」
「ひひっ、間違いない。アダマンタイトじゃ!」
アダマンタイト。鉄に近い性質を持つ魔法金属だ。
ミスリルやオリハルコンと違って扱いやすく、普通の設備でも扱える。
「こうしちゃおれん、掘るぞ!」
大工が魔氷のスキー板を靴にくくりつけ、怪しげな道具を大量に抱えて地下坑道を滑り降りていった。
「……あの爺さん一人では不安だ。色々な意味でな。おれが様子を見ておく」
お祭り騒ぎと距離を置いていたダンが、大工を追って地下に降りていく。
それから、ソルを囲んでのお祭り騒ぎは更に加速した。
「俺、地下から登ってきたばっかなのに! 疲れてるのに……!」
ソルに助け舟を出す者は居なかった。
彼はアリシアの姿を探したが、どこにもいない。
……たぶん、催しの人混みを嫌って部屋に籠もっているのだろう。
「まあまあ、そんなこと言うなよソル!」
「何もかもお前の……いや! 俺たちだって、みんな頑張ってるんだけど! それでも、かなりお前のおかげなんだから! 祝わせてくれよ、なあ!」
「おうい、肉ぅ! 肉ぅ持ってこぉい!」
”徴税”で村が滅びかけてから、みな毎日必死に働いてきたのだ。
もうそろそろ手を緩め、成果を喜んでもいいんじゃないか……と思っていたところにソルがアダマンタイトを掘り当てたので、溜まっていた歓喜の感情がシャンパンのように吹き出して止まらなくなってしまったのだろう。
「わかった、わかった! みなの喜ぶ気持ちは十分に分かるがね、ここはいったん落ち着いて、段取りを踏んでから喜ぶことにしよう! 今夜は祭りだ!」
祝えなかったお祭りを、今ならばやり直すことができる。
そういう理屈で村長がなんとか騒ぎを抑え込んだ頃には、ソルは揉みくちゃにされすぎてグロッキー状態だった。
「大丈夫かね。話しておきたいことがあるのだが」
「あ……ああ、俺は大丈夫だ……まだまだ……うっぷ」
「少し、外の空気に当たるとしようか」
村長に支えられ、ソルは屋外の冷たすぎる空気を顔に浴びた。
「いいかね?」
「ああ。ちょっとマシになった」
「では話そう。アダマンタイトの鉱石は、既に他の街でも産出されているのだよ。だから、私達がアダマンタイト製品を売り買いしても、鉱山の存在はバレにくい」
「なるほど」
「そして……ここからが本題なのだがね」
村長は声を潜めた。
「私達は、帝国の港町〈ラストホープ〉との連絡を取っているのだよ」
「……え?」
「戦王も言っていただろう? 人間以外が山脈の南側に住むと、帝国軍に追い出される、とね」
「村長、あんた……帝国に情報を流してるのか?」
「当然だろう? そうしなければ生き残れなかったのだからね」
もっとも、仲が良いわけではないが、と村長は言った。
「情報と引き換えに得られる物資も便宜もごくわずかだ。私達が全滅しても、いくらでも代わりはいるのだから。だが……情報ではなく、アダマンタイトを売ればどうだね? 私達は、今やそうした動きができる力を手に入れた」
「でも、村長。確か、”帝国軍はこの地方を放置してるのは、ここが貧しい地域だから”ってのを聞いた覚えがあるんだが」
「それはダンから聞いたのだろう? 彼は素朴な男だ。政治など詳しくないよ」
村長は肩をすくめた。
「港町を治めているのは〈帝国北部軍第7中隊〉の指揮官ミハエルだが、彼は帝国への忠誠心が薄い。そして、彼は”一国一城の主”に憧れているタイプでね。仮にこの雪原が豊かになったとして、本国に報告せず自分のものにしようとするだろう」
村長は活き活きと話している。水を得た魚のようだ。
「実際、しょっちゅう雪原に兵を出しては戦王に撃退されている。だから戦王はこの近辺を行軍していることが多いのだよ。君を見つけた時も、おそらくそれだ」
「……そうだったのか」
「帝国が国として攻めてきているわけではないがね。帝国軍がここを放置しているかといえば、別にそんなことはないのだ。この凍土は、戦場だよ」
村長は両手を組んだ。
「そして。今、私達はその戦場の行方を左右する力を持っている。魔氷とアダマンタイトだよ。……この切り札を使うことも、使わないことも出来る」
鋭い観察眼がソルに向く。
「帝国へ与することも、戦王へ与することも。両方へ味方のフリをすることも。第三勢力に与することも。そして……私達だけが使うことも、葬ることも出来る」
「……」
「君の意見を聞いておきたい。間違いなく、今この時において、この凍土で最も重要な人物は、君だ。これから、この凍土はソル・パインズを中心に回るだろう」
「言い過ぎだよ」
「いいや。事実だ」
ソルは悩み、ひとまずの答えを出した。
「判断するには、情報が足りなさすぎる。もっと多くのことを知ってから決めるよ。この状況で無理に方針を決めるなんて早計すぎる!」
「やはり、君は賢いようだね。その通りだ。今すぐにとは言わないよ」
村長は微笑み、立ち上がった。
「アダマンタイトを持って〈フロストヴェイル〉へ交易に行きなさい、ソル君。そうすれば、少しはこの凍土のことが分かるだろう。答えはその後で聞くとも」
「……そうするよ」
「それでいい」
ソルは冷たい外の風に身を晒したまま、しばらく考えを巡らせた。
……賢者を努めていた時に、帝国という国の実態は思い知っている。
あの腐った国に味方はしたくない。だが、帝国には今も多くの友人がいる。
「ローク、俺はどうすればいいと思う?」
その問いに答える者はいない。
答える者が居たとしても、他人に委ねてはならない問題だ。
〈フロストヴェイル〉へ行かなくては、とソルは思った。
この凍土のことを、もっとよく知る必要がある。
凍土に夕日が落ちていく。赤く染まった新雪。それは血の色とよく似ていた。
いかなる努力をもってしても、流血の未来は避けられないのだろうか。
あるいは、もしかしたならば……。
「おーい?」
村人が、背後からソルの事を呼んだ。
釣り人のニールセンだ。
「ソル君、今日は祭りだよ。君が主役なんだから、こんなとこに居ないでさ」
「ああ、そうだな」
ソルの頬は緩んだ。
そうだ、今日は祭りだ。
絶望の淵から不死鳥のごとく舞い上がったこの村には、少しぐらい羽目を外してはしゃぎ回る権利がある。
「なんか、難しい顔してるけど……ほら、祭りに行けばきっと楽しくなるって!」
希望で溢れた瑞々しい笑顔で、ニールセンが言った。
祭りよりも何よりも、この村の人間がそういう顔を出来るようになった事が、ソルにとって一番の報酬だった。
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