第278話 天然プールのある日常(序盤)

ここからは某所で一定のポイントを超えたことを記念して書いたSSの推敲版で、涼しさ重視のプール回と、ついでの温泉回という欲張りセットです。

受賞記念SSと同様に、時間軸は特に設定しておらず、キャラクターの役職などは第三部終了時点のものになります。だから、まだヒュスタトン高原にいるはずの聖女パーティーの面々や、浮遊城にいるセロたちが何食わぬ顔して一緒に出てきますが、そこらへんは特別記念SSということで、どうかこれまたご愛敬にてお願いいたします。



―――――



「ほへー。プールがさらに拡張されたんだってー?」


 魔女モタが驚きの声を上げると、夢魔サキュパスリリンが胸を張ってみせた。


 もっとも、リリンは夢魔のわりには長女のルーシーよりも胸がないので、モタは自分のことは棚に上げて、「おやおや」と、果たして成長することはあるのだろうかと首を傾げた。


 そのリリンはというと、「ふふん」といかにも自信満々で語り出す――


「その通りだ、モタよ。温泉もいいが、プールも観光資源として外交に使えるだろうと思って、セロ様にお願いしてみたのだ」

「でもでも、リリンさんや。そんなことしたら、ダークエルフのたちがこれまでみたいに気軽には使えなくなっちゃうんじゃないかい?」

「大丈夫だ。そもそも、拡張とは言うが、正確には岩山のふもとにある私用の物プライベートプールとは別に作ってもらった。第六魔王国にやって来る観光客を当てにしたものなので、温泉宿泊施設からそう遠くない場所に、屋外用と屋内用のものを二つ用意したという寸法さ」

「ふーん。だから、こうして北の街道の方に向かっているんだー」


 モタはそこでやっと、「ふむふむ」と納得した。


 下がりに朝食・・を取った後に、リリンから「モタよ。プールに行くぞ」と急に誘われた。


 ちょうど研究に行き詰っていたので、モタは二つ返事で「いくいくー」と答えた。師匠のジージの言う通り、柔軟な思考の為には体をよく動かさなくてはいけないと考えたわけだ。それに冷たいプールに入れば、目がはっきり覚めるかもしれないとも思った。


 もっとも、プールと言われて連れていかれたのが、岩山のふもとではなく、逆の北の街道方面だったので、モタも「んー?」と首を傾げたのだが、先の問答をしているうちに雑木林に入って、すぐに視界が開けてくると、そこには大きな湖があった。


「ここって……たしか、王国に繋がる大河の源流になっている場所でしょ?」


 モタはそう尋ねてから、広い湖畔を見渡した。


 洞窟が半分崩壊したかのように岩山の屋根が続いて、陰になっているのでとても涼しそうだ。


 その屋根の先からは水が滝のように流れ落ちてきて、エメラルドの宝石のように碧くて透明度の高い水が貯まっている。しかも、広さだけなら岩山のふもとにあるプールの数倍はある。まさに天然のプールといった様子で、これにはモタも研究のことなど一時忘れて素直に感心した。


「あれ? でもさ、リリンさんや。さっき屋内って言ってたけど……いったい何を建てたのー? あの岩山の屋根が屋内って意味なのかな?」

「いいや、違うよ。こっちに来てごらん」


 リリンに手を引っ張られて、モタは湖畔にある桟橋を渡った。


 すると、その先は岩山内の細い洞窟に繋がっていて、さらにその中をしばらく進んでいくと、これまた透明に煌めく洞窟湖に出た。どうやら天井の裂け目から水と共に日の明かりも零れてくるようで、いかにも神秘的な光景だ。


 天然プールとは言っても、水深のあるところでは数十メートルにも達するようで、ダイビングも出来そうだ。すでにダークエルフたちだけでなく、見慣れた面々も遊んでいた。


 だから、モタも「すごーい!」と素直に感嘆すると、


「ふふん。だろう?」


 リリンは「えへん」と、また胸を張って、今度は幾つか説明を加えた。


 どうやらヤモリやコウモリたちにお願いして、崩落しないようにと土魔術などで岩壁を固定した上に、イモリたちによってバクテリアが繁殖しないように水魔術で水質を保っているらしい。


