第261話 女王(前半)
時間軸としてはヒュスタトン会戦が始まる直前に当たります。
―――――
浮遊城がエルフの大森林群から離れて、ヒュスタトン会戦支援の為に王国に出発しようと、高度を上げた直後だった。
城の外壁に幾つもの影が映ったのだ――
このとき、セロはルーシーたちと共に、玉座の間で浮遊城発進の際の揺れに備えていた。だから、浮遊城下層の司令室にいた
「セロ様、上空に敵多数です。撃ち落としますか?
そう尋ねてきたわけだが、セロにとっては何が何だかさっぱりだった。
もちろん、浮遊城にはコウモリたちが無数にいるし、城内の
そんなわけでセロもさして慌てることなく、
「ええと……状況は? それに相手は?」
と逆に聞き返したら、しばらくしてなぜかモタが「ういしょ」と下層から上がってきた。
今はエメスの助手の巴術士ジージが聖女パーティーの一員としてヒュスタトン高原の戦場に出ていて、さらに同僚のドルイドのヌフも一時的にエルフの森林群に残っている。
だから、暇を持て余していたモタを捕まえて、
さて、そのモタはというと、アイテムボックスからモニターを幾つか取り出して、コウモリたちと一緒にすぐに組み立てた。
どうやら城外に設置してある
「いいなー。ほしいなー」
と、モタは設営しながらおねだりするような視線をセロに向けてくる。
最近、モタも第六魔王国の魔王城裏手に自分の研究施設を持ったばかりだ。この種の資材は喉から手が出るほど欲しいのだろう。もしかしたら、それを餌にエメスに買収された可能性だってある。
それはさておき、そのメインビジョンに現在の城外の状況が映し出された――
「これは!」
セロはさすがに驚いた。
浮遊城を無数の
ちなみに有翼族とは文字通りに翼をもった亜人族の総称だ。亜人族なのでここには天族たる天使は含まない。だから、一般的には鳥人のことをハーピーと呼ぶわけだが、鳥だけあって種が幾つもある。その中でも肉食で獰猛な性格のものが、ちょうど今、浮遊城に取りついているわけだ。
「やっぱり、敵対行為なのかな?」
セロが玉座の隣に座っていた第一妃のルーシーに尋ねると、
「分からん。そもそも有翼族は基本的に世界と関わりをほとんど持たずに生きてきた種族だ」
「それがなぜこのタイミングで?」
ルーシーが「さてな」とため息混じりに応じると、今度は海竜ラハブが進み出てきた。
「セロ様に申し上げます。おそらく女王オキュペテーがやってくるものと思われます。
「女王? ここに?」
「はい。これは女王オキュペテーが移動する際の示威行動です。第三魔王国にもこうしてやってくることが幾度かありました」
そういえば――と、セロは思い出した。
有翼族の住処は大陸南東のエルフの大森林群のさらに奥地にある山岳で、その剣峰は大陸南の第三魔王国に隣接していたことを。
もっとも、ルーシーが言った通り、元人族のセロからすると、有翼族については文献でちらりと目にする程度の知識しか持っていなかった。それほどに人族の歴史には全くと言っていいほど登場しない種族だ。まだ『火の国』のドワーフや島嶼国の
だから、セロも仕方なく、海竜ラハブに対して付け焼刃の知識を求めた。
「女王オキュペテーってどんな人なの?」
すると、意外なところから声が上がった。
「むかつく奴よ。私がこの世界で一番嫌いなタイプ」
いつの間にか、真祖カミラがセロのすぐ隣にいて、いかにも悩ましげなポーズで誘惑してきた。どうやら認識阻害で隠れていたようだ。
「お母様!」
さすがにルーシーがすぐに抗議するも、真祖カミラは「ふふん」と微笑を浮かべて、玉座の前にある小階段に腰を下ろしてから話を続けた。
「まあ、それでもラハブが言ったように敵対は勧めないわ。ね、そうでしょ?」
「はい、カミラ様。
「あら、ファフニール
「分かりません。一度も話してくれたことがありませんでした」
「ていうことはあったのね。おそらく負けたのだと思うわ。可愛い
そのカミラの言葉にセロは驚きを隠せなかった。
