第275話 風と共に去りぬ(序盤)

「二人は断言しました――これで勝ったな、ぐふふ、と」


 夢魔サキュバスのリリンがそう報告すると、ルーシーは玉座の間からすぐに魔王城の地下階層に直行した。


 よりにもよってかつて第六魔王を務めていた者同士が結託したのだ。最悪の場合、今すぐにクーデターが起こってもおかしくはない……


「そう。普通の魔族的な価値観ならば、おかしくはないのだが――」


 ルーシーは足早に向かいながら、そこで言葉を切った。


 強者と相対したいといういにしえの価値観からすれば、あれだけ強いセロと戦うのは宿願と言ってもいい。


 ただ、ルーシーは少なくとも人造人間フランケンシュタインエメスについては信用を置いていた。そもそも、エメスは魔核への魔力マナのチャージをセロの『救い手オーリオール』に頼っている。


 もちろん、他の魔族同様に、とうに自身で補充出来るまでに回復していたし、いかにも人造人間らしく魔核の代用や再生などの研究によって、巨大蛸クラーケンのように幾つもの魔核を有するようになっていた。


 最近は術士ジージや魔女モタとの共同研究によって、魔力量の多寡が老いやすさに直結することを調べ上げて、人族や亜人族にも不老不死を与えうるのではないかと、ヒュスタトン会戦にて捕らえた者たちを熱心に拷問――もとい人体実験する日々である。


 そんなこんなで最早、魔力不足で地下深くに永劫閉じ込められるような事態には早々に陥ることもないし、研究も順調だし、だからこそセロには厚い忠誠を誓っている。簡単に裏切るとは思えない。


「ただ、母上様は違う。虎視眈々とセロを求めているふしがある」


 実際に、真祖カミラは何らかの思惑があって、いまだにセロとは距離を置いている。


 エルフの大森林群で合流してからこっち、セロには恭順を誓っておきながらも、玉座の間で跪いて忠誠を示していない……


 たしかにすぐにヒュスタトン会戦が始まって、第六魔王国の仲間たちもいったんそれぞれの役目を持ってバラバラになっていたこともあって、正式に前第六魔王ことカミラを迎え入れる機会がなかったものの、


「そもそも、何を考えているのか、娘のわらわたちでもよく分からない」


 そんなふうに気分次第でどこにでも現れて、ぱっと消えていくのが真祖カミラだ。


 もっとも、ルーシーとてその母によく似て、皆からは「何を考えているのか、いまいち分からない」と思われているのだが……


 何にしても、セロに明確な忠義を持ったエメスがそんな人面獣心なカミラにあっけなく騙されるとも思えないが、それでもあの二人は古の時代からの付き合いだ――ルーシーにはあずかり知らない理由でもって、カミラの行動を黙認する可能性は否定出来ない。


「ん?」


 そのときだ。モノリスの試作機がまた振動すると、


「お姉様! 罠です! ここに来てはいけ――」


 リリンは最後まで言えずに、途中で魔導通信はぷつんと切れてしまった。


「…………」


 このとき、ルーシーはちょうど地下へと通じる螺旋階段の前にいたのだが、後ろに侍らせていた妹たちのラナンシーやシエンと顔を見合わせた。


 これが単純にモノリスの機器の故障か何かで、単純に魔導通信が切れただけならいい……とはいえ、さすがにルーシーたちもそんな安易な考えを認められるほどにはうぶではなかった。


 そもそも、魔導通信はエメスの管轄だ。妨害するのも容易い。それに先ほどの話の通りに、リリンが何かしらの罠に嵌ってしまったのだとしたら、カミラたちが本気でクーデターを企てている証左に違いない……


