第十七話 不死鳥のごとく(3)
「……寒っ!?」
数日ぶりに外へ出たソルは、厳しい寒さに思わず身を震わせた。
鉱業のための装備を作っている間にも、また気温が下がったようだ。
彼は小走りで屋内へ戻り、温度計を外へ吊るした。
マイナス三十度。うげっ、とソルは悲鳴を漏らす。早朝とはいえ相当な気温だ。
「そろそろ秋も終わりか」
出入り口に現れたダンが言った。
「長い冬が来る。……熱源なしで活動できる時間は限られてくるぞ」
「それなら俺に任せてくれ! 炎ならいくらでも出せる!」
「ああ。お前が居れば、厳冬期でも外で活動が可能だろう。だが、お前が居ない時は厳しい」
「……俺が居ないと狩りに行くことも釣りに行くことも出来ないってことか? きっついな……」
「ああ」
冬が来る前に食料や燃料は蓄えておく必要がある。
幸い、魔氷の道具が作れるようになったことで収集は順調だ。
このまま行けば地下に籠もったまま冬をやり過ごすこともできるだろう。
ダンの背後から、大型の機材を抱えた村人たちが続々と集まってきた。
彼らが持っているのは、大工の手を借りて作った
ソルたちは室内で時間を潰し、正午すぎまで待って出発した。
気温はマイナス十五度まで上がっている。
「……暖かいな」
「ぜんぜん暖かくないわよ」
ダンの呟きにアリシアが突っ込みを入れた。
「俺も暖かいって思っちゃったよ。だいぶ感覚狂ってきたな……ま、行こう」
ソルの率いる試掘部隊が出発し、村の近くで大掛かりな設備を組み立てた。
大きな土台にドリルの付いた中空の魔氷シャフトを固定し、十人ばかりの力で回転させて地面を掘り抜いていく。
十分に掘ったところでシャフトを延長し、更に深くへ。
そうして数百メートル――メートルというのは、この惑星の長さを基準にして帝国が決めた単位だ――ほどの孔を掘ったあと、逆回転させて引き抜いていく。
こうすれば魔氷で作られた透明な中空シャフトの中に地層が保存される。
リスクを抑えながら地下の状況を調べられるのだ。
が。
引き抜いたシャフトの中身は、ほぼ全てが魔氷だけで埋まっていた。
「どれだけ深くまで氷なんだ……?」
いったい何があればこんな地層が作られるのだろう、とソルは首をひねった。
「まあ、これだけ深いなら魔氷に困ることは無いわね。遠慮なく使えるわ」
「……だが、魔氷は輸出がやりにくいからね」
調査に同行している村長が、口元に手を当てる。
「金属製品ならば、必要以上の注目を避けながら他の街へ輸出ができる。交易で他所と結ばれれば、村を発展させる上で大きいのだが……」
「とりあえず、離れた場所で掘ってみないか?」
ソルの提案で、場所を変えて再び試掘が行われた。
結果は同じだ。数百メートル地下まで掘っても、ほとんど魔氷しか出てこない。
「……今日はここで中断しましょうよ。更にシャフトを作って、人力で行ける限界まで掘り抜いてみるべきじゃない?」
「そうするか。よし、帰るぞ!」
それから、日を改めて更に試掘が続行された。
大量の延長シャフトをつぎ込み、地下の奥深くまでドリルを伸ばす。
「さ、流石に! 長すぎて! 回すのが大変だわっ……!」
「鍛え方が足りていないな」
「あんたが……鍛えすぎなのよっ……! ひーっ……死ぬぅっ……!」
アリシアが脱落したのを皮切りに、村人たちも力の限界を迎えていく。
ドリルの深度はおよそ五百メートル。シャフトのキリキリと軋む音が孔から聞こえてくる。強度的にも限界が近かった。
その時、バキインッ、と硬質な音が響き渡った。
シャフトは折れていないのに、ドリルがまったく回らない。
何か硬質なものが先端に当たっていた。氷でも土でもない。
「これは……! 鉱床を掘り当てたんじゃないか!?」
「ただの岩石の層じゃないかしら」
座り込んで休んでいるアリシアが現実的な意見を述べた。
「引き抜いてみましょう」
ドリルを逆回転させて、シャフトに詰まった中身を確かめる。
案の定、ほとんど全てが魔氷だった。
「とりあえず、ここを五百メートルまで掘っても安全なことは確認できたわね」
「そうだな。この地点に向けて、俺たちで魔氷をくり抜いていこう」
鉱脈は見つからなかったが、ガスなどの危険がないことも確認できた。
あとは安全が確認できた方向へ向けて〈マジックファイア〉と〈アンチマジック〉を併用して氷を溶かしていくだけでいい。
岩石の層まで掘ってしまえば人間の目で直接地層を確認できる。
村長の言うように金属が含まれているなら、すぐに分かるはずだ。
……だが、地下五百メートルまで斜めに掘るのは大変な作業だ。
斜めに数十メートル掘るたびに〈アンチマジック〉の魔法を何回も何回も唱えているアリシアの体力が尽きて、翌日まで中断を余儀無くされる。
「ねえ……」
作業開始から数日目。氷の壁によりかかったアリシアが、ソルを見上げた。
「なんであんたピンピンしてるの……」
「ほら、俺って初歩的な魔法しか使えないだろ? だから、魔法を人の何倍も使いこなさないと学園の卒業なんかできないしさ。ひたすら制御の練習してたんだよ」
ソル・パインズという魔法使いは、魔力と魔法の制御に関して驚異的な実力を誇っている。
相当な玄人でもなければ一見では気付けない能力だ。
……この実力は、純粋な戦闘能力に繋がるわけではない。見抜いたとしても、そこに価値を見出せる魔法使いはあまり多くないだろう。
魔法使いを戦争のために育てている帝国ならば尚更だ。
「うわ……嘘でしょ? ひたすら毎日、初級の魔法を使い続ける作業をしたの?」
「そういうこと。師匠いわく、”百万の魔法を一度づつ扱った魔法使いより、一つの魔法を百万回練習した魔法使いの方が遥かに強い!”ってわけ」
「それはそうだけど……よくやるわね、尊敬するわ……」
ソルの魔力は少ない。強力な加護のおかげで炎魔法への適性はあっても、魔法そのものへの適性はほとんどなかった。
並外れた魔法制御を可能にしないかぎり、学園への入学も不可能だったのだ。
「ねえ、ソル。それだけ基礎力をつけたなら、大きな魔法でも扱えるんじゃないの?」
「いや、まさか。俺じゃ魔力が足りないよ。魔族でもないのに、魔石とか魔氷の魔力を身体に入れることなんて出来ないしさ」
「……あんたが魔族に生まれてたら、世界最強だったかもしれないわね」
「ははっ、そりゃ言いすぎだよ! だったらいいけどさ!」
ソルはアリシアに手を差し伸べた。
「まだ疲れてるんなら、俺の背中に乗ってけよ! フラフラしてるのに、この氷の坂を登るのも大変だろ?」
「えっ……と、あの……」
アリシアの顔が火照って、冷たい表情が崩れた。
弱々しくて子供っぽい、誰かに甘えたくて仕方ないような目をしている。
これが彼女の素顔だ。ソルは気付いている。
「お、お願い……」
「ああ」
アリシアを背負って、ソルは村の広場まで戻った。
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