第十一話 ヌシの討伐


 ダンの暴走ソリに運ばれて、二人は魔氷の露出した大穴へ戻ってきた。


「よし、行くぞ! 〈マジックファイア〉!」


 地下の魔氷へと、ソルが魔法の炎を放つ。

 その途端、猛烈な火力で魔氷が燃え上がり、激しく蒸気を吹き出した。

 〈マジックファイア〉は魔力を燃料にする炎だ。思った以上に燃料の質が良い。


「やべっ!?」


 炎へと意識を集中させ、広がろうとする炎を一箇所にまとめる。


「〈フリーズ〉!」


 アリシアが周辺の温度を下げたが、炎の勢いが弱まらない。


「力負け!? ……〈アンチマジック〉!」


 彼女は魔力を遮断する壁を周辺の魔氷に這わせた。すぐに炎が消える

 魔力が燃料なのだから、それを遮断すれば止まるのは当然だ。


「ふう。次はもっと弱くしなさいよ、ソル」

「いや、十分に弱いつもりだったんだけどさ! ごめんごめん」

「ま、いいけど。しかしあなた、魔力は大したことないけど、魔法を使う技術は本当に上手いのね。化け物みたいな効率してるわ」

「ああ、かなり練習したからな!」

「……でしょうね」


 アリシアが杖を魔氷に当てて、更に〈アンチマジック〉の魔法を放つ。


「魔力を遮断する結界を、氷の中に張っておいたわ。火を点けてしばらく待てば結界の内側だけが燃え尽きて、通路と部屋が出来上がるはずよ」

「ああ、なるほど! クッキーの型抜きみたいだな!」

「ずいぶんかわいい例え方をするのね……」


 ソルが〈マジックファイア〉を使った。みるみるうちに炎が広がり、高温の蒸気と炎がごうごうと通路から吹き出してくる。ものすごい熱だ。

 たまらず三人は大穴の外に出た。


「あの炎なら、鉄でも溶かせそうだな!」

「鉄と言わず、魔法金属の加工だって行けるわよ。ものすごい魔力だもの」


 燃え尽きた魔氷の蒸気からは、並外れた魔力の気配が漂っている。

 勿体ないな、とソルは思った。この蒸気でも何かができそうだ。


 やがて炎は消えて、中には長方形の通路が作られていた。

 〈アンチマジック〉の壁は想定通りに機能したようだ。

 ……だが、厄介事の気配があった。


「来たぞ。備えろ」

「やっぱり?」

「まあ、そうなるよな!」


 魔力の気配につられて、魔物が集まりはじめたのだ。

 氷の結晶に覆われた〈アイスウルフ〉の群れがいた。


「〈ファイアボール〉!」

「撃つ前になんか言いなさいよ! 〈アイシクル〉!」


 連射された炎の弾と、地面から隆起するつららの柱。

 瞬く間に群れが瞬殺された。ダンが「ひゅう」と変な息を吐いた。


「……ひゅう。ひゅー」

「口笛吹けてないじゃない! ぜんぜん吹けてないじゃない!」


(そもそもこれ口笛吹こうとしてたのか……)とソルは思った。


「唇が冷たいせいだ」


 それを聞いて、アリシアが口笛を吹いた。きれいな音だ。


「……冷たいせいだ」

「無理があるんじゃないかしら!?」

「ま、いいだろ別に! ほら次が来てるぞ、アリシア!」


 次々と現れるアイスウルフの群れを撃退し続ける。

 やがて、巨大なヘラジカじみた魔物が現れた。

 刃のように鋭く尖ったツノを持ち、周囲に靄を漂わせている。


「〈ヌシ〉だ。森の王。強い」


 端的に、ダンが説明した。


「昔、やつに何人か村人が食われた。討伐できればいいが……」

「よし! 〈ファイアボール〉!」

「だから撃つ前になんか言いなさいよっ……って、ええっ!?」


 飛んでいった火球が、〈ヌシ〉のまとう靄に触れた瞬間に掻き消える。


「あの靄が見えるか。あれは、ヌシの放つ冷気で水分が凍って作られる靄だ」

「先に言ってくれ!」

「あんたが何も言わずに撃ったんじゃない!?」

「確かに! すまんかった!」


