第282話 温泉パークへようこそ!(中盤)

まずお知らせです。本日はこの話が投稿されるのと同時に、サポーター様限定近況SS『恵みの雨』を近況ノートに上げています。


ただ、サポーター様が全然増えないので(血涙)……少しは宣伝しようということで、今回は限定近況SSとして誰でも読めるものにしてあります。


一話読みきりですので、お時間のあるときにでもどうぞ。



―――――



 温泉パークの更衣室において、魅惑的な妖艶真祖カミラVS清楚な豊満女司祭アネストの戦いの火蓋が切られようとしたとき――


如きが温泉に入るなど片腹痛い話だ。が直々にその作法を教えてやってもよいのだぞ?」

「あら、ふふふ。それはとても楽しみですえ。海蜥蜴・・如きがどんなふうにばたばたと風呂場にて泳ぐのか、あてとしてはせいぜい見物させてもらいましょうか」


 そんな剣呑な会話をしながら肩を並べてやって来たのは、海竜ラハブと有翼ハーピー族の女王オキュペテーだった。


 前者は局部に竜鱗のみ、また後者も羽毛でわずかに覆っているだけなので、どちらも水着は一切着用していない。そんな真祖カミラが纏っているマイクロビキニよりもよほど危い格好ではあったのだが……


 海竜ラハブにしても、女王オキュペテーにしても、ある意味で普段から真っ裸というか……まあ、これはこれで種族特性みたいなものだから仕方がないといったところか……


 そんな二人が仲良く、もとい仲悪く、というかそれなりに親しき間にもかかわらず礼儀もへったくれも何もなく――互いに肩肘張って罵り合いながら堂々と入室してきた。


「貴様ら鳥なぞ、醜くバタ足して、海面にギリギリで浮かんでいるだけではないか」

「あーら、貴女がた海蜥蜴なぞ、空も優雅に飛べないから海に潜るしかないのよねえ。やれやれ、お可哀想に」

「ふん。語るに落ちたな。ここは風呂場だ。空の話なぞ一切していないぞ」

「あてかて、空の話をしたかったわけじゃないのですえ。あくまで優雅さのお話をしたかったのです」

「優雅さだと? それこそ貴様に最も欠けているものではないか」

「やれやれ、嫌でありんすわ。貴女がみやびの何たるかをろくに知らないからといって、あての美しき立ち居振る舞いを見るたびに劣等感をこじらせるのは御免被りますえ」

「何だとー、むきー!」

「はん! おーほほほ!」


 ちなみに、この二人はよく言い争っているものの、存外に仲が良いし付き合いも長い。


 そもそも、第三魔王国と有翼族の巣は隣同士のご近所だし、二人共にこれまたすぐそばにある大森林群のエルフたちのことを蛇蝎の如く忌み嫌って、よくちょっかいをかけていた上に、いにしえの時代から生きていていることもあって、互いをしっかりと認めている間柄だ。


 しかも、ラハブは海の姫として、またオキュペテーも空の女王として君臨していたこともあって、こんなふうに言い合える仲の者が他にいなかった。


 そんな二人がいかにも息ぴったりといったふうに足を止めた――


「おや? そこにいらっしゃるのはもしかして……」

「はああ、嫌だ嫌だ。せっかくお風呂をいただきに来ましたのに、生臭いのは本当に嫌ですえ」


 というのも、二人の眼前には吸血鬼の真祖カミラがいたからだ。そのカミラに対して二人は正反対の反応をみせる。


 海竜ラハブからすれば、義父たる邪竜ファフニールの盟友であるカミラは目上の人物だ。ただし、ラハブは魔族ではないし、もとをたどると四竜の血筋に当たるので、実力でも立場でも上のカミラに対して敬してみせるが臆する必要はない。


 逆に、有翼族の女王オキュペテーとカミラの間には、本来ならば一切のわだかまりがないはず・・だった。そもそも、オキュペテーは巣に引きこもって、外界にはほとんど関与してこなかった。


