第262話 女王(後半)

「――さあ、セロ様の御子を授けてください!」


 な、なんだってえええーっ!


 と、セロは思わず声を張り上げたくなった。


 隣のルーシーなど、「ふんぬ」と片手を振り上げて椅子の肘掛けを壊してしまっている。


 また、夢魔サキュバスのリリンは鋭い目つきになって魔鎌を取り出しかけたし、海竜ラハブなんかはたまたま隣にいた近衛長エークの首を絞めつけた。さらに玉座の間には、淡々としていながらも、あまりに冷徹な声音の城内放送が流れてきた――


「上空にいる鳥どもを殲滅いたします。終了オーバー


 セロはさすがに、「ちょ、ちょっと待って!」と、人造人間フランケンシュタインエメスに止めるように指示を出した。


 すぐさまモタに視線をやって、以心伝心――モタはすぐさま、「らじゃ!」と言って、浮遊城下層に戻っていってくれた。


 さすがに付き合いが長いだけあって、こうやって即座にセロの意を汲んでくれるのは本当に助かる。もっとも、モタだけで果たしてエメスの癇癪を止められるかどうかは不安だが……


 何にしても、セロは騒動の張本人たる女王オキュペテーに尋ねた。


「ええと、さすがに要領を得ないのですが……いきなり婚約とはどういうことなのでしょうか?」

「いきなりではございません。あてとの婚約は古の時代より確約されていたことです」

「はあ……」


 当然のことながら、セロはそんな昔から生きてはいない。だから確約出来るはずもない。


 そもそもからして有翼ハーピー族は地上世界と関わりをほとんど持たずに生きてきたはずだ。それが急に魔王と女王との婚約だなんて唐突に過ぎる。


 とにかく、オキュペテーの真意が全くもって掴めなかったので、セロは仕方なく、海竜ラハブをそばに呼んだ。


「もしかして、女王オキュペテーってかなりあれな人なの?」


 この場合、あれとは性癖的な意味ではなく、視野狭窄で思い立ったが吉日とばかりに突き進むタイプかどうかという問い掛けだったが、ラハブは毅然と、「いいえ」と頭を横に振った。


「セロ様、意外に思われるかもしれませんが、女王オキュペテーは『神鳥』もしくは『賢人』としても知られています」

「ほう?」

「事実、義父様もアドバイスを求めて、たまに女王オキュペテーを頼ったほどです」

「本当に?」

「ええ。むかつくけど……本当の話よ」


 すると、真祖カミラが横合いから口を挟んで、セロのそばにやって来た。


 ちなみにカミラとラハブの話を総合すると――オキュペテーは亜人族だが、魔族同様に不死性をもって長く生きているそうだ。というか、有翼族の女王の特性として、次の女王がその称号を継ぐまでは基本的に死なないらしい。


 何だか女王蜂だか、女王蟻だかでそんな習性を持った種がいたよなあと、セロはふと思案顔になったが……何にせよ、当のオキュペテーは古の時代よりずっと生きていて、いまだに代替わりを果たしていない。


 それほどに長く生きてきたが故に、古の魔王級の強さを手に入れたわけだが、強さだけに溺れずに知識や経験も吸収して、さらには女王として『未来予知の水晶』まで引き継いでいる。ラハブが『神鳥』や『賢人』と評した所以だ。


「じゃあ、この世界に対してほとんど不干渉だった女王オキュペテーがこうして表に出てきたのって、もしかして――」


 セロがそこで言葉を切ると、真祖カミラも海竜ラハブも同時に肯いた。


「新しい女王となる子種をもらいにきたってことよね」

「というわけで、セロ様。早速、と寝室に行きましょう」

「へ? なぜ?」

「未来予知の水晶ほどではありませんが、余にも未来を見る『竜眼』があります」

「ああ……たしかにね」

「見えます。見えます。よーく見えます。子沢山に恵まれて、第六魔王国の正妃としてセロ様の隣に鎮座まします余の姿が」


 そんな胡散臭いことをラハブが言いだして、セロを羽交い絞めにしようとしたので、


「ちょっと待て。わらわがそう簡単に許すはずもなかろう!」


 ルーシーが立ち上がって抗議した。


「あら、ちょうどいいじゃない。堅物は嫌われるわよ。何なら、リリンも含めて五人で一緒にどうかしら?」


 真祖カミラがまた「うふん」とセロを魅惑的なポージングで挑発する。多分に面白がっているだけなのだろうが、一方でラハブは真顔で、びし、びし、とセロを尻尾で叩いて求愛行動を始めた。


