第十六話 不死鳥のごとく(2)
ソルの〈マジックファイア〉とアリシアの〈アンチマジック〉を組み合わせれば、鉱山を掘ること自体は難しくない。
問題は、掘った先に何があるか分からないことだ。
「掘り当てるのが鉱物ならいいけど、ガスとか油を掘り当てたら大変だよな」
とりあえず斜めに掘り進めてみたあと、ソルはふと気づいてしまった。
このまま掘り進めるのはだいぶ危険な賭けになる。
そもそも、無意味に掘ったところで鉱石が見つかるはずもない。
「ええ。流石に、そういう対策は専門外よ」
「どうにかして調査するのが先か?」
「そんなこと可能なの? 装備もノウハウもないのよ?」
「分からない。とりあえず、何か工夫できないか考えてみるよ」
二人は掘り進めるのを中止して、地下の広場へと帰った。
太陽光こそ届かないが、いたるところで”魔氷ろうそく”が燃えている。
ろうそく型の魔氷に〈アイスシールド〉を掛けて溶けにくいようにした後、〈マジックファイア〉で魔力が燃えるようにしただけの簡単な照明だ。
その揺らめく炎に照らされて、氷の壁や天井が不思議な輝きを放っている。
何時間でも見ていられそうだ。
「ぼーっとしてないで、照明の魔法石でも作ったら? 不足してるじゃない」
忙しそうに魔法陣の制御を弄りながら、アリシアが言った。
「あ、ああ。そうだな」
ソルは広場の外周から短い通路を経由して自室へと戻った。
氷の部屋には簡単なベッドと作業用の机だけが置かれている。
見た目は寒々しいが、集中暖房ダクトから吹き出してくる暖かい風のおかげで居心地は悪くない。
「さて、やるか。〈ライト〉!」
ソルは魔石へと魔法の光を当てた。ごく単純な、名前通りの魔法だ。
(魔法石が十分に沢山あれば、魔法石を使って魔法石が作れるようになるんだけどな。でも、そんなたくさん作るほど原料の魔石もないか……)
魔法石の製造は完全な単純作業だ。十分な魔法を当てて”癖”をつけるだけ。
ひたすら魔法を使い続けながら、ソルは地下を掘る方法について考えを巡らす。
(要するに、地中を試掘できればいいんだよな? 小さなドリルで、深い孔を掘ってみるとか……そういう感じで調査するんだったか?)
考える時間は十分以上にあった。
それに、ソルは熱血だが、頭を使うのが苦手というわけでもない。
もっとも、体を動かすほうが好きすぎて学園の成績は壊滅していたが……。
(こう、木のシャフトを間に噛ませて延長していけば、すごい深くまでドリルを潜らせる事もできそうだし……奴隷が回してるアレとか船の錨を巻き上げる奴みたいな感じで回転させてやれば……)
曖昧なアイデアが、徐々に具体的な形を帯びていった。
「あ、でも作れないか。木でドリルの先端を作っても強度が足りないよな。この村に金属は無いし、金属の代わりになるような物なんて……」
ハッ、とソルは壁を見た。
この魔力を帯びた氷は〈アイスシールド〉で保護されている。
もともとこれは防御魔法だ。
「……何で気付かなかったんだ!?」
魔法石を作っている場合ではない。
ソルは広場へと出てアリシアの姿を探した。
彼女は村長と何かを話している最中だ。
「聞いてくれ! 魔氷は金属の代わりになるんじゃないか!?」
ソルは二人の間に乱入し、いきなりまくしたてた。
「魔氷を金属の代わりにする!?」
「可能なのかね?」
アリシアと村長が顔を見合わせた。
「……出来るわ! 当然じゃない! 魔氷の持つ魔力を防御魔法に割けば、かなりの強度が出るわ! どうして今まで気付かなかったの、私!?」
「可能なのか……!」
村長が口元に手を当てて、興奮しながら歩き回る。
「斧が作れる! 木を切り倒して、まともに木材が手に入る! 武器も、いや防具だって! 大きいぞ、これは大きいぞ! よく思いついてくれた!」
「まったく、あんたには舌を巻くわね! ほんと、賢者ってのも伊達じゃないわ! 行くわよソル、氷を切り出しましょう!」
「ああ! 村長、大工の人を呼んでおいてくれ!」
地下を掘りかけてやめた通路の先で、二人は魔氷を炙って切り出した。
塊のまま大工の所に運ぶ。
「話は聞いたわい。要するに、これを道具の形に削り出せばいいんじゃろ?」
「そういうことだ!」
「ただの氷細工じゃ。楽勝じゃわい」
木のノミを使って、年老いた大工はざくざくと氷を削っていく。
見事な手際だった。瞬く間に、氷から作られた巨大斧が出来上がる。
……追放されてくる前は、この大工も名のある人間だったのだろう。
「さ、仕上げは任せたわい」
「ええ。〈アイスシールド〉っ!」
冷気がアリシアから吹き出した。気合の入った魔法が魔氷の斧に籠もる。
彼女はよろめきながら斧を振り上げ、刃の反対側を地面に叩きつけた。
ビクともしない。強度は十分だ。
「ソル! ちょっと素の〈ファイア〉でこれ炙ってみなさいよ!」
「え!? あ、ああ。〈ファイア〉!」
ソルの手のひらから炎が吹き出した。
氷の斧はまったく溶ける様子すらない。
「いいわね! 完璧だわ!」
アリシアが満足気に斧を担いだ。ふらふらしている。
「無理するなよ、アリシア。危ないぞ!」
「別に無理なんかしてないし!」
彼女は斧を振り回そうとしたが、バランスを崩して滑って転んだ。
「ほらな!」
「あう……」
ソルは空中で斧をキャッチする。
(……しっくり来る)
道具としてだけでなく、武器としても相当なバランスだ。
ソルは軽く剣術の型通りに斧を振ってみた。
さすがに剣と比べれば重心が前寄りで、機敏な動きは難しい。
そのぶん威力は高まっているので、魔物相手なら丁度いいかもしれない。
「やるのう。お前さん、剣術家か?」
「ええと、まあ一応。もとは魔法剣の使い手だった」
「ほー」
「ま、ソルっていかにも体育会系だものね」
「分かる?」
「分かるでしょ。分からない奴が居るなら驚きよ」
「なら、武器を見繕ってやらんとのう。ひひっ、腕が鳴るわい」
大工は楽しそうに笑っている。
「さて、次はこれに魔法を籠めてくれんかな」
大工は余った氷で自らの道具を造ったようだ。
木の道具に比べてかなり強度も上がり、一気に加工がやりやすくなるだろう。
「おい、ウルリッヒや。こいつは武器の素材としてもかなり素性がいいわい。武器の量産も出来るが、どうするね」
「……試作はしておいてくれないかね。ただし、あまり人目に付かないように」
「コソコソするんか。面倒じゃのー」
魔氷の塊を持ち上げてじろじろと眺め、大工は不気味な笑みを浮かべる。
「ひひひっ。もっと冷やしてやれば、肉に張り付くようになるわい」
呟いていることも不気味だった。
……この大工は追放されるべくして追放されたタイプなのだろう。
それはともかく、魔氷を金属代わりに使えるようになった事は非常に大きい。
明日からはあらゆる作業効率が一気に高まる。
「あとさ。一つ、作って欲しいものがあるんだ。ドリルの先端なんだけど」
「ドリル!?」
大工が激しく反応した。
「おう、作ってやるとも! 任せるがいいわい! 男のロマンだわい!」
この調子なら、鉱業の方面でも成果が出るのは近いだろう。
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