第272話 若草物語(序盤)
魔族なので実年齢的には
―――――
「それでは、三姉妹会議改め、
ルーシーがそう宣言すると、他の姉妹たちはごくりと唾を飲み込んだ。
今、四人がいるのは狭くて薄暗い地下室なので、そんな口内の微かな音でもよく響く――
実は、魔王城には幾つか隠し部屋がある。用途としては、セロには決して見せられないあれやこれやの物置用途が一番多いのだが……今回のように誰にも聞かれないようにと、注意深く認識阻害を施している場所もある。
たとえば、かつてのこの城の主たる真祖カミラが地下牢獄の存在を娘たちに気づかれないようにと、入口広間の大階段の裏にわざわざ隠し部屋を設けていたように、今も四姉妹たちは意外な場所にてロングテーブルを囲んでいた――ルーシーたち三姉妹の寝室の真下にある隠し部屋だ。
位置的には、魔王城の北棟の真下で、地下第一階層にある強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』の
もっとも、セロと正式に結ばれてからというもの、ルーシー自身はセロの無駄に広い寝室へとファンシーグッズごと引っ越しをした。最近は改装も済ませて、二人の寝室内に専用の薔薇風呂を設けたばかりだ……
それはともかく、伽藍となったルーシーの寝室は現在、新たに姉妹となった元エルフの吸血鬼シエンの私室になっていて、大きな棺のすぐ下に隠し階段があるわけだが……
そもそも、この地下の一室は長らく、誰にも聞かれてはならない話をするときに三姉妹によって使われてきた。そう。
というのも、帝王学を仕込む為の教育は過酷で、リリンとラナンシーが家出したことについてはもう説明不要だろう。もちろん、当時、まだ精神的に若かった三姉妹が唯々諾々とカミラの言うことを聞いたかというと、決してそういうわけでもなく――
「明日の武術の時間に、
遥か以前、ルーシーが悲壮な覚悟でもって、二人に対してそう告げると、
「では、お姉様。不肖ながら私が『魅了』でサポートします」
「あたいが肉壁になるよ。この四肢が引きちぎられても、姉貴たちを守ってみせる」
リリンも、ラナンシーも、この隠し部屋で今生の別れでもするかのように泣きはらしながら悲壮な戦いを挑んだものだったが、結局のところ、あっけなくカミラにこてんぱんにされてしまったわけで……
とはいえ、そんな過去も今となっては良い思い出だ。
三姉妹は久しぶりに使用するこの地下室をどこか感慨深く眺めながら、
「こんなに狭い部屋でしたっけ?」
リリンが皆に問いかけると、ラナンシーはしみじみと首を傾げてから、
「ここにかかっている認識阻害なんていかにも子供じみているね。これじゃあ、お母様にバレるわけだ」
子供ながらに頑張ってかけた幾重もの認識阻害の術式に片手をやってなぞりながら、その甘さを指摘した。長年、人族の女海賊に化けていた経験から、今ならもっと上手に術式を構築出来ると、ラナンシーも小さくため息をついてみせる。
すると、ルーシーは「こほん」と咳払いをした。
「さて、皆よ。そろそろ席に着いてほしい」
その言葉で、リリンとラナンシーはすごすごと席に着いた。
「まず、三姉妹から四姉妹会議に名称が変わったことについては説明不要だろうか?」
その問いかけに、リリンも、ラナンシーも、こくりと肯いた。リリンは四番目の妹ことシエンが生まれ変わる現場に立ち会っていたし、ラナンシーもヒュスタトン会戦で同じ陣営にいたときに簡単に挨拶を交わしている。
「では、シエンよ。一応、簡単に自己紹介をしてくれないか」
「はい、ルーシーお姉様。私はシエンと申します。シエンだけに支援が得意――」
「シエンよ。そういうエルフ的な言い回しはここではいい。吸血鬼になったのだから手短に頼む」
「失礼しました。それでは改めて――若輩者ですが、どうかご指導の程、よろしくお願いいたします」
ちなみに、若輩者とは言ったが、年齢的にはシエンが一番年を取っている。もともとエルフとして長生きしてきたので、人族出身で幼子の時分にカミラの血を飲んだルーシーたちよりもずっと年上なのだ。
ただし、吸血鬼には血の濃さによるカーストが存在する。ルーシーたち三姉妹は単に血を飲まされただけでなく、文字通りにその全身を真祖カミラの血に
そういう意味では、シエンは真祖直系とは言っても、ルーシーたち三姉妹に継ぐ位置に立つことになる。
「うむ、シエンよ。こちらこそよろしく頼むぞ。それからシエンにはミルという実姉がいる。いきなり妾たちが新たな姉だと言われても戸惑うかもしれないが、吸血鬼の世界では血の繋がりこそがものを言う。早く馴染んでくれ」
「畏まりました」
「いやあ、あたいにとっちゃ、妹が出来たのは素直にうれしいね。頼っていいんだからな」
これでやっと末妹のポジションを脱却出来ると、三女のラナンシーは満面の笑みを浮かべてみせた。
「おい、ラナンシー。姉になったからといって、シエンに無茶振りするようなら私が許さないからな」
すると、次女のリリンがラナンシーに釘を刺した。ラナンシーはマン島の
「お姉様
「何だ?」
「早速ですみませんが、私にも薔薇風呂について教えてください」
「にゃ……にゃに?」
「セロ様と毎晩、薔薇の花びらを浴室に散らしながら入っていたという噂を聞いて、これはぜひとも私も試さなくてはいけないな、と」
「…………」
そのとたん、ルーシーは真っ赤になって……やや俯いて……さらには両手で顔を隠してしまった。