邪竜ファフニールの強さはセロとて身をもって知っている。それを下すということは、セロと同等――いや、相手の主戦場が空だということを考えると、『飛行』が出来ず、遠距離攻撃の魔術に制限がかかるセロにとっては相当不利に違いない。
「実は、私も一度だけ戦ったことがあるわ」
カミラが遠い目をして言ったので、ルーシーが思わず聞き返した。
「いつの話なのですか?」
「貴女を引き取るよりも前のことよ。どこかの
「はあ……」
ルーシーにも身に覚えがあったので、ため息をつかざるを得なかった。
その馬鹿な冒険者の
「それが原因で私のところにやって来たのよ。どうやら三位というのが気に障ったみたい」
「余のところにもわざわざ来ましたよ」
「あら、そう? どうなったのかしら?」
「そのときにはすでに義父様と不戦の契りを結んでいたようで、余に散々小言だけいってどこかに飛び立っていきました。おそらくそのすぐ後にカミラ様のもとに行ったのだと思います」
「それで結果は?」
セロが身を乗り出して、二人の話を切ってまで尋ねると、
「あての勝ちでよろしいな?」
玉座の間にゆっくりと入ってくる者がいた――
女王オキュペテーだ。ダークエルフの近衛も、人狼メイドたちも、誰何すら出来なかった。
もっとも、セロは叱責しなかった。すぐに理解出来たからだ。これは相当な強者だ。なるほど、邪竜ファフニールを下して、真祖カミラとやり合って生きているのも肯ける。
それにたしかに美しい。真祖カミラの隠しようもない大人の色気や、ルーシーの無垢な純真さ、あるいは海竜ラハブの明るく活発的な親しみやすさ――といったそれぞれの美貌とはまた違う種類の美しさを有している。
強いて言うなら、知識や教養、あるいは伝統や格式などに裏付けされた由緒ある美しさといったところだろうか。何にしても、女王オキュペテーはセロの前へとゆっくりと進み出てきた。
もっとも、その言に真祖カミラは不満があったらしい。
「貴女の勝ちだなんて冗談でしょう? 何ならここで再戦する?」
ばちばちと二人の間で火花が散ったような気がした……
その瞬間、ルーシーと海竜ラハブは巻き込まれないようにとこっそりと席を外した。
セロとて「お後がよろしいようで」と言って、この場から去りたかった。だが、第六魔王国を統べる者としてどうしても挨拶せざるを得なかった。
「はじめまして、僕が現第六魔王こと愚者セロです」
「これはご挨拶痛み入ります。あてはオキュペテー。空の支配者です」
なるほど、そうきたかとセロは感心した。
まるで陸はセロにあげるが、空は渡さないと言わんばかりの貫禄だ。さらにオキュペテーは続ける。
「そうそう、そこにいる吸血鬼が第六魔王の座を下りたらしいので、現時点ではこの地上世界唯一の女王でもあります。くれぐれもよろしくお願いいたします」
オキュペテーはそう言って、「ふん」と真祖カミラを見下した。
たしかに真祖カミラが在位していた間は大陸に女王が二人いたことになる。美しさの件といい、女王の称号といい、どうやら何かとカミラにライバル意識を持っているらしい。
そのせいか、カミラが「けっ」といかにも唾でも吐きそうな感じで、
「で、何しに来たのよ? しかも、手ぶらで」
そう言って、何の土産も持たずにやって来たことで逆に見下すと――
意外なことに、オキュペテーは骸水晶を取り出して、いったん自身の前に置くと、セロの前で跪いてみせた。
「有翼族が太古より代々受け継いできた、この未来予知の水晶で占われた通りに――」
そこでオキュペテーは言葉を切ると、セロを真っ直ぐに見つめた。
「あては婚約を果たす為に第六魔王国に参りました。土産というならば、この世界の空の全てを差し上げましょう。さあ、セロ様の御子を授けてください!」
―――――
海竜ラハブもそうですが、『飛行』出来る種族って、こういうタイプが多いんですかね。
そうそう、本日(23年2月28日)の夕方に重大発表があります。『トマト畑』をここまで読み込んでくださっている方は、まさに現場猫の「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます