第十三話 徴税

 現れたオークの戦団は、全員が全身の防御を固めた完全装備だ。

 みな武器を主副の二本以上携えている。


(……確かに、装備が違いすぎる。戦えはしない……)


 ソルが飛び出しても、すぐに殺されるのがオチだろう。


「見た限り少し税は足りんが、これが限界か。ご苦労だった」


 村長は黙って戦王に頭を下げている。

 村人たちの目の前で、〈ヌシ〉の死体が没収されていく。

 そして、祭りで食べれるはずだった鹿の死体も。


 ……空気が重い。

 ソルがはじめて村を訪れた時よりも、さらに寒々しい空気だ。


 彼が希望を見せたことで、この絶望はいっそう深くなっていた。

 この村に未来などない。このままいけば、冬を越せるのは何人だ?

 厳冬期が来れば、食料の確保に出ることも難しくなる。それまでに少しづつ溜めてきた食料も、要求された税を払うために放出してしまった。


「待て。重要な品がない。徴収品の中に、釣り針も入っていたはずだが」


(嘘だろ!? そこまでやるのか!?)


 ソルは心のなかで叫んだ。


「それは……本当に、それを失うと、明日からの食事にも困る有様でして」


 青ざめた顔の村長が言う。


「……我々も、食料が不足している。出してもらおう」

「それだけは……」


 ソルはニールセンのことを見た。

 あれほど飄々としていた彼が、血の気の引いた真っ青な顔で震えている。


「待ってくれっ!!!」


 堪えきれなくなったソルが、戦王の前に飛びだした。

 オークたちが一斉に武器を抜く。


「おいっ! てめー、前にも戦王様に失礼なこと言ってた奴だな! 二度目があると思うなよ!?」

「下がれ、ザルダ!」

「嫌だね! だってよ、こっちは人間のために必死になってやってんのに! どいつもこいつも自分たちの事ばっかりじゃねえか!」

「それが当然だ。そんな事も分からぬのに、口を開くな」

「当然なわけがねえ……!」

「黙れ」


 戦王が片手で剣を抜き放ち、ザルダの目前に突きつける。

 そこでようやく彼女は引き下がった。まだソルを睨んでいる。


「……言いたいことがあるなら言え、ソルよ。ただし、命は保証されない」

「俺たちだって、このままいけば全滅だ! いくらなんでも税金が重すぎる!」

「全滅、か。……知っているか、ソル。この村は、まだ暖かい場所にある」


 戦王は手振りで部下に武器を収めさせた。


「息をするだけで肺が凍りつくほど冷たい場所に追いやられた街や村が、このボレアス大陸には存在しているのだ。何故ここで暮らさないのか、分かるか?」

「……いや」

「人間以外がここに定住すると、港町〈ラストホープ〉の帝国軍に追い出されるからだ。温い地域を独占しておいて、何が全滅だ! お前たちは恵まれている!」


 戦王は珍しく感情を露わにして叫ぶ。


「この物資を必要とする者が居るのだ。亜人や魔族と暮らすことを選んだ者たちが。お前たちよりも苦しい立場に置かれた者たちが」

「……そういうことだったのか」

「さあ、退け。我々は慈悲を掛けている。それを忘れるな」

「戦王様。時間をくれないか。時間さえあれば、この村はもっと豊かになる。そうすれば、他の村を助けたって余裕はあるはずなんだ!」

「ソル・パインズよ」


 戦王が、ソルの肩を掴んだ。


「時間などないのだ。滅びの冬は近い。時間など、ありはしないのだ」

「一ヶ月でいい。一ヶ月さえあれば、俺は成果を出せる」


 アリシアが今にも倒れそうな様子でソルを見ている。

 殺されはしないか。魔氷のことをバラしはしないか。

 心配事が二重にのしかかり、彼女の精神を軋ませている。


「戦王様! そんな奴斬り殺して終わりだろ!? 何をやってるんだよ!?」

「……ソルよ。税金を緩めたと思われれば、我が統治は緩む。もし我が人間に容赦をしたと思われても、統治は緩む。いま治安が緩めば、全てが終わりだ」

「俺たちにそれを言ったところで、何の意味があるんだよ……!」

「譲歩は不可能だ。次にお前が口を開いた瞬間、我は刃を向けるほかない」

「……俺は必ず成果を出す」


 刃が瞬く。ソルの眉間に突きつけられた刃から、わずかに血が流れた。


「ここの人間だけじゃなく、他の場所に暮らす亜人や魔族だって救ってみせる。どんな厳しい冬が来るんだか知らないけど、俺は必ずやってみせる」

「……根拠があるなら、聞こう」

「俺はソル・パインズだ。やると言ったら絶対にやり遂げる」

「ふ。命が掛かっていなければ、随分と安い言葉だが」


 戦王は刃を収めた。


「信じよう。だが、税金を下げる余地はない。……まあ、そうだな……この話で随分と時間を使ってしまった。金属針を持ってくるのを待つ時間はない」

「……それだけか?」


 毛皮も鹿も金属鍋も徴収されて、残ったのは釣り針だけ。

 ”妥協してくれた”と呼ぶには、あまりにも少ない変化だ。


「それだけだ。行くぞ!」


 既に税金の回収を終えていたオークの戦団が、一斉に向きを変えた。


「おい、てめえ!」


 最後尾に移動してきたザルダという娘が、剣を抜き放ってソルに向ける。


「無礼の数々が許されたなんて思うな! 覚悟しとけよ!」

「覚悟、か」


(本当に、戦うしかないのかもしれないな……)


 ……そして、オークたちは去った。

 日はすっかり落ちきって、冷たい風が山から吹き下ろしてくる。

 どこからか子供のすすり泣く声が聞こえてきた。

 物資と共に、村人たちの希望も持ち去られてしまった。


 今日は祭りがあるはずだった。

 ……流石のソルも、少しだけ泣きそうになった。


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