第九話 新たな故郷
「すげー! すげーな! わざわざ雪崩まで起こすとか!」
「ま、まあね」
雪崩に乗ってきたアリシアを見て、ソルは完全にはしゃいでいた。
「歩けばいいのに! あんな派手な魔法を! 格好いい……っ!」
「何なの!? 褒めてるの!? 皮肉ってるの!?」
「褒めてるんだよ! いつか俺にも雪崩でサーフィンさせてくれ!」
「……それ、サーフィンっていうかスノーボードじゃない」
「おお……冷静だ……! クールだ……!」
「さっきから何!? 私のほうが恥ずかしくなってくるんだけど!?」
「何を恥ずかしがることがあるんだ!? 雪崩に乗ってる様子を絵にして飾ってもいいぐらいの格好良さだったぞ! 村の絵描きに描いてもらったらどうだ!?」
「い、嫌よ!? そ、想像するだけで……恥ずかしい……!」
アリシアは顔を真っ赤にして、魔法の杖を握りしめた。
正面からグイグイ行くタイプのソルは、ひねくれた彼女にとって少し刺激が強すぎるのだ。
「あ、う……わ、私! やっぱり〈フロストヴェイル〉に行く!」
「待て」
無言で見守っていたダンが、アリシアを制止する。
「死ぬぞ」
「え?」
「最後に飯を食べたのは何時だ?」
「……確か……えっと、あれ?」
アリシアが首を傾げた。
ソルのせいで高くなっていたテンションが収まると、一気に彼女の姿が弱々しくなる。
「大丈夫か?」
ソルが真剣な顔でたずねた。
アリシアがまとう防寒仕様のローブの袖口から見える腕は、かなり痩せている。
「わ、忘れてたかも。食事。そういえば……二日前……だったわね」
ソルは慌てて保存食を取り出した。
串に刺さった状態で凍った小魚だ。
これを地面に突き刺して、魔法で炎を放つ。
「!」
一瞬、アリシアが炎を嫌がる素振りをした。
ソルは炎を止める。
「どうしたんだ?」
「いや……何でもないわ。ちょっと、嫌なことを思い出しただけ」
「そうか……いや、こんな場所に追放されてきたんだしな……色々あるよな」
ソルは少し考えて、アリシアに背を向けた。
炎を隠したまま小魚を焼く。
「ダン、あの謝罪の連名状を」
「ああ」
ダンが謝罪の証を取り出して、アリシアに見せる。
「ソルがお前の冤罪を晴らした。村人は追放が間違いだったことを認めて、お前に謝罪している」
「……本当に?」
「本当だ」
「そんなことって……ある?」
「無い。普通は。だが、こいつが実現させた」
「大したことじゃない! ただ、放っておけなくてな!」
ソルは焼き終えた小魚を彼女に差し出した。
「あ、ありがと」
遠慮がちに、彼女はそっと小魚の隅をかじった。
二口目でアリシアは大きく小魚をかじり、三口目では一匹をまるごと食べた。
「……ありがとう……私……」
彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
「私、ここに居てもいいんだ……」
「当然だろ!」
一瞬、アリシアは呆気に取られた。
この世界には、善人がいる。
それが予想外に思えてしまうほどに、彼女は打ちのめされていた。
そして、彼女は大声で泣いた。
「うっ……うああ……っ! わたし……わたし、ずっと一人で……っ!」
「もう一人じゃない」
ソルが差し出した手を、アリシアが弱々しく握り返す。
「帰ろう」
彼女はそっと頷いた。
手から伝わってくる他人のぬくもりを感じて、アリシアの瞳にまた涙が溢れた。
- - -
アリシアを連れて帰ったソルたちのことを、レイクヴィルの村長や村人が揃って出迎えた。
「アリシア・グレイス。私達は、君に対して酷い仕打ちをした。許してくれとは言えないが、どうか謝らせてほしい。申し訳なかった……!」
