第271話 第六魔王国大賞創設のお知らせ
今回の話は昨年、第10回ネット小説大賞受賞を記念して描いた小話になります。
時間軸は特に設定しておらず、キャラクターの役職などは第三章終了時点のものになります。だから、まだヒュスタトン高原にいるはずの聖女パーティーの面々や、浮遊城にいるセロたちが普通に一堂に会していますが、そこらへんは特別SSということで、どうかご愛敬にてお願いいたします。
―――――
「それでは、皆に検討してもらいたい案件があります」
セロがそう話を切り出すと、魔王城二階の食堂こと広間に集まっていたほとんどの面々は、三日前に食べた物をいまいち思い出せないといったふうな顔つきになった。
というのも、事前にある程度、今回の会議がどのような内容なのか耳にしていたからだ。少しでも有益な発言をしたいと考えている配下たちは資料などを集めようと躍起になったが、すぐにその難しさにぶち当たった。そもそも、第六魔王国に資料らしきものが全く見当たらなかったからだ。
「その案件とは――」
セロはそこまで言って、わざと言葉を切ってから皆を見渡した。
今回は第六魔王国の配下だけでなく、王国などからも幾人かゲストを呼んでいる。いつものシュペル・ヴァンディス侯爵、ヒトウスキー伯爵やドワーフ代表のオッタに加えて、聖女パーティーの面々まで参加しているくらいだ。
また、意外なところでは、聖騎士団長のモーレツ、その副団長に改めて就任した戦士長ハダッカまでいて、さらには足枷をされたままだが泥竜ピュトンも出席している。
セロはそんな面子に「ふむん」と目配せして、ついに主題を語り始めた。
「実は、当国主催で小説の公募をしたいと考えています」
すぐに、しーん、という沈黙が下りた。
事前に内容を知っていたはずの配下すら、「うーん」と天を仰いだ。
当然、知る由もなかった王国の面々はというと、「え?」と驚愕の表情を浮かべている。
それも仕方のないことだろう。物語文学は長らく、王国では貴族の暇潰し程度に捉えられてきた。だから、その中心的な題材も貴族の恋愛などで、主な読者も女性貴族たちだった。
もっとも、そんな王国の文学もこの百年間でずいぶんと変化した。王国周辺の魔王国の動きが沈静化したことで、地方領や亜人族などに伝わる話などが入り込んできたからだ。王国民の演劇などにも積極的に取り入れられて、様々なテーマのものが出版されるに至ったわけだが……それでも主な読者は貴族の子女たちで、人気を博したのはやはり恋愛モノだった。
そもそも、王国で文字をきちんと読めるのは十分な教育を受けた貴族たちであって、あとはせいぜい聖職者、魔術師と冒険者ぐらいしかまだおらず、またその貴族にしても武門貴族が恋愛モノを積極的に好むはずもなく、結局、物語文学の伝播は限定的なものに過ぎなかった。
何より、魔族に関しては壊滅的な状況だった――
「セロよ。朝食に出た豆腐に自ら頭でもぶつけたのか?」
と、ルーシーが言い出すと、リリン、ラナンシーやシエンの
「もしや戦って死ぬことを誉れとする価値観を人族にも刷り込む外交施策の一環でしょうか?」
「なら、あたいは戦記モノが読みたいな。古の大戦は相当に凄かったんだろう? それを誰かに記述してほしいぜ」
「小説は小生には少々難しいショー・セット、メーン」
そんな三人の娘たちに対して、真祖カミラが「はあ」と、これみよがしにため息をついてみせた。
「公募の良し悪しについてはともかく、物語文学を大切にしたいというセロの姿勢は悪いものじゃないと思うのよ。ただ、私自身は第六魔王として物語文学を庇護してこなかった。実際に、この魔王城にあるのも、ほとんど魔術書や古文書ばかりでしょ?」
たしかに王国に隣接していた第六魔王国も、また文献を読み込むのが好きだった不死王リッチが率いた第七魔王国でも、結局のところ、文学は全くもって無視されてきた。そのリッチが墳丘墓で読んでいたのも、ほとんどが学術書や魔術書の
また、第五魔王国では帝政末期の戦争で書物はほとんど焼き払われてしまったし、邪竜ファフニールの第三魔王国に至っては文書の類は一切残していない。
実際に、海竜ラハブ曰く、
「文書? そんなもの頭で覚えておけばいいだけではないですか?」
と、竜族の優秀性が際立ったわけだが、何にしてもセロの配下たちが首を傾げている中で、それでもセロは言葉を続けた。
「今、ラナンシーの口から戦記モノという言葉が出ましたが、ジャンルは問いません。恋愛モノでも、英雄譚でも、何ならスローライフでもいい。とにかく、皆が楽しめる読み物がほしいのです」
セロはそう力強く言い切った。もちろん、セロにはとある思惑があった……
実は、セロとて別に小説はさほど好きではなかった。どちらかと言うと、真祖カミラや不死王リッチと同様に、学術書、魔術書や古文書などを読み耽りたいタイプだ。
だが、第六魔王国が大きくなって、様々な種族が集まってきている中で、そろそろセロも真剣に取り組まなくてはいけない課題があった――それは次世代に対する教育だ。
