第264話 続・セロ不在の魔王国 02 屍喰鬼フィーア

 たとえ腐っていようとも、屍喰鬼グールのフィーアは女の子だ。


 人狼の執事アジーンと近衛長エークのどちらが攻めか受けかをつらつらと考えて、「ご馳走様っつあんです」となるよりも先に、アジーンの話から漏れ聞こえてきた『挙式・・』という二文字に耳がぴくりと反応した。


 そもそも、フィーアは前世・・、料理に専念したことで恋なき生涯を送って果てた――それが何の因果か、こうして不死性を持って亡者となったのだから、今世では恋愛にも関心を持ちたかった。そのちょうど良い機会がごろりんと目の前に転がってきたのだ。


 これは……誰かと恋バナをしなくちゃ!


 思い立ったが吉日とばかりにフィーアは温泉宿泊施設の調理室に戻った。


 だが、そこにいたのはヒトウスキー家時代から付き合いのある奇人変人たちこと、屍喰鬼グールの家人たちだった。しかも、よりによって男ばかりだ。


 そんな男の変人たちと恋バナをしても当然のことながら面白くも何ともない――と、フィーアはすぐにきびすを返した。


「おい、フィーア。もう休憩から戻ったのか?」

「ううん。これから行くところ。忘れ物を思い出して戻っただけですよ」

「忘れ物? 入って来るなり、出て行こうとして、いったい何を忘れたっていうんだ?」

「ふふ。さてね――女の子には秘密がつきものなんです」


 フィーアはそう言って、唇に人差し指を当ててみせると、颯爽と出て行った。残された他の屍喰鬼の家人たちはというと、


「はあ、何だありゃ?」

「ついに頭も腐っちまったのか?」

「そもそも女の子って年かよ。屍喰鬼になってからの年月を足したら、今じゃ俺らの誰よりも年上だろ?」

「でも、僕はフィーアのこと……実は……」


 そんなふうにして奇しくも男性陣も、恋バナで「おお!」とか、「ひゅう!」とかと、野太い声で盛り上がったわけだが――ともあれ、フィーアはずんずんと温泉宿の廊下を進んで、裏口から出た。


 ここはちょうど死角になっていて、温泉宿に泊まっている客から見えない場所なので、皆のサボりスポットもとい休憩所にされている。


 もっとも、この時間は誰もいなかったようだ。そもそも魔族は上からの命令に忠実なので、ほとんどサボることはしない。だから、普段ここでだらけているのはモタぐらいしかいないわけだが……


「むふふー。さーて、誰に連絡を取ろうかなー」


 フィーアは早速、懐からモノリスの試作機を取り出して、とある友人に魔導通信を繋いだ。


 ちなみに少しだけ脱線するが、この第六魔王国でもやはり女性陣の階層カーストなるモノは存在する。いわゆる女豹番付・・・・だ。むしろ魔族だけに、上下関係は人族の社会よりもはっきりとあると言っていい。


 まず、その頂点にいるのは、当然のことながらルーシーだ。


 これには誰も文句がない。魔族としての実力もセロに継ぐ位置にいるし、今は正妃となったので地位も誰より抜きん出ている。また真祖カミラ直系の吸血鬼という血統の良さまで兼ね備えている。


 次に、人造人間フランケンシュタインエメスと、ドルイドのヌフがいる。


 最早、エメスについては説明不要だろうか。モタよりも色々とやらかしているような気もするが、第六魔王国の技術革新はエメスが全て担っている。また、ヌフも亜人族ながら、魔王城の封印などを手伝って、その貢献度はとても高い。


 さらに続くのが、夢魔サキュバスリリン、海竜ラハブ、ダークエルフの双子ことディンになる。


 第三グループにいるリリンだが、上の階層に移動するのは時間の問題とされている。外交官としての実績に加えて、ルーシーの妹として血筋の良さがあるからだ。


 そんなリリンに比すると、ラハブはやや弱い。そもそも、第六魔王国でいまだに役職を持っていない。あくまでも同盟国である第三魔王国からの貴賓扱いだ。また、ディンも保留扱いされている。そもそもディンはまだ子供で、これからぐんぐん伸びていくだろうと、長い目で見て期待をかけられているわけだ。


 ついでにもっと脱線すると、階層外の存在もいる――モタとダークエルフの双子ドゥだ。


 モタは自称・・セロの姉ということで、女豹番付からは外されている。実際に、姉かどうかはさておき、普段の二人の関係を見ていると、本当に気の置けない家族のようなので、そういう意味でモタはルーシーと同格扱いされてもいる。


 色々とやらかしているのにエメスは恐怖でそれを黙らせ、モタは愛嬌で「仕方ないなあ」と思わせてしまっているあたり、ここらへんは小さくて愛らしいハーフリングの種族特性みたいなものかもしれない……


 最後に、ドゥは触れてはいけないアンタッチャブル存在として認識されている。


 セロの付き人として、セロがルーシー同様に信頼していることもあって、これまたルーシーやモタと同格にみなされているのだ。


 そもそも、第二カーストにいるエメスと仲が良く、またヌフとてダークエルフの巫女として敬しているので無下には扱えない上に、今は男の子っぽい格好をしているが、成長すればディンを超えて、第六魔王国で一番の美女になるのではないかと、魔性の酒場ガールズバーで働いている夢魔サキュバスたちからも子供ながらに一目置かれているほどだ。


