6.たいせつ

 それから何ヵ月かして、叶依は海輝の家に住み始めた。

 最初は良かったけど、だんだん嫌な予感がしてきた。

 昔の友達からメールが来て、春子のことを知った。

 空港で見つけた時、僕はつい隠れてしまった。

 あの二人は知らないから普通に話してたけど……。

 そうだ、それからなんだ僕の人生が変わったのは。

 叶依が友達の珠里亜とPin*lueってコンビでデビューすることになった。

 もちろん珠里亜は上京することになって──。

『え? 僕の家?』

 ──うん。私、海輝と住んでるから連絡取りやすいし。

『だからってそんな……急に言われても……』

 ──でも嫌ではないんやろ?

『嫌……ではないけど……』

 半強制的に珠里亜が僕の家に来ることが決定した。

 はっきり言って、どうして良いのかわからなかった。

 珠里亜とは何度か会ったことがあったけど、僕と正反対だったから。

 そんなことをいつまで考えても仕方ない、仕事しよう。

 気を取り直して晩御飯を作り始めたら、テレビに海輝と叶依が映っていた。

 あいつら、とうとうやっちゃったな。

 ていうか僕何も知らないんだからいちいち来るなよマスコミ!

 しかも不幸なことに、それをキャッチしたのは春子だった。

 僕は高校の時にモデルを受けたのを後悔していた。

「何もないんだったら言ってもいいんじゃないの?」

 あの二人に何もないのは確かなのに、二人は何も言わなかった。

 だから報道も大きくなってみんな大変だったんだコノヤロウ!

 その頃既に僕は珠里亜と住んでいたけど、それは誰にも知られなかった。

 Pin*lueがデビューしてから珠里亜の顔がテレビに出ても、誰も気付かなかった。

 でもそれで良かった。

 人気はある方が良いけどマスコミに騒がれるのは御免だ。

 僕は海輝みたいに日向に出ないで、日陰でひっそりしていたかった。

 昔はあれほどデビューしたいと思ってたのに。

 僕はあいつらにどうこう言うつもりはなかった。

 家でどんな生活をしてたのかはわからないけど、仕事では普通だった。

 前と比べたら楽しそうだったけど、それはいずれ直面する現実までに残された時間で何をするべきか、ちゃんと考えた上での結果だったと思う。

 あいつらは『マスコミに見つかってしまった』って言ってたけど、叶依は嬉しそうだった。

 叶依が伸尋を試そうとしていたことは、後で海輝に聞いた。

 クリスマスコンサートで叶依は皆に真実を告げた。

 そのおかげでマスコミは減ったけど、また大変なことになった。

 ──僕はもう海輝と会えないかもしれない。

 叶依が書いた本がドラマ化されて、気付けば僕らは分裂していた。

 もちろんあいつは叶依と伸尋に味方して、僕は珠里亜と二人きりだった。

 どうすることも出来なかった。

 ずっと一緒、死ぬまで一緒でも良かったあいつと多分初めて喧嘩した。

 そしたら珠里亜がいなくなって、僕はひとりぼっちになった。

 だからなんでいつも僕はこうなるんだよ!

 怒る力もなくなって、僕は叶依に頭を下げていた。

 僕は珠里亜と一緒だったけど、やっぱり海輝がいないとダメだった。

 あいつらに嫌われてる、そう考えるのが辛かった。

 僕と海輝、それから叶依は知り合って十年くらいだったから……。

 そんな昔からの仲間を失いたくなかった。

 あの夏最初に出会った時から、僕らはもうPASTUREを結成していた。

 広い牧場でいつも元気よく駆け回る、仲の良い三頭の子馬だった。

 もしあの時叶依に出会ってなかったら、今の僕はいない。

 海輝と叶依のことがなくても、ここに“恒海冬樹”は存在しない。

 叶依は伸尋と一緒になったけど、海輝との絆も強くなっていた。

 あいつらが完全に切れることは絶対にない。

 伸尋もその関係を理解したのか、よくあいつと差しで飲んでいた。

「だからなんでいつもこれなの?」

 札幌時計台前カフェでの海輝の誕生パーティーで僕はよく写真を渡した。

 叶依や伸尋だけじゃなくて、僕のことも考えていて欲しかったから。

 僕らは気持ち悪そうにしたけど、あいつはずっとそれを机の中に入れていてくれた。

 海輝みたいに良い奴は世界中探してもどこにもいない。

 そう、海輝だけ。

 僕にとって珠里亜はそんなんじゃなかった。

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