第270話 世界秘湯図鑑 特集号

今回と次回はちょっとばかし毛色の違うお話です。右肘や肩を痛めたせいで投稿スケジュールがずいぶんと遅れてしまいましたが、本来ならGW前後に投稿したかった話になります。



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 そろそろ新緑が眩くなって、春の季節も満喫出来るこの時期に、最もリラックスして過ごせるのが温泉――王国には様々なスポットがありますが、最近、何かと話題の第六魔王国に一大温泉パークが出来たことを読者の皆様はご存じでしょうか?


 第六魔王国は王国最北の城塞から北の街道を真っ直ぐに進んで、馬車で数日、徒歩でも一週間ほどで着くことが出来ることもあって、今、最も注目を集める観光スポットです。


 北の街道の整備も着々と進み、トマト畑などが広がる田園風景も色鮮やかで、魔物モンスターなどに襲われる危険性も減ったことで、より身近になった第六魔王国の温泉パークについて、今回の特集号ではご紹介していきます。



【全てを癒す赤き温泉】


「全麻呂が泣いた」(ヒトウスキー伯爵)

「この湯に浸かったことで身も心もきれいに洗われました」(聖女クリーン)

屍喰鬼グールだったんですけど、腐りかけからちょっと臭う程度になりました!」(魔族、匿名の女性)


 このように『奇跡』とまで称えられている温泉こそ、第六魔王国の原点にして、究極かつ至高の赤湯になります――温泉宿泊施設の湯屋にあって、宿泊客には二十四時間、開放されているので自由に楽しむことが出来ます。


 初めて見たときには、血かと見紛うほどに真っ赤で驚きますが、こってりとあっさりに分かれていて、深く堪能したいならこってり、爽やかに楽しみたいならあっさりと、その日の気分によって入り分けることも可能です。


 平原にある露天風呂なので、高所などからの絶景を楽しむとか、近くの『迷いの森』などの新緑を愛でるとかといったことは出来ませんが、どんな傷をも治す奇跡の湯という表現は嘘偽りなく、その効能については大聖女クリーン様の御墨つき――「私の法術よりもよほど凄まじい」とのことで、大神殿でも手の施しようのなかった不治の病がこの赤湯によって改善したという報告もあって、最近では赤湯の調査も進んでいるとか。


 何にせよ、第六魔王国の温泉宿泊施設に泊まるなら、必ず利用したい温泉です。



【全長一キロの流れる温泉】


「まさか温泉で泳げるとは……」(ハダッカ聖騎士・・・副団長)

「オレの女房と子供たちがいつも流れています」(モンクのパーンチ)

「たまにはぼんやりと運命に身を委ねて流されていたいものですよ」(シュペル・ヴァンディス侯爵)


 第六魔王国を一大温泉パークたらしめているのが、最近開業したばかりの流れる温泉こと渓流露天風呂。体験してみないことには分かりづらいかもしれませんが、何とこのお風呂は入ると流されていくのです。


 溺れるのでは? という心配はご無用。山かと見紛うほどに巨大な蛸ことクラーケンの水魔術によってしっかりと安全管理がなされていて、またパーンチ氏による過酷な溺死実験で安全性などは検証済み。所々、渓谷になっていて、激流もあって、小休止可能な湖もあって、そんな緩急を楽しめる上に一周した頃にはほくほくの卵肌になっていること間違いなし。


 日がな一日、シュペル卿が流され続けていたという逸話もある通り、童心に帰って無心で楽しめる温泉です。



【絶景を堪能できる秘湯】


「空の星々が最も近くに感じられる秘湯です」(女聖騎士キャトル)

「いつになったらセロ様の雄姿を見られるのでしょうか、終了オーバー」(人造人間エメス)

「この坂から転げ落ちて死にそうになったのも今となっては懐かしい思い出です」(女吸血鬼)


 実は、第六魔王国にはあまり知られていない秘湯があります。しかも、魔王城のすぐ前にあるのです。


 それは溶岩坂上にある露天風呂なのですが、そこから見える景色は最高――眼前には岩山から見下ろせる大パノラマ、背後には悠然としてそびえ立つ魔王城、そして空には無数に輝く星々と、湯屋の赤湯では楽しめない絶景がここには広がっています。


 もう一方の坂には絶対零度の断崖絶壁があるので、第六魔王国でいただいた真祖トマトを氷の中で冷やしておけば、温泉から上がったときにトマトのシャーベットも美味しくいただけて一石二鳥。


 ただし、この秘湯は女性専用なので、その点だけご注意ください。



【ちょっと大人な泡風呂・薔薇風呂】


「僕はセクシーさんが一番です」(とある聖騎士)

「いやいや、ダイナマイトさんに決まっています」(とある神殿騎士)

「誰が何と言おうと、ボインちゃん。拙者はすでに人生まで賭けている」(とあるドワーフ代表の若者)


 普通の温泉にはもう飽きたなどとのたまう紳士諸君には、温泉宿泊施設に隣接している魔性の酒場ガールズバーをどうぞ。


 そこでは絶世の美女たる吸血鬼の夢魔サキュバス嬢たちがお酒と一緒に大人の会話だけでなく、入浴まで楽しめちゃうサービスもあるそうで、全ては紳士のふところ次第――全財産を賭けてその風呂を楽しんだ冒険者によると、「もう王国には戻れない」とのこと。


 なお、王国でもエリートの高給取りである聖騎士や神殿騎士の給与があっという間に溶けていくそうなので、ご利用は計画的に。



 と、今回は第六魔王国の温泉を特集する記事でしたが、食事は王国のどんな三ツ星級よりも美味しく独創的で、長閑な田園風景も広がっていて、さらに浮遊城や巨大ゴーレムといった古の技術まで観覧出来るということもあって、今、最も活気のある第六魔王国――是非とも、一度は訪れてみてはいかがでしょうか?




「ねえ、クライス」

「はい。何でしょうか、セロ様?」

「この記事……とても良く書いてくれているとは思うんだけどさ」

「ありがとうございます」

「ところで、最後の泡風呂・薔薇風呂って何かな?」

「おや? とある夢魔嬢に取材したところ、魔王城の一室でセロ様とルーシー様が毎晩のように二人きりで楽しんでいたとか? それならば自分たちもと、サービスが始まったそうですよ」

「な、なぜ……僕たちがやっていることが知られたのかな?」

「何でも、浴室を片付けるのがとても大変だったと、その嬢のボーイフレンドが嘆いていたようです」

「…………」


 そのとき、魔王城の廊下からダークエルフの近衛の一人が「へくしょん」と豪快なくしゃみをしたのは言うまでもない。


 セロも子供が出来たからといって騒ぐのは止めにしようと思ったのであった。

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