2.いっしょに
海輝の両親が僕を部屋に呼んだのは、確か小学校三年生の時だったと思う。
「冬樹君のご両親のことなんだけど……」
嫌な予感はしていた。
何年待っても両親が戻ったという知らせはなく、海輝の両親がそのことに触れようとする事さえも珍しかった。
僕の両親が罪を犯して逃走中だと聞いた時、やっぱりか、と思った。
家を開けたまま外出するなんて、普通じゃない。
逃走を続けているからには相当ヤバイことをしたに違いない。
両親が何をしたのかまでは教えてくれなかったけど、聞きたくもなかった。
僕の両親は海輝の両親で僕とあいつは仲の良い兄弟。
そう言い聞かせてずっと生きてきたし、それを変えるつもりもなかった。
「あ──それが理由で私たちが優しかったんじゃないのよ。ただ本当に自分の子だと思ってたから。海輝にはまだこのことは言ってないし。あの子は優しい子なのよねぇ。冬樹君がまだ小さかったから黙ってたけど……そろそろ言っても良いかと思って」
それからも僕は多分葉緒家の子供として生きていたと思う。
海輝がそのことを知ってから今まで以上に僕に優しくなったのは気のせいだろうか。
あの日の夕方、家に帰って誰もいなかった時は正直ショックだった。
それでも海輝の家族に支えられて、僕は何とか寂しさに耐えていた。
でも小学校高学年になると、僕はあの家に迷惑をかけていると思うようになった。
親戚でもない赤の他人を実の子のように育ててくれる、その優しさが痛かった。
自分でお金を稼ぐにもまだ働ける年齢ではなかったし、そんなことしなくて良いと言われた。
元々質素な暮らしをしていたのに海輝の家に住み始めてからはそうではなかった。
(僕にいくらお金かかってるんだろう……)
そんなことを考えているうちに僕は段々臆病になっていった。
お金に関わる全てのことから逃げようとしていた。
「冬樹ー、ノット……ケツ、バット……シン!」
海輝が何を言いたいのか、僕には理解出来なかった。
意味わかんねーよと言ってやると、あいつの母親が通訳してくれた。
海輝は『大切なのは血の繋がりじゃなくて心の繋がりなんだ』と言ったらしかった。
そういえば英語の授業でnot only A but also Bの構文を習ったばかりで、あいつの教科書をみるとそこにはちゃんとチェックが入れられていた。
勉強嫌いの海輝が唯一自ら覚えようとしてチェックした構文だった。
「冬樹、お前趣味とかないの? 魚以外で」
中学に入ってすぐの頃、海輝がそんなことを聞いてきた。
魚以外に趣味なんて、無いに等しかった。
「俺ギター部入ろうと思うんだけど……お前どう?」
見学だけなら、という条件で、僕は海輝とギター部を覗いた。
それまで音楽は好きじゃなかったのに、何となく興味が湧いてきた。
たった六本の弦でいくつもの音を出せるその楽器が僕を呼んでいるような気がした。
僕も海輝もギターは初めてだったのに、何故か結構上手かった。
あの家で生活を始めてから、毎年夏に旅行をしていた。
と言っても海輝の両親の親友が大阪にいるのでそこへ行くだけだったけど、それにしても暑かった。
「あちーっ! 俺絶対大阪には住めないよー」
両親が親友と会っているところにいても暇だったので、僕と海輝はいつも公園で遊んでいた。
ギターを始めてからは、影を見つけてそこで練習することにした。
中学二年の夏も、僕と海輝はその公園でギターを弾いていた。
まだ陽射しが強い時間、気付けば一人の少女が僕らを見ていた。
少女──小学校四年生の叶依はギターに興味を持ったらしかった。
小学生らしくない小学生だと思った。
僕らは仲良くなって何回か遊んだ。
最後に別れる時、海輝は叶依にギターをあげていたけど、あれが何だったのかはわからない。
いつもの優しさだったのか、それとも別に何かあったのか。
後者のような気がするけど、その答えを海輝に聞いたことはない。
東京の家に帰ってから数ヵ月後、海輝の両親の都合で北海道・富良野に引っ越すことになった。
住み慣れた東京を離れるのは寂しかったけど、大自然の中で暮らすのも良いなと思った。
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