 しかも、モタを引きずるようにしてエメスまでもが下層から這い出てきた。あれじゃあ、まるで貞子だ……


 さらにはついにルーシーも覚悟を決めたのか、セロの左腕を強引に取って、夜の寝室でしか見せたことのない悩まし気な表情を作った。


 セロはすかさず周囲に助けを求めた。


 が。


 近衛長のエークはむしろ後継ぎが出来ることを推奨したいのか、逆に女豹たちに「頑張ってください」と応援する始末だ。


 こういうときこそ、エークに逆張りしがちな執事のアジーンの出番なのだが、残念ながら浮遊城が北の魔族領を離れているときには温泉宿泊施設で領土防衛と、宿の運営を一手に担ってもらっているのでここにはいない。


 最後の望みである付き人のドゥもまたいない。エメスに新しく作ってもらったかかしの新型の運用試験で強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』に乗艦したからだ。


 こうなったら最後の希望はモタだけだ。実際に、モタはまだ何とかエメスを離すまいと頑張ってくれていた。


 やはり頼れるのは駆け出し冒険者時代から付き合いのあるパーティーの仲間かと、セロは一縷の望みでもってモタを見つめた。


 だが、エメスがいまだ這いながら、「巨大モニターを二基でどうですか?」と囁くと、


「んー、四基?」

「では、三基で」

「らじゃであります」

「大変よろしい。終了オーバー


 その瞬間、モタは見事に買収された。


 セロはつい、「モタああああ」と絶望に打ちひしがれたわけだが……何にしても、そんなセロをついに女豹たちが一斉に取り囲んだ。


 寝室とは言わず、この際いっそ玉座にて、いてかまそうといった妖しげな雰囲気だ。


 セロもさすがに観念せざるを得なかった。今や地上世界で覇を唱える第六魔王とは言っても、真祖カミラ、ルーシー、海竜ラハブに夢魔のリリンや人造人間エメスまで相手にして勝ち目はない。


 唯一の救いはここにドルイドのヌフや、ダークエルフの双子ことディンがいないことか……


 もっとも、助け舟は意外なところから差し向けられた。


「何か勘違いなさっているように見受けられますが、あてが欲しているのはあくまでも御子です」


 そんな凛として澄んだ声音に対して、煩悩まみれの女豹たちの動きがぴたりと停まった。


「ん?」


 と、全員が首を傾げて、女王オキュペテーに振り返る。


「ですから、あては第六魔王こと愚者セロ様との婚約を求めているわけではありません。セロ様の御子様と婚約したいのです。ところで、その御子様はいったいどちらに?」


 オキュペテーがそう尋ねると、セロは女豹たちの囲みから何とか抜け出して、やはり皆と同様に首を傾げた。当然だ。セロとルーシーの間にまだ子供はいない。


 直後、オキュペテーは「はっ」となった。


「まさか、あの者・・・がやけに早く来たり、まだ御子が存在しないということは――」


 現実が未来を追い越そうとしているのか。


 そんな意味不明なことをオキュペテーは囁いてから、すっと立ち上がった。


「どこに行くのかしら?」


 そのとたん、真祖カミラがやけに真剣な表情で問い掛けた。


「どこにも行きません。しばらくはこの城にて滞在させていただきます。あての近衛たちにもそうさせますので、止まり木などをご用意いただけますでしょうか?」


 オキュペテーはカミラにではなく、セロに向けてそう言った。


「ええと……別に構いませんが、どのくらいの期間、滞在する予定ですか?」


 セロが逆に聞くと、オキュペテーは初めてにこりと微笑んだ。


「もちろん、御子が生まれるまでです」


 何だか生まれたとたんに誘拐しそうな怪しげな雰囲気だったので、セロとルーシーは警戒した。


 すると、人造人間エメスがやっと冷静になって尋ねた。


「先ほどからセロ様の子供が欲しいと言っているようですが、いったいその子にはどのような特徴があるのですか? 終了オーバー


 これは当然の疑問だろう。


 そもそも、子供が欲しいとはいっても、それがセロとルーシーの第一子とは限らないのだ。二人目かもしれないし、もしかしたら末子かもしれない……


 さらに言うと、ルーシーとの間の子供かどうかも分からない。セロは魔王なので、これから側室を持つ可能性が高い。そうなると、海竜ラハブとの子供かもしれないし、エメス、リリン、ヌフやディンかもしれない……


