第263話 続・セロ不在の魔王国 01 人狼アジーン

 モンクのパーンチに恋してしまった巨大蛸クラーケンを見送った人狼の執事ことアジーンは温泉宿泊施設の執務室で、「やれやれ」と息をついていた。


 モノリスの試作機を通じて、その恋の結末を知ったわけだが、まさかセロよりも早く挙式をあげることになるとは……


 しかも、ヒュスタトン会戦の真っ最中に、敵と味方に見守られて、さらには王国の大神殿の教皇と第一聖女アネストが祝福を与えるという、王国の王族よりもよほど派手な結婚式だったこともあって――むしろ、アジーンは頭痛に悩まされていた。


「これは……セロ様とルーシー様の挙式も、もっと豪華で盛大なものにしなくてはいけないな」


 アジーンはそう呟いて、近衛長のエークに連絡を取ろうとした。


 普段、第六魔王国ではライバル意識を前面に出して、何かとあれ・・でもいがみ合っている二人ではあったが、今回ばかりはそうも言っていられなかった。


 何せ、いつもは結託して、この国を裏から牛耳っている女豹たちが全く乗り気でないのだ。まあ、それも仕方ないことだろう。最初から結末ありきの出来レースこと女豹大戦をルーシーが当然のように勝ち抜けて第一正妃の座に着いた。


 それだけでも他の女豹たちは不満なのに、挙式で祝福して、友人代表などでスピーチもして、さらにはルーシーが投げるブーケを受け止めようものなど、まさに屈辱以外の何物でもない……


 もちろん、ルーシーの付き人であるダークエルフの双子ディンや実妹の夢魔サキュバスリリンは相談に乗ってくれるが、それでもどこか遠い目をして、まざまざ「はあ」とため息をつく始末だ。


 ドルイドのヌフはこの話を振ると、逃げるかのようにして認識阻害でどこかに消えるし……人造人間フランケンシュタインエメスはなぜか祝福の花火こと『天の火』を新婦に落としてもいいか聞いてくるし……海竜ラハブに至っては、どこかのホフマンの『卒業』よろしく、挙式に乱入してセロを奪還しようと企んでいるしで、正直なところ、アジーンもほとほと困り果てていた。


 とまれ、二人の挙式の段取りを早くまとめないといけない立場なので、アジーンとしても恥を忍んで、エークにモノリスの試作機を通じて相談を持ちかけることにした――


手前てまえだ。忙しいところすまないな」

「構わん。今はヒュスタトン会戦を傍観しているだけなので、むしろ余裕がある。浮遊城にいる限り、敵襲もないしな」

「ふむん。ところで――」

「どうせ挙式の件だろう? 先ほど、巨大蛸クラーケンが盛大な式をあげたばかりだからな」

「話が早くて助かる。あれ以上に派手なものとなると……冥界のハデス、天界の深淵ビュトンを下してから、この大陸を含めた三世界共同の結婚式を挙げるしかないのではないかと考えていたところだ」


 すると、意外なことにエークは苦笑を漏らした。


「ふふ。分かっていないな。アジーンよ」

「何をだ?」

「セロ様は本当にそんな派手な挙式を望んでいるのか?」

「…………」


 そう尋ねられて、アジーンは無言になるしかなかった。


 たしかにエークの言う通りだ。主君たるセロは派手なものを望まない。以前、黄金のセロ様像や魔王城の天井を突き破る巨大像を提案したときもやんわりと断られた。


 それに、セロの寝室は魔王城二階の食堂よりもよほど広いのに、いまだに大きな棺しか置かず、その中で縮こまって、まるで六畳一間でこじんまりしていた方がよほどしっくりくるよねと言わんばかりの態度だ。おかげで最近ではセロの寝室がしだいにエークとアジーンのあれな趣味全開の家具・・置き場と化している……


