第273話 若草物語(中盤)
なぜルーシーが
ほんのちょっとだけ前に話は遡る。セロが魔族の識字率を上げたいと、物語文学の振興に取り組み始めて、文学賞の公募を始めたことについては以前に述べた。
その過程で選考委員に
「そうはいっても、妾は文学など
「それは私とて同じです。『迷いの森』での生活ではドルイドのヌフとは違って、文献に目を通していられるほどの時間が取れませんでした」
と、二人が早々に難色を示し始めたことから、フィーアが「それならば――」ということで手軽な本を二人の為に持ってきた。
もっとも、フィーアは屍喰鬼である。
言うまでもないが腐っている。その身だけが腐っているならばまだしも、性根から腐りきっているので、当然のことながらフィーアが持ち寄った作品は――よりによって十八禁ばかりになった。
「こ、これは……凄まじいものだな。文学とはここまで激しかったのか」
「もしや……フィーア殿は私と執事のアジーンの関係性をこんなふうに攻めとか、受けとか、といったふうに見ていたのですか?」
今度は難色ではなく、戸惑いしか示せなくなった二人だったわけだが……
そうはいっても、頭も良く、勤勉で、セロの為に何としても貢献したいと熱心に考えている二人だったので、まんまとフィーアが参考文献にと上げた作品を読破して、そのジャンルに一家言持つほどになってしまった。
さらにはエークよりもルーシーがよほど嵌ったこともあって、わざわざ泥竜ピュトンが宰相ゴーガンに成りすましていた時期に公爵家の私設図書館にて秘蔵していた、これまた十八禁な小説を読み耽っていった。
もちろん、今さらルーシーの天才性について説明するのは野暮というものだろうか……
何にせよ、こうしてルーシーは現在、世界で誰よりも
それはともかくとして、ルーシーは魔王城二階の玉座の間へと上がった。
「待たせたな、ラナンシー。それに、シエンよ。先ほどは情けないところを見せてすまなかった」
今は双子の付き人ことディンが強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』に乗艦して、城外に出ていることもあって、ダークエルフの精鋭と吸血鬼たちがルーシーの背後にはぞろぞろと控えている。
また、リリンはこの場には付いてきていない。ルーシーによって真祖カミラの動向を監視するように新たに命じられたのだ。
より正確には、地下階層に向かって、ドルイドのヌフの協力を取りつけて、二人で尾行などをしてもらうように手配している。さすがにカミラであっても、ヌフの認識阻害までは見破られまいと判断したわけだ。
「さて、早速仕事の引継ぎだが……基本的に当国では軍事については何もしていない」
ルーシーがそう言うと、ラナンシーも、シエンも当然、「え?」と眉をひそめた。
現在、第六魔王国は大陸の覇者となって、その全域を支配している。つい先日だって、王国を内乱に誘導して、内部崩壊させたばかりだ。
それなのに、軍事にノータッチとはこれ如何に? といった顔つきを二人がしていたからだろうか、
「もちろん、吸血鬼やダークエルフの精鋭たちを鍛えたり、
「つまり……ええと……姉貴は何も関知してないってことですか?」
「うむ。そういうことだ。一応、事後報告はもらっているがな」
「では、ルーシーお姉様。そんな軍事に関して、私たちがやれることとはいったい?」
シエンがそう問いかけると、ルーシーは頭を横に振った。
「何もない」
直後、ラナンシーたちは二人とも、全く信用されていないのかなと、今度は心配そうな顔つきになったわけだが、
「そんな不安そうな顔をするな。軍事について
ルーシーが微笑を浮かべると、ラナンシーは「ああ、たしかに」と納得した。
だが、魔族になったばかりのシエンはやや首を傾げている。だから、ルーシーは「やれやれ」と、説明を付け加えてあげた。
「要は、敵対する者がいるのならば、セロがぶちのめしに行けばいいだけだ」
「……な、なるほど」
「逆に言うと、セロで勝てない相手ならば、当国も終わりということだ。そういう意味では、軍備もへったくれもない」
たしかにどれだけ軍隊を増強しても、セロが『
しかも、最近はセロもさらに成長して、大陸ごと消し炭にしてしまいそうな巨大隕石落としが出来るぐらいの