 逆に言うと、その子供の特徴如何によっては、将来セロと結ばれることが確定するわけだ。


 だから、エメスは未来予知の水晶の映像を見せろとばかりにオキュペテーに迫った。


「構いません。そんな形相をしなくてもお見せしますよ。あてのつがいとなるのはこの御子様です」


 そうはいっても水晶は顔ほどのサイズしかないので、この場にいる皆でのぞき込むのは難しい。


 その為、いったんエメスに預けて、メインビジョンに映し出すことにした。臨時助手のモタが手伝って、


「じゃあ、映像出しまーす」


 と、告げると、モニターには一人の青年が映った。


 たしかにセロの面影がある。というか、より凛々しくなって大人びたセロといった雰囲気だ。


 セロの魔紋とよく似たものが両頬に出ている。また映像からでも禍々しいほどの魔力量を有しているのが分かる。それだけで間違いなく、セロの子供なのだと誰もが実感出来た。


 それに、手には双剣を持っていた。何かと戦っている最中のようだ。いや、違う――稽古をつけてもらっているらしい。実際に、その遠く背後には師らしき人物も小さく映っていた。


 直後、セロは「ん?」と目を細めた。その人物に心当たりがあったのだ。


 なぜか合成獣キメラのような魔族になっているが……あの傲岸不遜な顔つきは見間違えるはずもない。


 が。


「種族は?」


 誰ともなくそんな言葉が漏れた。


 もちろん、セロ以外の皆の最大の関心事だ。今のところ、魔族であることは間違いない。


 だが、吸血鬼ならルーシーかリリンの子供だろうし、竜種の血を継ぐ特徴があるなら海竜ラハブ、あるいは肉体改造が施されていたら人造人間エメス、ダークエルフならばヌフやディンだ。


「犬歯が見えるわ。どうやら吸血鬼のようね」


 すると、真祖カミラが冷静に指摘した。


 そのとたん、ルーシーとリリンが仲良くハイタッチした。とても珍しい光景だ。


 もっとも、真祖カミラは娘二人に対して、「喜ぶのは早いわよ」と頭を横に振った。同時に、エメスも淡々と告げる。


「当然です。吸血鬼はその血を与えればなれる種族です。つまり、この映像だけでは誰の子供なのかは判別出来ません。もっと言うならば、セロ様がどこぞの村娘に産ませた子供であっても、吸血鬼の血を飲みさえすれば、映像の青年のようにその特徴を引き継ぐわけです。終了オーバー


 その説明に、今度はルーシーとリリンも落胆した。


 当然、セロはどこぞの村娘と子作りするつもりなどなかったが、映像の子供をじいっと見ていると――どことなくルーシーの凛々しさを感じられた。


 とはいえ、惚れた贔屓目かもしれないので、あえてこの場では言い出すことはしなかったが……


 何にしても、大山鳴動して鼠一匹という言葉通りに、今回の騒動は――浮遊城にしばらく女王オキュペテーとその近衛の鳥人たちが滞在し、ついでに玉座の間にメインビジョンが設営されただけといった結果に終わった。


 ただ、セロはバルコニーに出て、やや物憂げな顔つきになるのだった――


「バーバル……」


 もう二度と会えないと思っていた幼馴染のことを思って、セロはしばらくの間、独りきりで先ほどの映像の意味を考えながら、じっと王都の方を見つめ続けたのだった。



―――――



将来、バーバルがセロの子供を誘拐するとか、そういった不穏な話ではありません。いわゆるドラゴンボールで言うところのピッコロと悟飯といったところでしょうか。WEB版でそこまで書けるかどうかはさておき、次話からはいかにも外伝らしい話が続きます。

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