特に、これまで喧嘩ばかりしてきた魔族に対して、早急に文字と計算を仕込む必要に迫られていた。すぐにでも教育を施さないと、魔族は平和な時代に取り残されてしまうかもしれないのだ……
そんなわけで、セロは三日前に食べた物をきちんと覚えていそうな表情をしている者に話を振った。
「どうだろうか、ジージ?」
王国の知識人筆頭だ。巴術士ジージならさぞかし良いアイデアを出してくれるだろうとセロは信じて疑わなかった。
「ふむ。つまり、究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教の公式的な聖典を創造したいと、セロ神様は仰られているわけですな?」
「……え?」
「実は、お恥ずかしながら、私家版ならば、とっくの昔に出来ております」
そう言って、ジージはアイテムボックスから分厚い辞書みたいなものを数十冊以上取り出してきた。これだけで皆が集うテーブル上が埋まったほどだ。
「公募ということならば、わしはこれを応募いたします」
「…………」
セロがつい無言になると、どこか要領を得ていなかった魔族たちも、「ああ、そういうことだったのか」と納得し始めた。どうやらセロを神と崇め立てる書物を募集する件だと勘違いしたようだ……
さすがにこれではマズいと感じ取ったセロは、
旧門七大貴族筆頭かつ趣味人たるヒトウスキー伯爵に仕えていただけあって、フィーアは料理だけでなく、物語文学に対する造詣も深かった。それについてはセロもとっくに調査済みだ。いっそ選考委員を頼もうかと考えていたほどだ。
「え、ええと……他に何か良いアイデアはないだろうか、フィーア?」
「こほん。セロ様はご存じないかもしれませんが、実は以前から王族、貴族や庶民と、身分の貴賤にかかわらず、王国では
「ほう?」
「それは――
「…………」
セロは何だか嫌な予感がした。
そして、フィーアがアイテム袋から取り出してきた書物の表紙を見て白目を剥いた。
というのも、それはよりによって近衛長エークと執事アジーンのあられもない姿のいかにも蛮勇的な恋愛モノっぽい表紙だったせいだ。
「これは蛮勇ラブ――略してBLと呼ばれるジャンルの聖典です!」
フィーアはまさにどどーんといった感じで言い切った。
すると、まだどこか要領を得ていなかった魔族たちも、「ああ、蛮勇か。なるほど、そういうふうに互いを
もっとも、このままでは第六魔王国がお腐れ様の総本山になってしまうと危惧したセロは、意外なことにモンクのパーンチに話を振った。パーンチがいかにも、「こういうときこそオレを頼れ、セロ」と、ちらちら目配せしてきたからだ。
「で、では……パーンチ?」
当然、セロはあまり期待していなかった。
所詮、パーンチは筋肉馬鹿だ。どうせマッスル小説とか言って、鈍器みたいに分厚い本で筋トレする方法でも開陳するつもりなのだろう……
が。
「孤児院で育ったオレにとって、本は身近なものだった。
その言葉にセロは思わず、「はっ」とした。
まさにセロの思惑そのものを経験まで交えて代弁してくれたからだ。というか、第六魔王国にいる人材で一番まともなのがパーンチなのだと、セロもそろそろ気づいても良い頃合いだろう……
そんなパーンチに同調する形で、これまた意外なところから声が上がった――
「なるほど。そういう意図でしたか。でしたら、小生のデータベースに古の時代以前、今となっては失われてしまった様々な物語が登録してあります。特に、カクヨムとかいうフォルダに収まっているものは多すぎて、小生でも精査しきれていません。それらを誰かに模写させて提出いたしましょうか?
セロはつい、「おおっ!」と声を上げた。
さらに泥竜ピュトンがいかにも、「やれやれ、仕方がないな」といった様子で付け加えた。
「王国で出回ってきた恋愛モノなら全て、宰相ゴーガンの公爵家の図書室に揃えているわよ。だてに私は恋愛マスターなんか名乗ってないわ」
セロはやっと、「ほっ」と一息ついた。
もっとも、最後に
「公募と言うことですから、既存の物語ではなく、現代を舞台に描いた新しいモノが求められるのではないでしょうか? つまり、我々自身が
正直なところ、セロはそこまで求めていなかった。
第六魔王国の識字率を上げる為に、子供でも容易く読めるきっかけになる物があればいいなと考えていた程度だ。
だが、どうやらクライスの話がセロの配下の闘争心に火を点けたらしい。そもそも、争うことが好きな者たちばかりだ。
何にせよ、こうして第六魔王国を主催とした公募が行われて、なぜか最終候補に残った魔族たちが夜な夜なペンはでなく
その栄えあるタイトルこそ――実は、本作だったのである。
―――――
シュペル「今回は全く役に立てなかったな」
モーレツ「というか、私は何の為に呼ばれたのだろうか……」
ハダッカ「数々の葉っぱに書き溜めた恋愛小説を発表するのは今か!」
モタ「さて、書いたぞー。あとは出すだけだ。じゃ、とりあえずペンネームは――一路傍にでもしておこうかな。にしし」
作者「私はモタだった?」
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