第十五話 不死鳥のごとく(1)


 ひとまず衣食住は確保されたが、やるべき事は山積みだ。

 真っ先に対応すべきは魔氷にまつわる諸々だった。


「やっぱり、暖房のとこがちょっと溶けてるな」


 煙突に直結した暖房の部分が、炎に当たって溶けている。

 灰を持ってきて断熱はしたが、どうしても熱で溶けるのは避けられない。

 だが、今は明かりも熱源もこれしかないので、消すことも不可能だ。


「でも、他が溶けてないだけで上出来よね」


 床に敷いた木を剥がして、アリシアが言う。


「ものすごく弱い〈アイスシールド〉の魔法を掛けておくだけでも、なんとか溶けるのは防げるかもしれないわ。氷の壁を冷やしながら部屋を暖めるというのも、だいぶ非効率的だけど……」

「効率はとりあえず後回しで行こう。魔力はたくさんあるんだ」

「ええ。……あと、溶けた水が蒸発してるせいで、魔力濃度が高いわ」

「魔法には要注意ってわけか」

「試してみましょう。〈アンチマジック〉」


 ソルの右腕を中心にして、半透明の結界が出来上がった。

 ソルが〈マジックファイア〉を使った瞬間、ぼっと内側で炎が燃え盛り、瞬時に消える。


「……壁には〈アイスシールド〉だけじゃなく〈アンチマジック〉の魔法陣も刻んでおくべきね。魔力濃度が高くなりすぎて危ないわ」


 彼女は懐から魔石を取り出して、壁にぶつけた。

 瞬く間に魔力が充填され、魔石が光り輝く。

 それだけのエネルギーを有しているのだ。例えば、暖房の魔法石をここへ持ってきたら、すぐに暴走してしまうだろう。

 せっかく魔力が溢れているのに、日常生活に魔法を使えないのでは意味がない。何とか安全対策をする必要があった。


「床と壁と天井に魔法陣を施工して、〈アイスシールド〉と〈アンチマジック〉が維持されるようにすればいいのか?」

「ええ。うまく制御する回路は考えてあるわ」


 そして、既にアリシアは対策を完成させていたようだ。

 アリシアは巨大な魔法陣を刻みはじめた。

 〈アンチマジック〉が安定すれば、魔法を使う上での危険は少なくなる。

 魔氷から魔石へと魔力を移した上で、安全に魔法石を使って暖を取ったり照明を点けたりできるだろう。


(薪の心配が無くなるってだけで、だいぶ楽になる。熱も取り放題だ)


 そうなれば、地下で農業を始めることも視野に入ってくる。

 十分に強い魔法石の照明を用意して、水と土の準備をすればいい。


(炎と光は性質が近いし、照明ぐらいなら俺でも作れる。水回りもアリシアがやれるはずだ。あとは、いい土さえあればいい。よし、希望はある!)


 アリシアが魔法陣を作っている間に、ソルは村長へ地下農場のプランを話した。


「ふむ、よさそうではないかね。村には農業に詳しい者も何人か居たはずだ。今はみんな狩りに出ているが、夜になったら話を聞くといい」

「分かった、そうするよ」

「あと、ソル君。昨日の演説は見事だった。よければ村長を変わってみるかい?」

「えっ」

「冗談だよ。だがね、君のリーダーシップは見事なものだ。本当なら、村を捨てて〈フロストヴェイル〉へ逃げる者がいてもおかしくないのだが。一人もいない」


 それは君の成果だ。君を信じているよ、好きにやりなさい、と村長が言った。


「……分かった! ありがとう!」

「礼はいい。農業以外に、何か将来のプランはあるのかね?」

「いや、まだ今のところは」

「なら、鉱業について考えてみてくれないか?」


 村長の目線が氷の地面へと向いた。


「凍った土を掘るより、この氷の層を掘るほうが遥かに楽だ。君たちがこの部屋を作った方法ならば、地下を一気に掘り抜いて鉱物を探すことも出来るだろう?」

「あ、確かに!」

「この凍土にはね、地下深くに豊富な鉱物資源が埋まっているらしいのだよ。噂話だがね。地下に住めるようになれば、十分に手の届く資源になるだろう?」


 鉱業。それは魅力的な提案だった。

 金属の道具があるのとないのとでは、色々なことの効率が変わってくる。


(……それに。万が一、あの戦王と対立するようなことがあったとしたら)