 すると、いつもの声がモタたちのもとに届いた――


「いくよー、ドゥ!」

「うん」


 温泉でも、岩山のふもとのプールでも、見慣れた光景だったわけだが……ダークエルフの双子がどぼーんと地底湖に飛び込んだのだ。


「わたしも負けてられないぜい!」


 当然、モタも追いかけようとした。


 魔女のマントをぱっとめくると、そこには紺色の肌着があった――なぜか旧型のスクール水着だ。胸もとには『モタ』と大きな白布まで張ってある。


 ちなみにこれは師匠のジージの所有しているいにしえの文献にあったものを参考にして、人狼メイドのトリーに作ってもらったものだ。当然のことながら、ブルマに詳しかったり、今度はスクール水着だったりと、いったい何の文献なのやら……まあ、詳しくツッコミを入れてはいけない。


 それはさておき、「いえーい!」と駆け出そうとしたモタの肩をリリンはがっちりと掴まえた。


「待て、モタ。準備運動もしないまま入ると危険だぞ」

「ううーっ!」

「それにモタの着ているものは何だ? あまり見かけない水着だが?」

「水着というより魔女の肌着かな。トリーに改良してもらったんだ。何せ、紺色は魔女の魔力マナを高めてくれるからねー。だから、リリンに誘われてからこっち、わたしはずっとこれを着てたんだよ。気づかなかった?」

「へ、へえ……全然気づかなかったよ」

「それより、リリンさんや。何だい? その色気のない水着は?」


 モタは「ぷう」と両頬を膨らませた。


 というのも、リリンが纏っていたのは実践重視の競泳水着ボディスーツだったからだ。


 もっとも、ダメージジーンズのようにところどころ破れているのはリリンの趣味だろうか。何にしても、海女さんみたいな格好をしているドルイドのヌフに次いで肌面積多めの水着に、今度はモタも「ぶう」とブーイングした。


 そのときだ。遠くから、「かー、かっか!」という高笑いが届いた。


「ふん! 『北海のソードカジキ』など、所詮知れたものよ。の手にかかれば、金魚程度のものよな!」

「くう! さすがに海竜は伊達ではないか……」

「まあ、吸血鬼にしてはよくやったと褒めてやるさ」


 どうやらルーシーと海竜ラハブが競泳していたらしい。


 そのラハブはというと、ほとんど裸だった。花びらほどの竜燐が大事な個所をわずかに覆っているだけで、最早これは……ほとんど痴女だ。


 さて、ルーシーとラハブの掛け合いに耳を傾けてみると、セロの前でそんな破廉恥な格好をするなということで勝負になったそうだ。ちなみに当のセロはというと、誰にやられたのか、とうに意識を失って、お尻だけを湖面に浮かべていた……


 そんなセロを救い出すべき近衛長のエークは、執事のアジーンといがみ合っていた。どちらが先にセロのもとに駆けつけるかで揉めているようだ。


 ついでに言うと、エークは相変わらず白ふんどしで、アジーンはもっこり際どいビキニタイプだ。


 おかげですぐにモタは「あわわ」と二人から視線を外したわけだが、よくよく周囲を見てみると、筋肉自慢のモンクのパーンチにしても、聖騎士団長モーレツにしても、高潔の元勇者ノーブルにしても、揃いもそろってビキニ姿で、聖騎士副団長になったハダッカなど葉っぱ一枚だ……


 すると、ルーシーとラハブの間に割って入る者がいた。いや、より正確には水の王者を決めるべく強者が乱入してきたというべきか――


「ふふん。ラハブよ! ついに決着をつけるときがきたようだな」

「ほう。クラーケンか。相手にとって不足なし!」


 さらに言うと、巨大蛸もとい人型になったクラーケンはラハブよりもよほど痴女だった。


 というのも、何も着ていないのだ。まあ、魚人なので、人族とは体の構造が大きく違って、肝心の箇所は白肌のつるっつるなので、いわゆる全年齢向きな体形とも言えるわけだが――それもさておき、ここに至ってモタも「うーん」と首を傾げた。


 同じような子供体形のディンでさえ、ふりふりのワンピースを可愛らしく着こなしているのだ。


 もう少し可愛げのある、もしくは大人っぽいものを今度は着てこようかなと思いつつも、モタはセロから教えてもらった『新しいが来た体操』を過ぎに桟橋の上でやってから、


「ほいじゃ、いくよー!」


 と、リリンと一緒に、どぼーんと洞窟湖に仲良く飛び込んだのだった。



―――――



今話は昼のうちのモタとリリン視点、次話はクリーンとキャトル視点のプール回です。

ちなみに、湖の天然プールのモデルはアメリカのハミントンプールで、洞窟湖はメキシコのセノーテイキルになります。画像検索するだけでとても涼しくなれますよ。

それと、巴術士ジージがブルマに詳しいエピソードは「第197話 女豹大戦03」にあります。懐かしき放送事故エピソードですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る