 〈ファイアボール〉は通らない。〈マジックファイア〉なら可能性はあるが、この魔法は近距離に着火することしかできないので、攻撃には不向きだ。


「何か大技はないの、ソル? 火力がないと突破できそうにないわ」

「いや。俺の使える攻撃魔法は〈ファイアボール〉だけだ!」

「……はあああっ!?」


 アリシアが驚愕した。


「賢者なのにか?」

「はあああああああああっ!?」


 ダンの素朴な疑問を聞いて、アリシアがさらに驚愕した。


「賢者だったの!? それで〈ファイアボール〉しか使えないの!?」

「いやあ、俺はほら、人間性が評価されたっていうか加護目当てっていうか」


 強い加護を持っていれば、自動的に強い魔法使いになれるわけではない。

 ソル・パインズは加護こそ強いが、有する魔力はとても少ないのだ。

 ゆえに、彼は磨き抜いた初歩的な魔法だけを使う。


「おかしいわよ!? それ何か騙されてない!?」


 騒いでいる三人を見下ろしていたヌシが、頭を下げて突進体制を作る。

 無駄話をしている余裕はなさそうだ。


「右へ飛べ。今」


 ダンの指示に従って二人が飛んだ瞬間、ヌシの背後で爆発的な雪煙が上がる。

 急加速した鹿の魔物が、残像を残して駆け抜けた。


「っ」


 わずかに反応の遅れたアリシアの防寒具が、大きく切断されている。

 魔物の毛皮から作られた丈夫な防寒具だというのに、まるで紙切れだ。

 人間など真っ二つにされてしまうだろう。


「隙がない。おれが反撃を叩き込むのは難しい……」

「〈アイシクル〉!」


 方向転換しているヌシめがけ、アリシアは魔法を放った。

 地面から氷のつららが生えてヌシにぶつかる。氷の柱は折れた。


「……冗談でしょ、鉄でも貫けるのよ!?」

「大技はないのか!? 俺たち二人で時間を稼ぐ!」

「分かったわ。やってみる!」


 アリシアが杖を地面に突き立てて、魔法の構成に集中力を注ぐ。

 魔力と共に周囲の風が渦を巻き、雪が舞い上がってアリシアを囲む。


「時間を稼ぐとは言うがな……どうする気だ」

「〈ファイアワークス〉!」


 ソルはヌシの目前へと花火を放つ。

 炎が炸裂した。ヌシは無反応だ。突進の準備に入る。


「あとは、この炎を制御して……!」


 いったん散った炎が、ソルの手で制御されて集められる。

 炎のカーテンが作り上げられ、一瞬の目隠しを作った。


「アリシア、少しだけでいい! 移動してくれ!」

「無茶を……言うわね……!」


 彼女は小さな雪嵐を伴い、集中力を維持したまま数歩だけ動く。

 その直後、元いた場所をヌシが通り抜けていった。


「なるほど。やるな」


 ダンの握った短剣に、わずかな血が滲んでいる。

 炎のカーテンを目隠しに使い、ヌシの横腹に一撃を入れたようだ。

 突進を終えたヌシがわずかに怯む。


「準備は出来たわよ……!」


 アリシアの周囲を旋回している雪が、急激に杖へと集まっていった。

 そこに嵌まった魔石へと、魔力と共に雪が集まり、一瞬にして凍りつく。


「氷河の中で眠るがいいわ! 〈グレイシアル・グレイブ〉!」


 ヌシの周囲の全てが瞬時に凍りつき、巨大な氷柱が現出する。

 その中央に居たヌシは、既に超絶の冷度によって絶命しているだろう。

 仮に生き残っていたとしても、氷の中に埋め込まれてしまっては、動くことなどできようもない。


「とんでもない大技だな……!」

「このぐらい、大技どころか中技よ。まだまだあるわ」

「嘘だろ!?」

「帝国魔法学園主席アリシア・グレイス様を舐めてもらっちゃ困るわね!」


 勝ち誇ったアリシアの背後で、氷の柱にヒビが入った。


「え?」


 ヌシの四肢が徐々に動き、体を固めている氷が割れていく。


「嘘でしょ?」

「……次は大技を放つことだな」