リリンも、ラナンシーも、「この末妹やるな」といった表情でシエンをじっと見つめた。二人では絶対につっこめないことを平然とやってみせたからだ。
ともあれ、久しぶりの三姉妹もとい四姉妹会議だったが、早々にルーシーが撃沈してしまったことで、議長がいなくなってしまった。これにははてさてどうしたものかと、ラナンシーがキョロキョロしていると、
「あら、いいわよ。じゃあ、大きなお姉ちゃんの私が薔薇風呂について教えてあげるわ」
どこからともなくそんな艶やかな声音が響いた――真祖カミラだ。
「お母様、いつの間に?」
リリンがギョっとすると、カミラは悠然と隠し階段を下りてきた。
しかも、これみよがしに自らの手で薔薇の花びらをパッと宙に舞わせて、風魔術で器用に薔薇の花道を作ってみせる。どうやらセロとルーシーは毎晩、そんな遊びをやっているようで、ルーシーはさらに恥ずかしくなったのか、「死にたい」などと言って、部屋の片隅でしょぼんと体育座りしてしまった……
そんなルーシーに代わって、カミラが堂々と長女席こと議長席に座った。
「さて、それでは……議題は何だったのかしら? ええと、リリン?」
「は? はい、お母様……え、ええと……実は、まだ何も話し合っておりません」
「ねえ。リリン。どうせルーシーと貴女のことだから事前に打ち合わせぐらいはしていたのでしょう? それをすぐに話しなさい」
リリンはちらりとルーシーに視線をやったが、どうやら当のルーシーはまだ回復していないようだ……
本来、吸血鬼は高い精神異常耐性を持っているはずなのに、前回の幼児退行化のときもそうだったが、異常にかかると中々戻りが遅いらしい……
リリンはそんな姉の弱みに驚きつつも、「ふう」と息をついて、仕方なく腹を括るしかなかった。
「……畏まりました。では議題に入ります」
「ほら、皆。拍手しなさい」
皆とは言っても、ラナンシーとシエンしかいないので、ぱち、ぱち、とまばらな拍手が上がった。
「ルーシーお姉様がご懐妊なさって、今後、育児休暇を取られることもあって、第六魔王国の内政、外交、軍事や技術などに支障が出ることが想定されます」
「ふうん。セロに全て振りたいところだけど……たしかに夫なのだから、ルーシーのサポートをしてもらわなきゃ困るものね」
「はい。とりあえず外交は私が、内政、軍事などは執事のアジーンや近衛長エークも担って、最近では高潔の元勇者ノーブルも手伝ってくれているので、さほど困ることはありませんが――」
「ああ、技術の問題ね。ルーシーが休んでいるうちに、これ幸いとばかりに
「何にしても、育休を取るお姉様の代役が早急に必要だということです」
そう言って、リリンはラナンシーとシエンを見つめた。
ラナンシーとシエンは代役ならすぐそこにいるじゃないかと言わんばかりに、カミラをちらりと見つめたが、リリンが頭を横に振った。最も適任なのは確かだが、第六魔王を辞めてからというもの、カミラは完全に自由人だ。
つい先日も、魔王城二階のバルコニーで、トマトジュースを片手に、
「
と、夜通し高笑いしていたくらいだ。
しかも、その高笑いにはよほど強烈な精神異常が含まれていたのか、耳にした者全てが『魅了』にかかってしまったほどで、今のカミラに何か仕事を任せるのはどうにも危険だった。
そもそも、ラナンシーとシエンの二人が今後も第六魔王国にいるのならば、しっかりとした役職を持たなくてはいけない。そういう意味では、今回のルーシーの懐妊による育休はちょうど良い機会になるかもしれなかった――
「分かったよ、リリンの姉貴。要は、あたいが軍事をやれってことだろ?」
「内政もやれ。食わず嫌いは許さん」
「えー? あたいが内政なんてやれるかよー」
「マン島ではきちんと
「ちい。ハダッカめ。下駄を履かせやがって……」
「ところで、お姉様
「当然だ。シエンはこれから真祖直系ということで上に立つ身となる。早いうちに学べ」
リリンがそう仕切ると、ぱち、ぱちと、カミラが拍手をした。
「外に出て、貴女もしっかりと成長したのね。娘たちがこんなに
そこまで言って、カミラは立ち上がると、「じゃあ、私は行くわね」と告げた。
リリンはその後姿をしっかりと見送ってから、ラナンシーとシエンにてきぱきと幾つか指示を出した。
「先に玉座の間に行って待っていてくれ。私はヌフか、巴術士ジージに頼んで、法術でお姉様を回復してもらってから向かう」
「「はい!」」
こうして隠し部屋にルーシーとリリンしかいなくなってから、リリンは片隅にいたルーシーを揺すった。
「申し訳ありません、お姉様……二人の協力は仰げませんでした」
すると、意外なことに、ルーシーはいたって普通の表情でもって応じた。
「仕方あるまい。まさか母が直接ここに乗り込んでくるとはな」
「はい。やはり気づかれていたのでしょうか?」
「分からん。しかし、その可能性を考慮して、これからも四姉妹で協力体制を敷いて、何としても防がなくてはいけない」
ルーシーはそう言うと、ギュっと拳を握って、リリンにやけに厳しい視線を送った。
「自由になった母は
―――――
ご存じの通りですが、『若草物語』は南北戦争時の少女たちの自立を描いた女性文学であって、決して母娘丼の話ではありません。ちなみに、作者はウィノナ・ライダーが出ていた映画版が好きです。
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