第265話 続・セロ不在の魔王国 03 ドワーフのオッタ
ドワーフ族長の息子オッタにはこだわりがある。
そもそも、ドワーフは火と鉄と酒の種族と謳われるだけあって、皆が偏屈な上に、これだけは譲れないというこだわりを持っている。実際に、オッタは酒造りに何より力を入れてきた。
『火の国』の
もっとも、溶岩に囲まれて、一年中火山灰が降り注ぐような大地で、鎖国をしていてどうやって原料を得られるのかと不思議がられるかもしれないが、何てことはない――
大陸北東の『火の国』の山のふもとから西へ、灰が届かないところまでやって来ると、そこには様々な落葉性果実がついた果樹園が広がっていて、さらにそのずっと先に足を延ばすと、広大な麦畑まであるのだ。
そう。吸血鬼の第二真祖モルモの所領である。
もちろん、ドワーフたちはその成果をこっそりと窃盗してきたわけではない。モルモから譲ってもらい、それをもとにして酒を造って、モルモに納めるわけだ。
吸血鬼には種族特性として
もっとも、そのモルモはというと、最初はこじんまりとした果樹園を持つだけだった……
寂れた古城に一人で住むような淑女だ。不死性を有して食生活の必要もないので、寂しさを紛らわす為に育てて愛でる程度の分量でしかなかった。
そんなところにある日、ドワーフたちが転がり込んできた。
第五魔王アバドンに敗れて、人族やエルフとの交流が途絶えたことで、醸造の為の原料が得られなくなってしまったのだ。
こうしてモルモとドワーフたちの秘かな関係が始まったわけだが、真祖カミラも当然そのことは知っていた。それでもドワーフたちの酒造にカミラが協力しなかったのは、単にカミラ自身がお酒をあまり好まず、トマトジュースで良しとしていたからである。
何はともあれ、そんなカミラから代替わりして、今や第六魔王には愚者セロが立った。
しかも、この北の魔族領は北東の『火の国』とは違って、大陸でも有数の緑に溢れた土地柄だ。
事実、ヤモリたちがあっという間に開墾して、さらには生活魔術で野菜や果実も育て上げ、魔王城の周辺は半年もしないうちに大陸随一の農業地域になっていった。これにドワーフたちが目を付けないわけがない。
「だが、そうは言っても、この国に拙者と共にやって来たドワーフはたったの二十名ほど。酒造りするにはまだまだ人手が足りんわい」
当初、オッタはそんなふうに嘆いていたのだが、しばらくすると、ちらほらと人族の冒険者が第六魔王国にやって来るようになった。しかも、下心丸出しで、
当然のことながら、一晩ですっからかんになった冒険者たちは
そこに待ったをかけたのが、オッタである――
セロに事情を説明して、オッタたちが造った酒を魔性の酒場に売りに出す → 魔性の酒場で冒険者たちがお金を落とす → 冒険者たちがオッタたちの酒造りに協力して給金をもらう → そんな彼らが造った酒を売る → またもや冒険者たちがすっからかんになる、といった
こんなふうにして、今や人族の冒険者たちの雇用主もとい若社長とまで呼ばれるに至ったオッタのもとに大将アジーンと若女将モタとの結婚話が舞い込んできた。正確に言えば、たまたま耳にしただけだったわけだが……
魔性の酒場の裏で七色の虹を吐いていたオッタは酔いのせいもあってか、早速、店内に戻ると吹聴してまわった。
「ほう! ついにあの二人が結婚か!」
「モタちゃんはまた媚薬でも盛ったんじゃないのかしら?」
「いいや、純愛だろうて。お前さんら、この前の女豹大戦の実況を聞いていなかったのか?」
「いやあねえ、私たちも結婚したくなっちゃったわ」
「「「じゃあ、俺としようぜ!!!」」」
こんなふうにして一時、むさ苦しい酔っ払いたちのプロポーズが店内で行き交ったものだが、そんな騒がしさの中でオッタだけは一人だけ腕組みをしながら、「うーん」と呻っていた。