地下世界で「個では最強」と謳われている第二魔王の蠅王ベルゼブブでもうかつに手を出せないほどに力を付けているわけで、人族や亜人族がどれだけ束になってかかっても、最早敵にもならないだろう……
「そうは言っても、配下を管轄する者は必要だ。これまでダークエルフたちは近衛長エークが、人狼たちは執事アジーンが、また吸血鬼たちはリリンが、それ以外の者たちは高潔の元勇者ノーブルが仕切ってくれていたが――これを機に、吸血鬼についてはシエンが仕切れ」
「ラナンシーお姉様ではなく、私でよろしいのですか?」
「うむ。吸血鬼の爵位持ちたちに貴様のことを早く認識させたいという意味合いもある。それにラナンシーには、島嶼国からついてきた魚人系の魔族がいただろう? ヒュスタトン会戦が終わって、こちらに合流する者も多いはずだから、彼奴らをさっさとまとめ上げて、リリンかシエンの下につかせろ」
「はい。合点です」
「また、今回の人事異動にて、ポストの空いたノーブルについては、エーク、アジーン、シエンやラナンシーの上に置く。いわゆる将軍職だ。もともと勇者という肩書を持っていたのだから、楽にこなしてくれるだろうて。だから、何か軍備について相談事などがあったら、これからはノーブルに確認せよ」
「「はい!」」
すると、そのタイミングで近衛長エークがちょうどやって来た。実は、玉座の間に入る直前に、ルーシーがダークエルフの精鋭たちを通じて呼び出しをかけていたのだ。
「お呼びでございますか、ルーシー様?」
「ふむ。ちょうど良い頃合いだった。ところで、エークよ。妾が育児休暇に入っている間、内政に関してはこの二人に引き継ぐことにした」
「え? え、ええと……お待ちください。そもそも、お二方とも……まだ当国に着任したばかりで――」
その直後だった。
ルーシーは、
「げろんぱっ!」
エークはそう叫んで、二階にある玉座の間から一階の入口広間まで見事にごろんごろんと転げ落ちていった……
「よいか、二人よ。人族や亜人族の習慣では、多数決やら、派閥の力学やら、談合やらといったものがあるらしいが――当国には政治なんてものは微塵もない。こうやって殴り倒して、言うことを聞かせてやればいいのだ。そのことをよくよく理解しろ」
「「…………」」
二人は白々とした目つきになるしかなかった。
もともと魔族のラナンシーは頭では理解していたつもりだが、そうはいってもここしばらくは島嶼国にて人族に交じって生活してきた。だから、魔族の習慣とやらに馴染むのにまだ時間がかかりそうだった。
むしろ、混乱していたのはエルフ出身のシエンであって、「え? え?」と、きょろきょろするばかりだった。当然だろう。一応は同
もっとも、殴られた当のエークはというと、性癖的に
「これはとんでもない、ご、ご褒美ですね――」
そう呟いて、「ふっ」と微笑を浮かべてから、正門の鉄扉に背をもたれて意識を失っていった。
……
…………
……………………
そんなわけで色々な闇深さを抱えた事態のなりゆきに、ラナンシーも、シエンも、目をぱちくりしていたわけだが、ルーシーはまた「やれやれ。仕方がないな」と、一応の説明を付け加えてあげた。
「基本的に政治などあってないようなものだ。誰もセロには敵わないのだからな。だから、当国で内政という場合は、領内の施設管理にほど近い」
「「……はあ」」
「その施設について、魔王城内と温泉宿泊施設は執事兼大将のアジーンが、またそれ以外はそこのエークが担っている。それ以外というのは、新たに建設したばかりの温泉パーク、岩山のふもとのプール、城下街の各建築物、あと迷いの森なども含んでいる」
「つまり、城と宿以外は全てエーク様が担当していると?」
シエンがそう確認すると、ルーシーは「ちっち」と指を横に振ってみせた。
「より正確には、建設などの事業も含んでいる。つまり、北の魔族領内での全ての建設及び管理は――あそこに倒れている男が担っているということだ」
「…………」
そんな責任ある重要人物を容易に昏睡させてもよかったのか、と。
シエンはまたどこか遠くを見つめるのだが……結局のところ、これが第六魔王国なのだと慣れるしかなかったのだった。
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