第七話 実験
ソルが作り上げた”暖房の魔法石”は、その名の通り周囲を温めるものだ。
特に危険はなく、魔物を呼び寄せるほど派手なものでもない。
これを使って実験をするべく、ソルとダンは村から離れた場所へ来ていた。
「寒い! また一段と寒くなってないか!?」
「そうか?」
「絶対そうだって!」
ソルは温度計をかざした。マイナス二十度。
今まさに日が落ちつつあり、夜になればもっと冷え込むだろう。
「……確かに、秋にしては寒いな……」
防寒具をはだけ気味にしていたダンが、前のボタンを閉じる。
「さっさと設営するぞ! 暖房がなきゃやってらんない気温だ!」
二人は手早くテントを設営する。
雪をどかして木の骨組みを作り、繋ぎ合わせた魔物の毛皮をかぶせ固定すれば、それなりに暖かい簡易テントの完成だ。
あとは地面に毛皮を敷いて、テントの中心に暖房の魔法石を設置する。
「起動! ……あったけー!」
完全に日が落ちるのを待ち、ソルは魔法石を起動した。
赤色に輝く魔法石が熱を放射して、テントが一気に暖まっていく。
防寒具を脱いでも、まだ少し熱いぐらいだ。
「あちー! 狭いテントで使うには、ちょっと強すぎたな!」
凍った土が熱で溶け、地面がぬかるんでくる。
(……そういえば、このへんは”永久凍土”だっけ?)
授業で聞いた覚えはあるが、ソルはその実態を知らない。
「なあダン、ここ永久凍土だよな? あれって、地面が夏も凍ってるってことでいいのか?」
「そうだ」
「でも、夏って普通に温度はプラスだし、雪も降らないんだろ?」
「ああ」
「じゃ、なんで地面は凍ったままなんだ?」
「それはな……む」
ダンが腰の短剣に手をかけて、防寒具を纏った。
ソルも準備して外に出る。
「見えるか?」
ダンの指差した方向に、数匹の狼が集まっていた。
……ただの狼ではない。毛皮のかわりに、その体は氷の結晶で覆われている。
〈アイスウルフ〉と呼ばれる北方の魔物だ。
「よし。俺に任せてくれ!」
ソルは〈ファイアボール〉を連射する。
高熱の炎が氷を溶かし、アイスウルフは瞬殺された。
「やるな」
ダンが素早く死体を解体し、雪原にそのまま転がす。
一瞬で凍るので、保存の心配はない。この寒さにも利点はあった。
あいにく、人間が魔物の内臓や肉を食べることは不可能だ。
魔物は〈瘴気〉という汚染された魔力を宿していて、普通の動物や人間にとっては毒性がある。
だが、以前にソルが会ったオークのような〈魔族〉の人々にとっては食用だ。
「この肉、オークとかに売るのか?」
「ああ。北東の方角に街があってな。そこで売るんだ」
「街が!?」
「ああ。〈フロストヴェイル〉という」
「……街ができるぐらい追放者の数がいたのか……」
「帝国から逃げてきた者は多い。人間にしろ、魔族にしろ」
ソルのような帝国からの追放者に加え、征服の過程で生まれた難民もスノードリフト地方に逃げてきているのだろう。
魔族がいるのも当然だ。帝国は異種族に厳しい。
(こんな寒い土地に大勢が暮らしてたら、生活が厳しいのも当然か……)
ソルは魔物の死体から魔石を拾い、月明かりに照らす。
質は悪くない。むしろ、かなりの高品質だ。
これを魔法石に加工していけば、なにか可能性が開けるかもしれない。
(俺が努力することで、少しでも皆の生活が楽になればいいんだが)
解体も終わったので、二人はテントに戻った。
猛烈な熱気が篭っている。
「熱っ!? な、何でだ!?」
二人は慌ててテントから逃げた。
「出力を抑えたらどうだ」
「もう抑えてる! なのに、勝手に魔法石が暴走してるんだ!」
暖房の魔法石はぬかるんだ泥の中に埋もれている。
何か異常なことが起きていた。
「これが”魔女の呪い”か……」
「いや、まだ呪いと決まったわけじゃない。原因を突き止めよう!」
「どうやってだ」
「……とりあえず、このまま様子を見る!」
外側からテントを撤去して、魔法石をそのまま放置する。
更に出力は高まっていった。テントが発火して燃え尽きる。
魔法石の輝きに照らされて、雪原は赤く染まっていた。
魔力につられて、更に魔物が集まってきた。
既に討伐した数は三十匹を越えている。
この二人がいなければ、村人が総出でかかっても全滅の危険がある数だ。
「村が滅んだ時と同じだ……やはり氷の魔女が呪いを……」
「呪いのはずはない。変な魔力の気配はないし……あれ?」
魔法石を中心として、濃密な魔力の気配が立ちこめている。
だが、さっきまでそんな気配は無かった。
「いったいこの魔力はどこから来たんだ!?」
「魔女が」
「違う!」
「なら、何だ」
「……えーっと!」
魔法石を中心として、広範囲の雪が溶けていた。
……奇妙なことに、魔法石のあるあたりの地面がわずかに窪んでいる。
「あ、まさか!」
ソルは魔法石のところに走り込んだ。
強烈な熱に耐えつつ、〈ファイアボール〉を撃ち込んで魔法石を壊し、暴走を強引に終わらせる。
「ダン! 永久凍土の地面が夏でも凍ってる理由は!?」
「……氷は、地下にあるからだ。氷の上に土が被さっている」
「やっぱり!」
シャベルを手にして、ソルは泥を掘り進めた。
濃密な魔力が篭っている。
帝国で売られている”聖水”なんて目ではないほどの力だ。
掘り進めているうちに、ガキンッ、と彼のシャベルが硬いものに当たる。
「これだ! これが、”魔女の呪い”の正体だ!」
そこには、地中に埋まった氷があった。
永久凍土。太古の昔から存在し続けている、地中の氷。
それは長年に渡って魔力を溜め込み、濃縮を続けていたのだろう。
数十万年や数百万年、あるいは数千万年……並外れたスケールの魔力だ。
「〈魔氷〉……魔力を含んだ氷だ! それも最上級の!」
分厚い土に遮られ、地上に魔力の気配が出ることはなかった。
だが、この雪原の下には魔力を秘めた氷が眠っている。
「説明してくれ」
「ああ!」
暖房の魔法石を使うことで地面が溶け、地中の〈魔氷〉から魔力が染み出し、その魔力によって魔法石の出力が増していく。
その魔力が周辺に伝わり魔物を呼び寄せる。
同時に、氷が溶けたことで地面は大きく埋没してしまった。
それが真相だ。
「……永久凍土に、魔力が?」
「そうだ! 呪いなんかじゃない!」
「まさか、本当に冤罪だったとは……」
ダンが顔を覆った。
村人たちは、無実の魔法使いを追放してしまったことになる。
「……帰るぞ。村長に報告しなくては」
「ああ! これで彼女の冤罪は晴らした!」
そして、同時に。
この凍土には、莫大な魔力資源が眠っている、という事実が判明した。
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