<第3章 君と僕>

7.あきらめない

 僕は小さい頃から海輝だけが大好きだった。

 たまに苛められることもあったけど、それでも良かった。

 その気持ちはいつまで経っても変わらなかった。

 どこまででも海輝に着いていこう。

 そう決めてたのに、叶依のせいで夢は壊れた。

「えーなにこの微妙な狭さ!」

 珠里亜が僕の家に来た日、まず部屋の広さに文句を言われた。

 ただでも狭い家の一室を貸してやってるんだからそんなこと言うなよ!

 って言いたかったけど、珠里亜は僕より強かった。

「冬樹っちゃんの部屋の方が広いやん!」

 それからずっと文句を言われ続けた。

 でも僕はこの部屋を珠里亜に貸すつもりはなかった。

 仕事の荷物を置いておくにはこの部屋が一番都合よかった。

 何とか説得して落ち着いてから、僕は珠里亜に料理を教え始めた。

「珠里亜は電子レンジで物焦がす人やから」

 そう叶依から聞いていたけど、本当に焦げた時はびっくりした。

 料理にうるさい僕は、それを放っておくわけにはいかなかった。

 電子レンジで焦がすなんて、あり得なかった。

 珠里亜に料理を教えることは思った以上に大変だった。

 調理方法とか調味料の加減とかの前に、包丁を持たせるのが怖かった。

「包丁はこの黒いところをしっかり握るの。で、左手は……違う、そうじゃない、こうやって指を丸めるの……そう」

 包丁の使い方の次は材料の切り方、全部教えないとダメだった。

 叶依は料理出来るのかな……海輝何も言わなかったけど。

 たまに何か作るって言ってたかな。

 珠里亜に料理の基本的なことを教えながら、僕はいろんなことを考えていた。

 叶依と海輝はあの事件をどう処理するつもりなのか。

 まさかそのまま一緒になるのか。

 僕らのことはマスコミに知られはしないか。

 知られて、珠里亜が暴れはしないか。

 PASTUREツアーの時に珠里亜をどうしようか。

 その前に珠里亜にどの料理から教えれば良いか。

 珠里亜の性格から考えて、僕は無理に押し付けるのは危険だと思った。

 でもとりあえず僕が一番得意な和食からにしよう。

 和食で何を作りたいかと聞いたら肉じゃがと言われた。

 肉じゃがは結構難しいから、珠里亜が作れるとは思えなかった。

 味付けの前に具が切れないとかで文句を言われ、もちろん調理もすごかった。

 珠里亜はいつも文句を言いながら叫んで泣いていた。

 でも僕は諦めなかった。

 僕みたいに上手く、というのは無理でも、人並みには出来るようになってもらいたかった。

 海輝を頼るだけじゃなくて人を育てることが出来る、それを認めてもらいたかった。

 ──叶依にね。

 叶依は多分気付いてないけど、珠里亜と住めって言われた時、料理のことも頼まれたんだ。

『私これからまた海輝と忙しくなるから冬樹が珠里亜に料理教えてあげて』

 珠里亜に料理を教えているうちにそう思うようになった。

 実際あいつらは事件を起こしてマスコミに追われまくっていた。

 珠里亜が料理を出来るようにする、それが僕の任務だと思った。

 簡単な料理を幾つか教えてしばらく経って、僕は珠里亜に宿題を出した。

「明日僕仕事だけど七時くらいには帰ってくるからさ、カレー作って待っててくれる? 前やったでしょ?」

 叶依はいつも珠里亜のことを滅茶苦茶言うけど、そこまで悪くない。

 帰ってカレーが出来てたら良いな、いや、絶対出来てるはずだ。

 でももし出来てなかったらどうしよう……。

 そんな心配をする必要はなかった。

 玄関を開けたらカレーの匂いがしたし、味も良かった。

 多分あのカレーが僕が食べた最初の珠里亜の料理だったと思う。

 あの時の珠里亜の喜び方は今でも覚えている。

 カレーが出来てあんなに喜ぶ人を見たのは初めてだった。

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