第六話 村長ウルリッヒ


 氷の魔女に話を聞くことは出来なかったが、ソルは諦めない。

 翌日、彼は村長の元に向かった。


「……暖房の魔法石を借り受けたいだと? そんなもの、湖に捨てたがね」


 冤罪の原因は、暖房の魔法石が魔物を呼び込んだことだ。

 ならば、実験でそれは違うと証明すればいい。


「湖?」

「この家を出てすぐ右手だよ。桟橋があるだろう」


 ソルはすぐに向かってみた。

 雪原にしか見えないが、雪をどかしてみると分厚い氷が張っている。

 この下から魔法石を回収するのは不可能だ。


 ならば自分で作って実験しよう、とソルは考えた。

 持ってきた私物の魔石を取り出し、空に透かす。透き通った透明な結晶だ。

 この透明度が高品質な魔石の証であり、高品質な魔法石へ加工ができる。


 本来、この加工は複雑な処理が必要だが、そのための設備はない。

 なのでソルは「ひたすら魔法を魔石に当て続ける」という原始的な加工方法を使うことにした。

 半日ほど休みなく魔法を使う力技である。


 彼は借り受けた小屋に座り込み、囲炉裏に置いた魔石へと炎を浴びせ続けた。


「何をしている」

「ああ、ダン! 魔法石を作ってるところだ!」

「ふむ」


 彼はいそいそと退出し、無言で凍った魚を持ってきた。

 何も言わずに焼き魚を作りはじめる。


「うわー!? せっかくの魔石が魚臭くなるだろ!?」

「問題はあるのか」

「ないけど!」

「そうか。食え」

「……うまい! 許した!」


 匂いにつられて、周囲の村人たちも集まってきた。

 魔法石へ炎を浴びせるソルの横で、皆が魚を焼き始める。


「自分の家で焼いたらいいだろ!?」

「いやねえ、薪がもったいないしねえ」

「そうそう、森から運んでくるのも一苦労でねえ」

「薪ぐらいなら俺が運んでやるから! ちょっと集中させてくれ!」


 ソルの抗議むなしく、小屋の中でちょっとした料理会が始まった。


「仕方ないなあもう! 俺の分も焼いてくれよ、燃料代だ!」


 魔法の炎を片手から出し続けながら、もう片手で焼き魚を次々と頬張る。

 そんなソルのところへ、村の子供達が集まってきた。


「にーちゃん! オレに魔法教えてー!」

「ああ、いいぞ! でも今は忙しいから、後でな!」

「ケチー」

「ねー名前なんてーのー?」

「まほーつかいって偉い?」


 一斉に来る子供の質問攻めを何とかさばきながらも、ソルは魔法を使い続ける。


「えいっ! カンチョーっ!」

「ぐあっ!? ……危ないだろ、やめろよ!?」


 不意打ちで悪戯をされても、彼の炎が途切れることはなかった。

 並外れたコントロール技術なのだが、お尻にイタズラされている様子からはまったく一流の風格も何もあったものじゃない。

 だが、だからこそ、彼の周りにはすぐ人だかりが出来た。


「何の騒ぎだね、これはいったい……むっ!?」


 騒ぎを聞きつけた村長が、囲炉裏の魔石に目を留める。


「……魔法石の、製造……? まさか、そんなはずが……」

「珍しいのか」


 ダンに聞かれた村長が、珍しいどころの問題ではないよ、と言った。


「魔法石というものは、専門の魔法使いが集まった工房でもなければ生産できないものなのだよ。まさか、本当に魔法石を作れるとは……」


 感嘆しながらも、村長は渋い顔だ。


「それも、これほど集中のできない環境で? ソルくん、君はいったい何者だ?」

「ただの炎の魔法使いだ。一応、追放前は帝国の賢者をやってた」


 彼は正直に答えた。


「帝国の、賢者」


 周囲にざわめきの波が広がる。


「聞いておくが……まさか、スノードリフト各地の集落を潰すために送り込まれた帝国のスパイではないだろうね」

「そんなわけないだろ、俺は追放されたんだぞ!?」

「では、なぜ魔女の呪いを引き起こした暖房の魔法石を作っているのかね。聞かせてもらおう」


 しん、と村人たちが静かになった。

 みな魔女の呪いを恐れている。ソルを敵視する者もいた。

 魔法石を炙る炎魔法の音だけが小屋に満ちる。


「本当は何が起こったのか、実験して確かめるためだ」


 村長は腕を組み、考え込んでから言う。


「君ほどの魔法使いならば、呪いを解呪することも可能ということだね?」

「え?」

「私は魔法使いではないが、友人から聞いたことがある。魔力は血筋、威力は才能、そして制御は訓練だ、と。君はどうやら、並外れた努力家のようだ」


 村長はソルの肩を叩いた。


「(合わせてほしい)」


 口パクで頼まれて、戸惑いながらもソルがうなずく。


「あ、ああ! 魔女の呪いは、俺が解呪してやる!」


 おおっ、と村人たちが一斉に沸き立った。

 希望の光が皆の目に灯っている。


(存在しなかったことを証明すれば、それも一種の解呪だしな!)