 ……

 …………

 ……………………


 ルーシーはすぐにモノリスの試作機で連絡を取ろうとした。


 相手はリリンではない。そのリリンが接触しようとしていた――ドルイドのヌフだ。


 が。


「――――」


 ツー、ツー、と。無機質な音ばかりが続いて、結局のところ、いつまで経っても繋がらなかった。


 ためしにルーシーはそばにいたラナンシーやシエンに繋いでみた。結果は同じだ。どうやらルーシーのモノリス自体が使えなくなっているようだ。また、ラナンシーやシエンも同じで、ルーシーたちは城内の対象自動読取装置セロシステムによってとっくに監視されていたらしい。


「ちい。古の技術を独占されると……こうも面倒な事態になるとはな」


 ルーシーはそのことに初めて思い至った。


 文明の利器は一度使ってしまうと、前の生活には容易に後戻りが出来ない。


 しかも、それほどのものをこれまではエメスに一任してきたわけだが……エメスが裏切っただけでこの被害だ。今回の件をさっさと片付けたら、ラナンシーやシエンにも役割分担させて、独占は避けた方が賢明かもしれない……


 何にせよ、ルーシーは決断した。


「妾はいったん上階に戻って、どこかにいるセロを探す」


 すると、ラナンシーがはらはらした表情でルーシーに尋ねた。


「では、あたいたちは階下に行って、母上様とエメス殿の牽制をしましょうか?」

「いや。妾と共にセロ探しを手伝ってほしい。別々に行動すれば、個別撃破されるだけだ」


 ルーシーはそう答えて、認識阻害によって姿をいったん隠した。


 城内の要所に設置してある対象自動読取装置によって、ルーシーたちの行動は筒抜けとみなしていい。それに、相手カミラたちとてすぐにでもセロを押さえようとするはずだ。


 事実、リリンが罠によって捕われた以上、ドルイドのヌフもやられた可能性が高い……


 となると、たとえラナンシーとシエンが共にいてくれても、戦力的にはルーシーを含めて三人でカミラやエメスといった古の魔王級二人の相手をするのは難しい。せめてセロが必要だ。セロさえいてくれれば――絶対に勝てる・・・


 要は、スピードが大事だった。誰よりも早くセロと共にいること。


 それが勝敗を左右する。ルーシーはそう考えて、セロの下にいち早く駆けつけようとした。


 もっとも、そんなときだ。


「ん?」


 急に、使えないはずのモノリスの試作機がぶるぶると震えだしたのだ。


 ルーシーが驚いて、それをまた手に取ると、


「本当に勝てる・・・と思っていたのかしら? ルーシー?」


 底冷えするような妖艶な声音が響いた――母のカミラからだ。


 しかも、まるでルーシーの心中を見透かしたかのような絶妙なタイミングだった。ルーシーは思わず、「ちい」と舌打ちして、下唇をギュっと噛みしめた。


 まさに相手の掌上で完全に踊らされていた。ルーシーにとってこれほど無様に何も出来ず、対応が後手後手になるのは初めてのことだった。セロの補助としてルーシーが全てを管轄してきた弊害と言ってもいい――頭が潰されると、体はなかなかに言うことを聞かなくなる。


 そもそも、ルーシーはカミラから全てのことを学んできた。逆に言えば、カミラはルーシーの手の内をことごとく知り尽くしているわけだ。まさに最悪の相性だろうか。


 だからこそ、ルーシーは一発逆転の機会を狙って、セロのことを想ったわけだが――


「そんな貴女に早速、この映像を送ってあげるわ。はてさて、さかしらな貴方はどう出てくれるのかしら? せいぜい、ここでエメスと一緒に楽しみにしているわよ」


 そこでぷつんと、通信は切られた。


 ツー、ツー、と。機械的な音だけが響く。


 ルーシーは送付されてきたものに目を通した。そして、「そんな……馬鹿な」と絶句した。


 というのも、その画像にあったのは――よりにもよって半裸でX字型の磔台に拘束されて、両頬をわずかに紅潮させている、あれ・・な姿のセロの姿だったのだ。

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