「む、無理よ! こんな代用の杖じゃ! しっかりとした儀式の上で、最高級の装備がないと……」

「なら、打つ手はなしか? 今のうちに逃げるぞ。一人ぐらいは助かる」

「待ってくれ! まだ手はある!」


 ソルは大穴の方に視線を向けた。

 簡潔な説明の後、全員が作戦を了承して、それぞれ準備に移る。

 アリシアが地面から氷の盾を生やし、陣地を作り上げた。

 三人がその中に籠もり、突撃を待つ。



- - -



 氷の陣地に立てこもった三人を見て、〈ヌシ〉は鼻で笑った。

 その程度の防御など、強靭な体を持ってすれば一撃で叩き割れる。

 ヌシという魔物に思考能力はないが、本能でそれが分かった。


 氷の盾の向こう側に人間の影が写った。

 そこだ。ヌシは頭を下げて突撃を開始する。

 異常な威力の頭突きを受け、あっさりと氷盾は吹き飛ばされる。


 その先に人間はいない。離れた場所にいる三人の背後で、眩い炎が燃えている。

 伸びた影に騙された。それを悟ったヌシが、怒り狂って向きを変える。

 そして、突撃をした……瞬間に、地面から炎が吹き出した。


「……グアアアアアッ!?」


 並みの炎ではない。それは、魔氷によって燃え盛る〈マジックファイア〉だ。

 地面に穴が開く。煉獄の炎の中へと、ヌシは叩き落された。

 まとった冷気の靄が瞬く間に力負けする。

 なにを思考する間もなく、ヌシは焼き尽くされた。



- - -



「よし! 上手くいった!」

「〈アンチマジック〉!」


 ヌシが死んだことを確認して、アリシアが魔氷からの魔力を遮断する。

 地下で燃え盛っていた〈マジックファイア〉が消えた。

 丸く溶けた穴の中にヌシの死体が転がっている。

 トリックは単純だ。ごく薄い形で〈アンチマジック〉を張り、体重のかかった瞬間に割れるような薄い天井を作った上で、中を燃やしておいただけ。


「……よく思いついたわね、ソル」

「まあな! 俺さ、脳筋みたいに思われてるけど、工夫するの得意なんだよ!」

「なるほど。さすがは帝国の賢者ってわけね」


 ダンが地下へと飛び降りて、ヌシの死体を確かめた。

 魔法の炎で丸焼きだ。美味そうな匂いが漂っている。


(食えないのが残念だなあ……いや、でも、魔物は人間に毒だけど、不味いわけじゃないよな? 食った後で体調を崩すだけで、食えないわけじゃない!)


「しょうもないこと考えてるでしょ、ソル。辞めときなさい」

「……分かる?」

「顔に出てるわ」


 二人は本来の出入り口から地下通路へ入った。

 一部を罠に使って派手に燃やしてしまったが、まだ無事な部分は残っている。


「綺麗だな。キラキラしてる」

「そうね……」


 氷の壁は光を乱反射して不規則に輝いている。

 地面の近くは泥が混ざった土色だが、床のあたりはもう透き通った綺麗な氷だ。

 ソルは壁を叩いてみた。しっかりとした強度がある。

 軽く手を入れるだけで、今村人たちが住んでいるボロ小屋よりも百倍上等な家にできるだろう。


 それに、作るのも簡単だ。

 ソルが着火してアリシアが〈アンチマジック〉の壁で区分けするだけで、すぐに沢山の部屋が出来上がる。

 いくらか魔法を施せば溶けないようにするのも簡単だ。

 巨大な地下農場を作るのだって難しいことではない。

 事故にだけは気をつけておく必要があるが、各所を〈アンチマジック〉で区切っておけば、何かの事故があってもダメージは広がらないはずだ。


「とりあえず、実験は上手くいったな! ついでに危険な魔物も討伐できたし!」

「ああ。これで周囲も安全になった」


 三人はヌシの死体をソリに乗せ、意気揚々と村へ帰った。

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