まだ吐き足らなかったのかと、魔性の酒場のナンバーワン嬢こと夢魔のセクシー(※源氏名)が心配してその肩を揺すると、
「これは良い
オッタはそうこぼした。セクシーが首を傾げながら尋ねる。
「良い機会って?」
「拙者らの醸造事業を拡大する機会だということよ」
「今でも十分に凄いじゃない」
「とんでもない。まだドワーフ二十名に、冒険者どもを加えた程度で、全くもって人手が足りていない。本当はダークエルフや吸血鬼たちにもお願いしたいのだが……」
「建築や畑の拡張で手いっぱいだもんね」
「うむ。だから、世界中が注目するセロ様配下の結婚式でもって、拙者らの酒造をアピールすれば、他の国や地域から人手が集まってくるに違いない」
そう。オッタはずっと悩んでいたのだ。
なまじ麦酒が有名になり過ぎたせいで、他の酒になかなか手が回らない。それに麦酒なら『火の国』に残っている同朋たちが幾らでも造ってくれるので、オッタとしては第六魔王国特産となる新しい酒に挑戦したかった。
では、新しい酒の原料として何を選ぶべきか。それとも無難に蒸留酒でいくべきか――
オッタは数分ほど悩んでから、テーブルの上に置いてあった新鮮なトマトをがぶりと丸かじりした。
「やはり、ここは第六魔王国。となると……原料はトマトだな」
こうなると刹那主義の代表種族たるドワーフたちの行動は早い。
「よし。皆の者、拙者に続け! 結婚式に出す新しい酒に早速取り掛かるぞ」
というわけで、魔性の酒場は数分後には閑古鳥が鳴いた。
そもそも、真っ昼間から休憩と称して、「外は暑くなってきたから水分補給」などとまで言って、アルコールを大量摂取している方がおかしいのだが……
何にせよ、暇になった夢魔のセクシーはというと、浮遊城に勤めている
「どうしたんだ、こんな昼間に?」
「ねえ、聞いて。アジーン様とモタちゃんが近々、結婚式を挙げるようなのよ」
「へえ。ついにか。色々と噂にはなっていたよね」
「あら、反応が薄いわね」
「まあ、ついさっきクラーケンの盛大な挙式を見たばかりだからなあ」
「うふ。私もそろそろ……誰かさんとずっと一緒にいたくなってきちゃった」
「その誰かさんって、いったい誰だい?」
「それは――」
と、まあ、こちらもまた真っ昼間から歯の浮くような甘い会話をし始めたわけだが、これでついに浮遊城にまで噂が届いたところで、意外な救世主が現れた。
その者は、休憩中だったダークエルフの近衛が「はっ」と気づいて、すぐに直立しようとしたのに対して、「いいよ、そのままで」と片手で制すると、誰にも動揺に気づかれないようにと、いったん浮遊城二階のバルコニーに出た。そして、手すりに掴まってから、驚天動地の表情を作った――第六魔王の愚者セロだ。
なんですとおおおお!
まさに青天の霹靂だった。
いつもセロに対して姉マウントをとってくるモタがまさか、まさか、まさか、結婚するだなんて……
しかも、お相手は第六魔王国の中枢で身を粉にして貢献してくれている人狼の執事アジーンだ。正直なところ、セロとルーシーの挙式より先に配下のものが行われることに、セロはちょっとだけ嫉妬してしまったが、
ついに! ついに! これであのモタも、
こうして、セロのいる浮遊城では、またまた可笑しな勘違いが成立して、それをもとについにやっと一波乱が起こることになるのだった。
―――――
三月に右肘と肩をやって以降、更新が遅れてしまって申し訳ありません。『トマト畑』はこれから週一回、土曜日に更新をかけていきますが、書籍化作業などに追われていなければ、木曜、土曜の週二更新になります。よろしくお願いいたします。
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