第2話 身体に刻む 4月8日

 悪夢のようなリイトとの会話の後、ふと目が目覚めるとこおりは自分のベットの上にいた。ベッドサイドに期限を記した書類が置いてある。スクリーンに表示されていたものと同じ内容、リイトに渡されたものだ。


 夢じゃなかった。


 当然訪れた非日常に呆然としてしまうが、ふと時計を見ると時刻はもう7時半になっている。

 今日は4月7日の木曜日、仕事に行かなくてはいけない。余計なことは考えている暇はない。

 気だるい身体を起こし、こおりは出勤の準備に取りかかった。




 こおりの彼女の名前はあいりという。

 リイトが言っていた通り、大学3年生の21歳だ。合コンで出会い付き合って4ヶ月になる。

 正直なところ、あいりは垢抜けない。メイクもあまりしないし、ファッションにも無頓着だ。人付き合いも上手い方ではない。友達と遊ぶといった話もあまり聞かないし、友達の話自体出てこない。合コンでもいかにも人数合わせといった感じで一緒にきた女の子とも話もせず、隅の方で固まっていたところを声をかけた。

 身長は低め、150センチあるかないか位だと思う。リイトはどうやってあいりの身長体重を知りえたのだろうか。太ってはいないが、下半身に肉がつきやすいらしく、足が太いのを気にしている。胸はふくよかな方だ。ウエストは細いので、脚は隠しつつメリハリのある服をきれば見映えがすると思うのだが、パーカーにロングスカートばかり着ている。

 髪は黒で前髪はパッツン、肩くらいまであるストレート。奥二重に茶色が強めの瞳、長いまつ毛、主張しない小さめの口、そして顔は小さい。

顔立ち自体はとても可愛いのだが、彼女は自分の見せ方を知らない。眉毛は左右不対照だし、メイクもやぼったい。前髪は眉毛を隠すために下ろしているのかもしれないが、美容院は苦手らしく自分で前髪を切っているがたまに斜めになっている。


 そんな、彼女のことがこおりはとても気に入っている。

 あいりは自分に自信がないのか、言われたことに従順でとても素直だ。彼氏は初めてと言っていたが、付き合ったその日にあいりはこおりの家に泊まった。言われるがままという感じだった。言われたことはやるし、教えれば何でも覚えそうな年下彼女。


 あいりはきっと1度垢抜ければとてもモテるだろう。自分に自信をつけ、前を向けばいくらでも良い男は寄ってくる。だから、こおりはあいりが自分から離れていかないように、日々言葉巧みに誘導して自分に依存するように仕向けていた。


 垢抜けていなくてもいい。他の人に彼女の魅力がわからなくてもいい。一番可愛いあいりは俺のものだ。


 しかし、一年後、もしも本当に消えるのであれば、俺がいなくなった後にあいりはどうなるだろうか。


 あいりの中で俺との思い出はなくなるのか。せっかく育てた俺好みの女が俺のいない世界で誰かに奪われるのか。


 そんなの許せない。


 あいりには何かしらの痕跡を残したい。素直で従順なあいり、形を変えるのも、踏みつけるのも簡単だ。


 なんで俺なんだ? なんで何もかも奪われなくてはいけない。


 どうしてやろうか。


 あいりにメッセージを送る。

「金曜日の夜からうちに来なよ」

 5分後既読がつき返信がきた。


「わかった。夕御飯作る? 何か食べたいものある? 」


「ハンバーグ」


「はーい」


 あいりと会うときは自分の家に呼ぶことが多い。ご飯も作ってくれて楽だし、ホテル代もかからないからだ。


 もし本当に残り1年しかないのなら、好きなことやらないと。

仕事帰りにこおりは買い物をしておいた。準備は万端だ。


◇◇◇


 金曜日の夜、あいりがこおりの家にやって来た。ノーメイクにパーカーにデニムにリュックというラフな出で立ちだ。リュックの中にはお泊まりセットが入っているのだろう。パンパンに膨れている。手には食材の入ったエコバックを持っている。


「なんでそんなに荷物多いの? 変なもの持ってきた? 」


「あっあのね、可愛いパジャマ買ったから、着ようと思って持ってきたの」


 あいりはこおりの思惑など知らずに、無邪気に笑う。

よっぽど気に入ったのだろうか? どうせ変な着ぐるみみたいなやつだろう。あいりの感性は結構おかしい。


「へー、あっ炭酸も買ってきてくれたの? 流石あいちゃんわかってるね」


 エコバッグの中には、こおりの好きなレモン味の炭酸飲料が入っていた。1度教えたこおりの好きなもの、好きなことはわざわざ要求しなくてもあいりはわかってくれる。


「うん、前も飲んでたよね? 美味しいって言ってたから買ってきたの」


 褒められたせいか、あいりは少し恥ずかしそうにはにかんで笑っている。


 あいりは本当に可愛い。本当は何も変わらなくていい。このまま傍に居てくれればいいのに。


 いそいそと手を洗い、あいりはハンバーグを作り始めた。

 彼女は料理は得意ではない。頑張っているのは分かるが手際は悪い。今回もスマホでレシピを検索するところから始めているし、たまねぎのみじん切りに苦戦している。


 どうやら、家では料理をしないらしい。一人暮らしをしているが、普段何を食べているのか謎だ。メロンパンが好きなので、そういった菓子パンばかり食べているのかもしれない。


 あいりのハンバーグは「亀裂が入って肉汁逃げちゃった」と残念そうにしていたがそれなりに美味しかった。


 夕食後、2人でテレビを観てまったりしてから、お互いにシャワーを浴びた。

 あいりの新しいパジャマはピンクと白のストライプでもこもことした素材のものだった。パーカーにショートパンツの上下セット。脚を出した格好をするなんて珍しい。


 いつもならここから2人でベットに入り、抱き締めてキスをしたりしながら、一緒に寝る流れになる。


 でも、今日は違う。これからは違う。

 俺がこの世界にいた証を残すため、あいりとは前とは違う時間の過ごし方をする。


「あいり、そこに立って」


 こおりはあいりに命令した。



 今日は金曜日。こおりはあいりと共に濃厚な週末を過ごした。




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