 そもそも、セロは元聖職者にして、駆け出し冒険者時代からパーティーの財布を握っていたこともあってか、贅沢を全くと言っていいほどしない。では逆に吝嗇かと言うと、エメスやモタの無駄遣いは許しているし、ルーシーのおねだりに対して頭を横に振ったこともない。


 魔族は一般的に喧嘩上等で、派手なら派手なほど良いという単純な価値観だからこそ、このとき、アジーンはセロの嗜好がなかなか掴めずにいた。


「本当に分からないのか、アジーンよ。セロ様が求めているものが?」


 そういう意味では、エークは亜人族で、しかも『迷いの森』で長らく厳しい生活を強いられてきた。だから、派手なら良いなどという考え方はさっぱりと持ち合わせておらず、むしろ価値観はセロにとても近い。


「くそ! こんなときにいがみ合っている意味などない。ああ、全くもって貴殿の言う通りだよ! 手前では分からないのだ! 頼む。教えてくれ。手前は最高の結婚式にしたいのだ!」


 アジーンがそんなふうにモノリスの試作機の前で頭を下げると、エークは「ふむ」と肯いた。


 エークとて、自ら仕える主人に最高の結婚式を迎えてほしい気持ちは変わらない。いや、むしろそんなセロに対して、ルーシー、超越種の魔物たちに継いで、配下となったダークエルフの代表として、歴史に残る誇らしい挙式にしたいと強く望んでいる。


 だから、エークもつまらない牽制など止めて、素直に答えてあげることにした――


「量よりも質なのだよ。アジーンよ。派手ならばいいというものでもない。たとえ身内だけの小さなものでも、セロ様とルーシー様が納得して、私たち配下の者が皆、心の底から祝って、参加出来て良かったなと思えるようなおもてなし・・・・・こそが重要なのだ」


 直後、アジーンは雷にでも撃たれたかのようなショックを受けた。


 アジーンではそんな考え方に絶対に到達出来なかった。それにエークの指摘はすとんとアジーンの腑にも落ちた。


「そうか。質か。その発想はなかった」

「質と言っても、難しく考える必要はない。再度言うが、おもてなしなのだ。皆が心地良くなってくれるものを提供することだけを考えればいい」

「心地良い、おもてなしか……ふむん。なるほど。つまり、あれ・・だな」

「その通りだ。あれ・・だ」


 このとき、エークも、アジーンも、にやりと笑みを浮かべた。少しだけ嫌らしい顔つきになっているのは気のせいではない……


「手前たちも、毎朝、あれ・・のおかげで頑張れているものな」

「うむ。あれ・・はいい。身が引き締まる。セロ様にもこれを機によく分かっていただけることだろう」

「セロ様の寝室にたくさん家具・・を運んだ意義もあったというものだ」

「そういうわけで、私たちで最高のおもてなしをするぞ!」

「おう! この際、いっそ手前も挙式でルーシー様に踏みつけられて――」


 というところで、さすがアジーンも不敬に感じたのか、いったん言葉を切った。


 何にしても、ろくな挙式にならないことがこれにて決定しかけたところで、意外な救世主が現れた。というのも、その者はちょうど温泉宿泊施設にある執務室の廊下を過ぎようとしていたのだ――屍喰鬼グールの料理長ことフィーアだ。


 なんですとおおおお!


 フィーアはさすがに仰天した。


 もちろん、第六魔王国を代表する男性二人があれあれあれと、頬を赤らめながら、しつこく言葉を交わしていたからではない。そもそも、フィーアは話の途中から聞き入っていたこともあって、その挙式がセロとルーシーのものだとは思っていなかった。


 だから、ここ最近、特に温泉宿泊施設周辺で話題になっている、とある二人・・・・・の結婚話だと勘違いしてしまったわけだ――


 ついに!


 やっと! 何をおいても!


 大将と若女将こと、アジーンとモタちゃんが結婚する!


 こうして、セロ不在の第六魔王国では、ド派手な二つの勘違いが成立して、それをもとに事件が着々と起こっていくわけだった。

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