 ところが、そんな二人の関係性にある日、突然ヒビが入った――入れたのはよりにもよってエルフと人族だ。


 事実、エルフの族長だったドスは世界三大美女なるものをぶちあげて、それが世界中に一気に広まっていって、それがまずオキュペテーの耳に入った。


 このことをきっかけにして、有翼族はちくちくとエルフを虐めるに至ったわけだが……まあ、それはさておき、最悪なことに王国のとある冒険者が『世界美女ランキング』なる余計なものまで作ってしまった。


 その三位に勝手に入れられたことで、ぶちぎれたオキュペテーはというと、意外なことに王国を攻めはしなかった。エルフと違って、寿命も短くて、ついばめばすぐに死んでしまう人族など、眼中になかったわけだ。


 逆に、オキュペテーはすぐ隣に住んでいた二位の海竜ラハブ、次いで一位になった真祖カミラに対して口撃・・を始めた。いわば、三人は『世界美女ランキング』のせいで、無駄にこじれた関係性を持ってしまったのだ。


 ともあれ、更衣室の入口でばったりと出会った三人のうち、まず真祖カミラが口火を切った。


「あら? ラハブじゃないのよ」

「こ、こんにちは……カミラ様。こんなところでお会いできて光栄です」

「いいのよ。そんなに畏まらなくても……何なら貴女も私と一緒に入浴しない? ラナンシーと一緒に、貴女の背中も隅から隅までじっくりと流してあげるわ。うふん」


 すると、女王オキュペテーが横合いから皮肉を言った。


「いやはや、一位様は誰かと一緒じゃないと寂しいのかえ?」

「あらまあ、どこぞの鳥が紛れ込んだと思ったら、そこに突っ立っているのは――万年三位のオキュペテーじゃないの。いやあ、お久しぶりね。会えて嬉しいわ。また三位のようでおめでとう!」


 ちなみに、先日、真祖カミラは一位から陥落して、その座を人造人間フランケンシュタインエメスに譲ったばかりだ。もちろん、エメスが編集長のクライスを恫喝したことでそんな事態になったのだが、二位は変わらずに海竜ラハブで、三位も女王オキュペテーだった。


 カミラはそのことを指摘して、皮肉を皮肉で返したのだ。もっとも、オキュペテーにとってはカミラの口撃など慣れたものだった。


「つい数日前に、あてと玉座の間で会ったことをもう忘れただなんて……これはもしかしたら更年期障害というものなのではないかえ? そういえば、吸血鬼になる前は人族でしたものね。そろそろ脳みそが硬化してもおかしくはないどすえ」

「それは仕方のことないでしょう。そこらへんを飛んでいる鳥と、目の前にいる鳥との見分けがつくほど、私は鳥なぞに興味なんて持っていないのだもの」

「ほほう? 言ってくれるじゃないですか、おほほほ!」

「ははん、嫌だあ。独り言にわざわざ反応しないでくださるかしら? うふふふ」


 何にしても、せっかくあったかい温泉にきたというのに、更衣室には絶対零度の冷気が入り込んだ。


 おかげですぐそばにいたラナンシーも、海竜ラハブも、「どうすんの、これ?」といったふうに互いに視線を交わすばかりである。


 とにもかくにも、こうして世界三大美女が、今、この更衣室にて史上初めて勢揃いしてしまった。


 しかも、聖職者ということでランキング掲載を保留されてきた人族代表こと女司祭アネストまでいる始末だ。さらには全員、水着着用――もしくは真っ裸だ。こんな際どい格好で事件が起きないはずがなく……


 すると、そんなタイミングで、どた、どた、と。


 駆け足の音が響いた。


「ほら。行くよー、ドゥ!」

「まってー」


 こうして美女たちの横を通り過ぎようとした、ダークエルフの双子のうち、ドゥがぴたりと立ち止まると、やけに真剣な眼差しで――


「また、はじまる・・・・


 それだけ呟いて、「ふう」と息をつくと、ドゥはとてとてと再び駆け出していった。


 ラナンシーは天を仰ぎ見た。何が始まるのかは分からなかったが、ろくなことになりそうになかった……


「もしかしたら、あたい……門前でヒキガエルみたいにぺしゃんこに潰れかけていた方がマシだったかもしれないな」


 このときばかりはラナンシーも、実姉のルーシーやリリンの到着を待ちわびるしかなかったであった。



―――――



「女豹大戦」と同じ流れになりますが……残念ながら今回は始まりません。

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