第二章 上昇気流

第十話 天然の魔力資源


「ん、今日は暖かいな!」


 家の外に置いた温度計はマイナス五度を示していた。


「……いや、全然暖かくないか!」


 ソルは苦笑した。

 彼も少しばかりはスノードリフトに慣れてきた、ということだろう。


 屋外に吊ってある小魚を、彼は雪に埋めた。

 普段は外に出しておけば勝手に凍って保存が効くが、今日の昼間はゼロ度を上回りそうだ。溶けて痛んでしまったら勿体ない。

 それから、魚が数匹入っただけの”スープ”を食べて立ち上がる。


「よっし! やるか、魔氷の調査!」


 ソルはダンとアリシアを呼びに行った。

 何をするにしても、この二人が居ればまず間違いはない。


「しかし、まさか永久凍土の氷が魔力を含んだ魔氷だったとはね。私が気付けないなんて……氷の魔法使いとして、なんだか負けた気分だわ」


 まばらな針葉樹林の中を、ソルとアリシアが並んで歩く。


「無理もないだろ、試してみるまで俺も気付かなかったしな!」

「ええ。魔力がまったく漏れていないものね。魔力を保持する能力が並外れている証拠でもあるわ。魔石以上の性能かも」

「遅いぞ、二人共。掘り終えた」

「え、もう!?」


 魔法使い二人がゆっくり歩いている間に、先回りしたダンがさっさと雪原の地面を掘り終えていた。

 かなり深い大穴が出来ている。さすがに肉体労働の効率が段違いだ。


「それで。魔氷があると、何が出来るんだ」

「何でも出来るわよ。魔力の源だもの」


 アリシアが穴を滑り降りて、魔法の杖で魔氷を叩く。

 パシッと小気味よい音がして、小さな魔氷の粒が切り出された。


「そうね……〈アイスシールド〉っと。ソル、これ燃やしてみて」

「やってみるよ。〈マジックファイア〉」


 雪原に置いた魔氷へと、ソルは魔法の炎を放つ。

 不思議なことに、氷が溶けないままに炎だけが燃え続けた。


「何が起きてる」

「〈アイスシールド〉はね、氷を溶けなくして強靭にする魔法なの。で、ソルは魔力で燃える炎を放った。シールドに守られて溶けないけど、中に含まれてる魔力が徐々に染み出して燃料になってる」


 アリシアがダンに説明している間も、魔氷の粒は燃え続けている。

 同じサイズの魔石なら、もう魔力が切れている頃だ。


「……え、まだ燃えるの?」

「凄いな、これ! 明かりに使えるんじゃないか!?」

「そのまま光らせるより効率が悪いわよ」

「でも、暖が取れるだろ? 屋内で暖房代わりに使えばどうだ!?」

「ああ、それなら確かに悪くないわね」


 既に実用的な使い方が完成してしまった。

 ただし、地面に”引火”すれば、暖房の魔法石の時のような事故の危険がある。

 特にレイクヴィルでは注意する必要があるだろう。


 ……しかし、この凍土では暖房の魔法石は広く使われている。他で同じ事故が起こった噂はない。

 ということは、地面付近にまで魔氷が埋まっている場所は少ないということだ。

 レイクヴィル以外の場所なら、事故の心配は少ない。ソルとアリシアは、話し合った末にそういう結論を出した。


「ほう。これが、二人の初めての共同作業……というやつか」

「どうして意味深な言い方するの、ダン!?」

「冗談は人と人を縫い合わせる……そう、ミシンのように……」

「……意味深だけに!」


 即座に反応したソルへと、ダンが無言でサムズアップを送る。


「え!? 今の何!? 何で通じ合った感出してるのよ!?」

「冗談が高度すぎたようだ……」

「ああ……まだまだこの域には辿り着けないか……頑張れよ!」

「頑張れも何もないわ!? 貴方たちこそセンス磨きを頑張りなさいよ!?」


 まだまだ魔氷の粒は燃え続けていた。

 アリシアが手をかざし、冷気を放って炎を消し、検分する。


「魔力はぜんぜん残ってるわね。ソルの魔法がものすごい効率なんでしょうけど、にしても凄い魔力の量だわ」

「なあ……これ、物凄い資源なんじゃないか?」

「ええ」


 二人は顔を見合わせた。


「どんな鉱山から算出される天然の魔石より、遥かに高品質だわ。大型の魔物が持つ魔石には負けるでしょうけど、これは地下からほぼ無限に掘れる……」

「魔力が使い放題だ! 〈フロストヴェイル〉とか、他の街にも広めていこう! 上手く行けば、スノードリフト地方全体が豊かになるぞ!」

「待て」


 ダンが鋭く言った。


「帝国に嗅ぎつけられる。奴らがここを放置しているのは、貧しい極寒地帯だからだ。魔氷の存在を知れば、攻めてくる」

「それに、今のスノードリフトを治めるオークの戦王ウォーロードがこれを知ってしまえば、平和的な使い方はされないわ。間違いなく、これを武器に帝国の復讐を狙うでしょうね」