 話しぶりを聞く限り、十分な資源さえあれば戦王とはきっと和解できるはずだ。

 ……だが、魔氷の知識を好戦的なオークに託していいのかどうか。


(金属と魔法の武器防具があれば、きっと戦えないこともないはずだ)


 戦いたくはないが、戦う必要があるのなら、必ず勝たなければいけない。


「ああ、よく分かった! 農業だけじゃなく、鉱業も模索してみるよ!」

「そうしてほしい。頼むよ」


 それから。

 村の復興……あるいは復興を通り越した”進歩”は急速に進んでいった。

 避難のために使った大部屋は集会場と市場と道路を兼ねた公共スペースとなり、壁には通路が掘られて各々の個室が作られる。

 ソルのアイデアで、一段深い地下に魔法石と薪を併用した集中暖房室が作られ、そこからダクトを通して各部屋に熱が供給された。


 活躍していたのは、魔法使い二人だけではない。

 ダンを筆頭に、狩りの出来る者は積極的に遠出し、毛皮と肉を集積していく。

 〈ヌシ〉が討伐されたおかげで危険は少なくなっていた。

 もちろんニールセンは毎日たくさん小魚を釣り上げていたし、手の空いている者が枝や薪を集めているおかげで暖房の燃料には困らない。

 むしろ余っているぐらいだった。ソルが思いついた集中暖房の効率は驚くほどに良く、薪だけでも十分なほどの熱が生み出されている。


 それでも、地下の家々はまだ肌寒い気温で保たれた。

 まだ毛皮や木材が足りず、氷の床や壁との断熱が十分でないせいだ。

 狩人たちが集めてくる毛皮も、断熱よりは寝具としての用途が優先だった。

 ……氷に木の枝を敷いただけの床へ寝るのは、流石に辛い。


 だが、一日ごとに生活環境が改善されてゆく。

 一週間も経たないうちに、地下へと移ったレイクヴィル村は安定した暮らしを手に入れていた。

 村人たちの顔は希望に満ち溢れている。

 明日は今日よりもっと良くなる。明後日は明日よりもっと良くなる。

 その確信が、全員の労働意欲に火を点けていた。

 冬に向けた物資の集積が始まっていく。地上で冷凍されている食料だけで、既に一週間は食いつなげるほどの量があった。


 そして、さらなる吉報が村にもたらされる。

 地下農場が完成したのだ。じゃがいも・甜菜・人参・大麦・小麦、それらのソルが持ってきた種が地下で芽吹こうとしている。


「ソル君。見事なものだね」


 見学に来た村長が、農場を見回して言った。

 その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「夢のようだね。税金として全てを持っていかれた時には、もう何もかも終わりかと思っていたよ……」

「この程度で感動してる場合じゃないぞ、村長!」


 暖房ダクトと照明の下に並ぶ数列の農地は、まだまだこじんまりとしている。

 追放前に農業をやっていた者と相談し、リスクを抑えて小規模にした結果だ。

 列ごとに木壁で仕切られ、それぞれ別に温度管理ができるようになっている。


 この畑は一ヶ月ほどで収穫を迎える。

 水にも空気にも大量の魔力が含まれている上に、照明は二十四時間ほぼ点きっぱなしで、かなりの高速で育つはずなのだ。

 この農法には魔法学園の実験室での実績もある。


「いずれは大型化して、他の村にも輸出できるぐらいの規模にするんだ!」

「……ボレアス大陸の……永久凍土スノードリフトの誰も飢えずに済む、そんな時代が来るかもしれないのか……」

「そうだ! 俺はやってみせる!」


 ソルが誇らしげに叫ぶ。


「……だが、この大陸は戦王が……いや、無粋か」


 村長は呟き、農地を隅々まで愛でた。


「よくやってくれた……本当に、よくやってくれた。ゆっくり休みなさい」

「休んでる暇なんてない! 次は鉱業だ、地下を掘るぞ! アリシアーっ!」


 腕をぶんぶん振り回しているソルが、大声でアリシアを呼んだ。 

 ソル・パインズは止まらない。

 彼の手によって、レイクヴィルはいま大きく舞い上がろうとしていた。


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