 さて、ずいぶんと横道に逸れてしまったが、そんなわけで基本的に第六魔王国の女性陣は同じ階層カーストの者たちと仲良くする。


 実際に、このとき、第四グループに属するフィーアは人狼のメイド長のチェトリエにビデオ通話を始めた。


「あら、フィーアじゃないですか。どうかしましたか?」

「聞いてください、チェトリエさん。凄いニュースがあるんですよ!」


 フィーアは「ふんす」と息巻いて、今は浮遊城に随伴している親友に話を持ちかけた。


 もっとも、この二人の関係性については説明不要だろうか――料理がろくに出来なかったメイド長チェトリエだったが、フィーアは辛抱強く料理をきっちりと仕込んであげた。おかげでチェトリエの腕はぐんぐんと上がって、今も浮遊城で料理番をしている。


 また、メイド長チェトリエもアジーンの秘蔵燻製肉コレクションなど様々な第六魔王国の食材をフィーアに提供して手助けしたことで、二人は持ちつ持たれつの関係となって友情を育んだ。


 そんなチェトリエはというと、悪いニュースだったらどうしようかしらと、やや悩まし気に片頬に手をやってからフィーアの次の言葉を待った。


「実はですね――」


 というところで、「何だ、なんだ」と、チェトリエの横合いから声が上がった。


 モノリスの試作機に映ったのは、夢魔リリンだ。どうやら二人して、浮遊城にて料理の勉強会を開いていたようだ。二人だけでズルいと、フィーアは思いつつも、


「あ、こんにちは、リリン様」

「堅苦しい挨拶はいいよ、フィーア。そもそも、フィーアは私の料理の師匠なんだしさ」

「分かりました。では、リリン! 聞いてください! 今、第六魔王国では凄いことが起きているんですよ!」


 フィーアがまたもや捲し立てたので、リリンも顎に片手をやった。


 当然、セロ不在時に第六魔王国に問題が起きたのならば、それは由々しき事態だ。内政は姉のルーシーと、執事のアジーンが仕切っているので、すぐにでも報告しないといけない。


 そんなふうにリリンが身構えていたら――


「何と! アジーンさんとモタちゃんの結婚が決まったようなのです! さっき挙式を上げる話をエーク様と相談していました!」

「は?」

「…………」


 ちなみに、短く言葉を漏らしたのがリリンで、呆けたのはチェトリエだ。


 というか、チェトリエはどこか感無量といった顔つきになっている。それもそうだろう。アジーンとモタとの噂については、大将と若女将の関係になってからというもの、様々なところで耳にして、さらには女豹大戦での息の合った実況で拍車がかかった。


 人狼は最早、絶滅危惧種なので、種族再興の為には唯一の雄であるアジーンに頑張ってもらうしかない。一方で、アジーンは他の人狼の雌には手を出さない。実は、出したくても出せないのだ……


 というのも、人狼に限らず、獣人は一般的につがいとなる相手でないと子供が生まれない。この番という概念が厄介で、当人同士にしか分からないものらしい。だから、アジーンが幾ら若かりし頃にプレイボーイとしてぶいぶい種族と交わっても、子供は全く生まれてこなかった。


 そんなアジーンがやっと番を見つけて、挙式まで上げようというのだ。これにはチェトリエも、ほろほろと涙まで流し始めたほどだった。


 すると、さすがにリリンは外政に関わっているだけあって冷静沈着で、まずフィーアに注意を促した。


「待って、フィーア。落ち着いてよく考えてほしい」

「はい。何でしょうか、リリン?」

「その挙式って、さっきヒュスタトン高原でやったばかりのモンクのパーンチと巨大蛸クラーケンとの話じゃなかったの?」

「違います。だって、アジーン様はこう言っていました――セロ様とルーシー様を説得・・して、私たち配下の者が皆、参加出来て良かったなと思えるようなおもてなしこそ大事にしたい、と」

「…………」


 もちろん、アジーンは微妙にそんなことは言っていない。


 何にしても、セロとルーシーに質素な挙式で納得・・させたいというアジーンの想いが――こうしてなぜかアジーンとモタとの婚約について、さながら両家両親への挨拶よろしく、セロとルーシーを説得・・する話にすり替わってしまったわけなのだが……


「分かった。私の方からルーシー姉様に相談しておくよ。セロ様配下の挙式とはいえ、クラーケンとアジーンではさすがに格が違う。それにモタはセロ様の姉替わりにして、私の親友でもある」


 すると、モノリスの試作機越しにチェトリエが腕をまくってみせた。


「人族の習慣にはウェディングケーキというものがあるのでしょう? モタ様はハーフリングだから、やはり作ってあげた方がいいのかしら。ケーキ作りは初めてだから腕が鳴るわね」


 何にしても、これでまたろくでもない方向に噂が独り歩きしかけたところで、意外な救世主が現れた。その者は温泉宿泊施設にある裏口を抜けた先で誰にも気づかれないようにと、七色の虹・・・・を吐いていた――ドワーフ代表のオッタだ。魔性の酒場で昼過ぎからつい飲み過ぎたのだ。


 が。


 なんですとおおおお!


 オッタもまた当然のごとく仰天した。


 もっとも、オッタからすればアジーンとモタの婚約話などどうでもよかった。どうでもよくないのは、むしろおもてなしの方だ――


 ついに! ついに! 拙者らの造った新しい酒・・・・をお披露目することが出来る!


 こうして、セロ不在の第六魔王国では、またもや可笑しな勘違いが成立して、それをもとに事件が着々と進行していくわけだった。

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