「そうか? あの戦王、かなり良い人だったような気がするんだけど」

「何も知らないのね。現実は甘くないわよ」


 アリシアは首を振った。


「今のところは、村の中だけで気をつけながら活用するしかないわ」

「……本当に、そうなのか?」

「ええ。もしも魔氷の存在を広めたいなら、私達が軍事力で優位に立ってからよ」

「彼女の言う通りだ。今は耐えろ、ソル。必ず時は来る」

「……分かった。ひとまず、身の回りで出来る事からやっていくか!」


 気を取り直して、彼は言った。



- - -



 切り出した魔氷を持って、三人は村長へと性質を説明した。


「……やはり、これは莫大な価値を持つ地下資源だね。上手く世界経済の流通ルートに乗せれば、途方も無い額の利益が出るだろう」

「村長。無謀だ」

「分かっているとも。ただの皮算用だよ。商人の血がうずいてね」


 村長は肩をすくめる。


「これを村の中で密かに使うとして、何ができるんだね?」

「暖房と照明を兼ねられる。かなり長持ちだ」


 ソルは囲炉裏に魔氷を置いて実演してみせたが、村長は渋い顔だ。


「確かに便利だが、薪で済む。他に使い道はないのか」

「いくらでもあるわ。薬の材料にもなるし、魔法石の燃料としても有用よ。炉を作って炎の魔法石と組み合わせれば、金属加工も可能になるわ」

「薬は有り難いが、金属加工は微妙じゃないかね。原材料がないよ」

「……あとは、攻撃魔法の弾薬にもなる」

「ふむ……微妙だな。生活が一変するほどの力はないか……」

「俺にいくつかアイデアがある」


 ソルに注目が集まった。


「まず、一つ目。魔氷をくり抜いて、地下に家を作れないか?」

「え?」

「何の意味があるんだね……?」

「そうすれば、周辺の魔氷から魔力を引き出せるだろ? つまり、実質的に使える魔力は無尽蔵だ!」

「コントロールが難しいわよ。現に、魔法石が暴走したじゃない」

「何とかなる! たぶん!」

「あんたね……。リスクに比べて、リターンが少ないわ。現実的じゃない」


 アリシアは呆れて首を振った。


「いいだろ、まだアイデアの段階なんだから! そして、二つ目! その地下の家で、農業をやる!」

「! 魔法で温室を作るのかね!?」

「その通りだ! さすが村長!」

「言うのは簡単だけれど、温度と光量の管理は難しいわね。でも、無理じゃない……実際、高級薬草の類は研究室で温室栽培されてたものね」

「だろ? 学園に地下薬草園があったんだし、農業だって出来るだろうと思ってさ! 実は俺、じゃがいもとか甜菜の種を持ってきてるんだよ!」

「いい仕事だね、ソル君! よくやってくれた……!」

「一つ懸念がある。地下には魔物が居るぞ」


 ダンが口を開いた。


「〈フロストヴェイル〉よりも遠くの山にドワーフの集落があるが。彼らが作った地下道は、すぐに魔物で埋め尽くされたと聞く」

「……どっから現れたんだ?」

「不明だ。やってみないことには分からない」

「それもそうだな! とりあえず、実験で氷を掘り進めてみないか?」

「そうするべきだろうね。ぜひ実験を進めてくれ。できれば、冬が来る前に」

「……餓死者は出したくないわね。魔法を使った農業なら、今からでも冬に間に合うかもしれないわ。でも……どうやって掘るの?」


 鉄鍋や包丁すら行き届いていないこの村に、ツルハシがあるはずもない。

 削るだけなら木のノミでも可能だが、それで部屋を作るのは大変だ。


「アリシアの魔法で氷を操れないのか?」

「無理よ。派手な破壊ならまだしも、氷をくり抜くような真似は出来ないわ」


 意外と大雑把なんだな、とソルは思った。

 雪崩を操るぐらいだし、溢れる才能と魔力で大規模魔法を振り回すタイプなのだろう。

 努力で魔法の制御や持続力を高めて初歩的な魔法を使うソルとは正反対だ。


「なら、炎で氷を溶かしてみないか?」

「どうやって溶ける部分をコントロールするのよ?」

「氷の魔法使いなら、氷を冷やして固めるぐらい出来るよな?」

「ああ、そうね。溶かしたくない所を私が冷やしながら、あなたが溶かして道を作れば、洞窟ぐらいなら作れるわ」

「決まりだな」


 ダンが立ち上がった。


「急ぐぞ。今年の天気は妙だ。晴れているうちに進めておきたい」

「そうだな! 行くか!」

「……あなたたち、体力あるわね……」

「アリシア、疲れてるのか? なら、肩を貸すぞ?」

「えっ!? い、いや……」


 ソルはアリシアに近づく。彼女は顔を逸らした。


「効率が悪い。ソリに乗れば済む」

「ああ、確かにな! 俺たち二人で引けばいいか!」

「村長。使っていない犬ぞりがあったな。借りるぞ」

「……ソリかあ……」


 何故か勿体なさそうにしているアリシアを見て、ソルは首を傾げた。


「……おれ一人で引く方が効率的だ。ソリには二人で乗れ」

「あっ、いや、別にそんな」

「気にするな」


 顔を赤くしたアリシアへ、無言でダンがサムズアップした。

 村長が微笑ましく見守っている。


「べ、別にそういうのじゃないし!」

「そういうのってなんだ?」

「いいから! 行くわよ!」

「……なんか急に元気になったな、アリシア! 元気なら俺も負けないぞっ! うおおおおおっ!」


 ……その後、ダンは人間離れした全速力で雪原を駆け抜けた。

 ソリで引かれている二人は掴まっているのが精一杯で、隣の人間を意識する余裕は全くなかったようだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る