村長に続いて、村人たちが謝罪する。
「いいわよ、別に。ちょっと、追放されたことのある人は手を上げてみて?」
ほとんど全員が手を挙げる。ここは追放者の土地だ。
「じゃあ、朝食に魚を食べた人は手を上げてみて? ……ほらね。朝食に魚を食べた人のほうが、追放された人より少ないじゃない! 全員合わせたら何十回も追放されてるんだから、一回増えたぐらい誤差よ」
はっきりと涙の跡が残っている顔で、彼女は笑った。小さな含み笑いが起きた。
「……ま、気にしないで。暖房石の件は、私の失敗でもあるしね」
「ありがとう、アリシア。必ず、何らかの形で埋め合わせはする」
「無理しなくていいわ。食事にも困ってる村なのに、何ができるの?」
「ふ。その通りだ。すまないね」
村長はそう言うと、ソルに目線を移した。
「……ところで、あの花火といい雪崩といい、何があったんだね?」
「ああ、それはな!」
ソルの表情がパッと明るくなった。
「すっっっっごかったんだ! 雪崩の上に仁王立ちして降りてきたんだぞ!? 歩けばいいのに! わざわざ雪崩まで起こして! キメキメ指数が限界突破してないか!?」
「だから、あれは楽だからで……」
「いやマジで格好良かった! アリシア、グラサンとか掛けてみる気はないか!? なんかこうポーションの葉巻でもくゆらせてポーズをキメてみるとか!」
「だから、違うのよ! 格好つけてるわけじゃないの!」
アリシアは、顔を赤くして首を振る。
その様子に、村人たちが戸惑いを見せていた。
……彼女は〈氷の魔女〉だ。
冷たく、他人に興味がなくて、何もかもどうでもよさそうにしていた。
その魔女が、どうして?
村人たちは同じ結論に達して、微笑ましい視線を向けた。
「……な、何この空気!? そういうのじゃないわよ!?」
「何がだ?」
「あー、もう! 今日は森の家に帰るー!」
のぼせたみたいになった彼女が、尻尾を巻いて逃げ出した。
「ああ、また明日な!」
「……そうね。また、明日!」
アリシアはふと立ち止まり、素直に手を振った。
「なんとか丸く収まったようだ。ソル君のおかげだね」
「いや、村人の皆が考えを変えてくれたおかげだ」
「謙遜することはない。間違いなく、君が成し遂げた仕事だよ」
村長の言葉に、村人たちも頷いていた。
ソルは照れくそうに頭を掻く。
「いやあ、役に立てたんなら何よりだ!」
「役に立つどころではないよ。まさか、こんなにすぐ解決してしまうとはねえ。……この村に未来などないと思っていたが、君とアリシアが居るならば、あるいは」
希望に満ちた顔で、村長が言った。
がやがやとソルやアリシアの噂話をしている村人たちも、以前と比べて表情が明るい。
子供の笑いが聞こえてきた。木のスケート靴を履いた子供たちが、凍った湖の上で遊んでいる。
(……あんなに空気が死んでたのに、一気に活力が戻ってきた……!)
村の変化を実感して、ソルは拳を握りしめた。
帝国の賢者なんかよりも、ずっとやりがいのある仕事だった。
ここは今も相変わらず極貧の村だ。小魚と毛皮と薪ぐらいしか物がない。
だが、それでも、きっと。
「間違いなく、この村はもっとよくなる!」
「心強い言葉だね。今はもう少し、君の言葉を信じていたい気分だよ」
銀色に輝く雪原を、柔らかな風が吹き抜けていった。
体を冷やす厳しい冷気ですらも、なぜだか優しく感じられる。
それが故郷というものなのだろう。
「……俺は、この雪原で暮らしていくんだな。なんだか今、はじめて実感できた」
「そうかい。なら、改めて。レイクヴィルへようこそ、ソル君」
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