第274話 若草物語(終盤)
ルーシーはどこか不安そうにしているシエンを見て、「ふむん」と息をついた。
そして、ふいに以前、セロから指摘されたことを思い出した――それは寝室でのピロートークのくせして、蜜月のような甘さもなく、いかにも実直なセロらしい呟きに過ぎなかったのだが、
「ルーシーはもっと人を頼ってもいいと思うよ。少なくとも、他の人はルーシーよりは強くないんだから。早々、ルーシーみたいには何でもすぐに出来るわけじゃないんだ」
はてさて、どんな文脈でそんなことを言われたんだったかなと、ルーシーは首を傾げつつも、再度、シエンに視線をやった。そのシエンはというと、
「こうですか?」
「いや、違うな。もっと捻り込むように叩きつけるんだ」
「じゃあ、このように?」
「おっ。今のいいぞ。中々の衝撃だった」
と、ラナンシーに
どうやらエークが立ち上がって、玉座の間まで上がってきたなら、その渾身の拳を叩きつける気満々のようだ。早速、姉のラナンシーを頼っているあたり、シエンはこの第六魔王国でも強かにやっていけるだろうなと感じて、ルーシーは彼女なりに
「内政の引継ぎに関して、シエンには一時的に補佐役を付けよう。建設などの監督をしていたエークには常に人狼メイドのトリーがそばにいて、色々と手助けしていたはずだ。そのトリーをシエンの補佐として――」
というところで、ルーシーは「ん? 待てよ」と言葉を切ってから、
「そういえば……トリーは今、西の魔族領の墳丘墓に赴いていたのだったか?」
そばに立哨していた人狼メイドに確認した。メイドは「はい。その通りです」と短く返す。
そんな返事に対して、ヒュスタトン会戦の戦場に出ていて、第六魔王国の者たちがどのように配置されていたのかまでは詳しく知らなかったラナンシーがルーシーに尋ねた。
「なぜ、戦場とはかけ離れた墳丘墓にトリーは行ったんですか?」
せっかく魔王城に戻ってきて、久しぶりに会えると思っていたのにすれ違いになっていたので、ラナンシーも気になっていたのだ。
もっとも、ルーシーは「何てことはない」とすぐに答えた。
「巴術士ジージがセロを崇拝する宗教施設を建設したいということで、湿地帯にある墳丘墓を改修可能かどうか、現地調査に行っているだけだ。いずれは墳丘墓も魔王城同様、空に浮かべて、ドッキング出来るようにしたいとか何とか言っていたな」
そうして、某時空要塞みたいな超巨大ロボットにしてセロに操縦してもらう。これはいわば、大きな服を着ているようなものだ。それこそがトリーの宿願でもあった。
もちろん、肝心のセロはそのことにまだ一切気づいてすらいない……
何にしても、トリーが戻り次第、シエンの補佐として引継ぎを手伝ってもらうという流れになった。そのタイミングで近衛長エークが意識を取り戻して、よろよろと片足を引きずるようにして上がってきた。
シエンは早速、しゅっしゅと、シャドウボクシングをしながらエークがそばにやってくるのを待ったわけだが――
直後だ。
「げろんぱっ!」
目にも留まらぬ速さでエークはルーシーにまた殴られて、階下にぶっ飛ばされていった。しかも、今度は正門横の通用門にぶつかって、運悪くぱかっと扉が開くと、
「あーれー」
と、エークは地上に落下していった。
……
…………
……………………
「エークよ。トリーを補佐につける。いいな?」
すぐ後になって、ルーシーの言葉があった。
というか、言葉が伝わる音速よりも素早く殴りつけないといけないのかと、これにはさすがにシエンも呆然するしかなかった。かえって第六魔王国で本当にやっていけるのか、心配になったぐらいである。
「そうか。分かった。良いということだな、エークよ」
地上に落ちていって返事すら出来なかったはずのエークに対して、しれっとルーシーは「ふむふむ」と首肯してから、呆気に取られているラナンシーとシエンに振り向いた。
「そうそう、魔王城がこうして浮遊城になって移動している間は、執事のアジーンは不在となって、温泉宿泊施設の大将として第六魔王国を預かっている。だから、城内についてはメイド長のチェトリエが代役を務めている。これについてはさほど説明もいるまい」
ルーシーはそこまで言って、玉座の間に設置してある巨大モニターとモノリスの試作機を接続した。
「さて、外交に関してはリリンが担当しているから、
そう呼びかけると、モノリスの試作機を通じてモニターには、ダークエルフの双子でルーシーの付き人ことディンの可愛らしい姿が映った。
「はい、ルーシー様。聞こえております」
そう応じたディンはというと、いつもの貫頭衣ではなく、王国の人族が纏うドレスのようなものを身に着ていた。何だか可憐なお姫様みたいで新鮮な姿だった。
「それでディンよ。今はどちらにいるのだ?」
「はい。強襲機動特装艦の『かかしエターナル』に乗って、王国の直上まで来ております。これからシュペル卿やヒトウスキー卿と共に、王国側の要人と今後の協力関係について事前交渉をする予定でおります」
「うむ。世話をかけるな。リリンの代理だ。くれぐれもよろしく頼むぞ」
「はい。ご安心くださいませ。何かあったら、この
ディンは満面の笑みを浮かべて、拳を突き上げてみせた。
そこでちょうど魔導通信は切れたわけだが、王国の人族、それも貴族たち要人をぐーで黙らせちゃ駄目なんじゃないかなとは、ラナンシーも、シエンもさすがに言い出せなかった……
何はともあれ、これで簡単な引継ぎは終了だ。細かい事柄については現場で直接やって改善していくしかないが、これら全てにルーシーはいちいち目を通して、セロをしっかりと助けていたのかと、二人もさすがに呻るしかなかった。
もっとも、そのときだ――
ルーシーのモノリスの試作機が急に振動しだすと、
「お姉様、大変です!」
真祖カミラをこっそりと追跡していたはずのリリンから連絡が入った。
「いったいどうしたというのだ、リリンよ? まさか、セロの貞操がもうやられたのか?」
「いえ。ご安心ください。セロ様はご無事です。問題ありません」
「それでは、何があったというのだ?」
「今、母上様は地下三階層にまで降りてきております」
「地下三階……だと?」
ルーシーは眉間に皺を寄せるしかなかった。
というのも、そこは
ルーシーの知る限り、謝罪も、それに対する許しも、まだなされていかったはずだ。
もっとも、エルフの大森林群への侵攻からこっち、すぐにヒュスタトン会戦が始まったこともあって、セロやルーシーにしてもそれどころではなかった。いずれカミラとエメスの二人でしっかりと話し合う場を設けるつもりではいたが――
「その二人が今、手と手を取り合いました」
さらなるリリンの報告にルーシーは、「何だと?」と、仰天するしかなかった。
「しかも、互いに笑い合っています。抱擁まで交わしております。しかも、よりによって――」
リリンはそこで言葉をいったん切ると、ごくりと唾を飲み込んでからこう伝えたのだ。
「二人は断言しました――これで勝ったな、ぐふふ、と」
――――――
別サイトにて掲載している『若草物語』はさらに続くのですが、本サイトではここでいったん締めて、続きを『風と共に去りぬ』とサブタイトルを付けて、数編に分けて展開していきます。ご了承ください。
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