 少しだけ後ろめたさを感じながら、ソルは思った。


「ありがたい。できれば、彼と一対一で話したいのだが……皆、少しいいかね」


 村長は村人たちを帰らせ、改めてソルと向かい合った。


「呪いが存在しないことは分かっている」


 第一声がそれだったので、ソルは面食らった。


「じゃあ、何で?」

「暖房の魔法石を使った時に、魔物が集まり土がへこむ災害が起きたのは事実なのだ。理由はアリシアにも分からなかったがね。そして、災害で村を捨てて逃げた我々には余裕がなかった。極限のサバイバルを続けるうちに、魔女を追放しろ、という声が高まっていったのだよ……」


 彼女の〈氷の加護〉には周囲の温度を下げてしまう効果があったからね、と村長は言った。


(やっぱり俺と同じような経緯だったのか!?)


 ソルは怒りたくなったが、ぐっとこらえた。

 状況が状況だ。帝国の皇帝とは違う。

 生きるか死ぬかの極限状況で、まともに判断できる人間は多くない。


(だとしても、まだ何とかなる! 俺が解決すればいいだけだ!)


 彼は前向きな決意を固めた。


「皮肉なものだ。追放者たちの集まった村でさえ、悪者を作り上げて追放したがるのだから。選択の余地は無かった……追放するか、私が村長の座を追われて追放されるか。アリシアは一人でも生き残れるが、私は……」

「話は分かった。要するに、暖房石を使ったときにどうして災害が起きたか解明して対策すれば、それで全部解決ってわけだよな?」

「……だといいがね」

「任せろ!」


 ソルは力強く言い切った。


「ありがとう……すまない」

「謝る相手は俺じゃない! 氷の魔女アリシアだろ!? この呪いの件を解決してから、皆であの人に謝れよ!」

「ああ……ああ、そうだね。村人たちが納得してくれればいいが」

「俺は俺の仕事をするから、村長は村長の仕事をしてくれ。頼むぞ!」

「分かった。ありがとう。……君は、すごい男だね。賢者になるだけはある」


 村長は深呼吸して、ゆっくりと目を開く。

 その疲れ切った全身に活力が戻っている。まるで若返ったようにも感じられた。

 壮年というより、まだ中年ぐらいの働き盛りに見える。


 この極寒の地に閉じ込められれば、誰でも実年齢より老いて見えるはずだ。

 絶望が人を老いさせるとすれば、希望は人を若返らせるのだろう。


「そういえば、名前を名乗っていなかったね。私はウルリッヒ。帝国では酒保商人をやっていたが、ランメルスの裏帳簿を知ってしまい追放された」


 ランメルス。帝国の魔法産業を司る〈帝国魔導院〉の第一席だ。

 黒い噂は絶えない。彼に追放された人間は大勢いるはずだ。

 あるいは、ソルの追放の裏にもランメルスがいた可能性すらある……。


「よろしく、ウルリッヒ村長」


 二人は握手を交わした。

 その最中も、ソルはもう片方の手で魔法石の製造を続けている。


「私に出来ることはあるかね?」

「いや。ああ、でも、村から離れたところで実験をやるから、案内役が欲しい」

「ダンが適任だろうね。弓は引けなくなったが、凄腕だ。もう会ったかい?」

「会ったさ。あいつとは北の流儀で通じ合った仲だ!」

「北の流儀……? まさか、奴の奇妙なユーモアに付き合ったのかね? 物好きだな君は、はは! 北の流儀もなにも……!」


 そこでソルはダンの真似をして、無言でサムズアップした。


「ぶふっ!」


 モノマネがツボに入ったらしく、ウルリッヒは腹を抱えて笑う。


「はー……こんな風に笑ったのはいつぶりだろうか……」

「(無言でサムズアップ)」

「ぶっ!」


 ウルリッヒはひとしきり笑ったあと、しみじみ呟く。


「村の皆も、こんな風に笑えるようになればいいんだが……」

「すぐにそうなるさ」

「……ああ。任せたよ、ソルくん。君ならきっとできるだろうね」


 そして二人は別れ、それぞれ自分の仕事に集中した。

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