第260話 新・調査猟団

 諸君、お久しぶりである。吾輩は文豪・・クライスだ。


 ……

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 いやいやいや。冒頭早々、いきなり冷たい視線を投げかけないでほしい。


 とはいっても、お前、王国の冒険者・・・だっただろ、てか、世界美女図鑑の編集担当じゃん、といったツッコミは吾輩とて痛いほどによく分かる。だが、今の吾輩は冒険者から文豪へとクラスチェンジした身なのだ。おかげで一人称も、『私』から『吾輩』に変化している。どうだ、凄いだろ。


 ……

 …………

 ……………………


 ん。ごほん。


 さて、なぜそのようなことになったのかと言うと、第六魔王国に来て、吾輩はすぐに真祖カミラの長女ルーシー様に取材する許可を得られた。


 人族が魔族に取材するだなんて土台無理に決まっていると早々に諦めて、温泉宿泊施設の赤湯こってりに入浴していたら、たまたまセロ様と一緒になって、駄目でもともとと「えいや」と声掛けしてみたら、あっさりと取材の承諾をいただけたのだ。


 こってりなのにあっさり。いやはや、人生の妙である。


 というか、セロ様とは冒険者時代に幾度か面識があったことで功を奏したらしい。つまり、持つべきものは人脈ということか。


 さて、こうしてルーシー様に初めてお会いした印象として、「美しさとはまさにこの女性の為にある概念だ」と、前回記したのはいまだ記憶に新しいわけだが、何にしてもルーシー様は思っていた以上に純粋無垢な御方だった。


 俗世の垢に塗れた『世界美女ランキング』なぞに本当に載せていいものかと、吾輩の自我アイデンティティが揺らいだほどに、清廉な印象を受けたのだ。


 以下はその際のインタビューの一部抜粋である――




――なぜ貴女が第六魔王として立たなかったのですか?


「魔王という役割がわらわにはピンと来なかった。大陸において第六魔王は吸血鬼を統べる者として位置づけられるのだろうが、真祖たる母ならともかく、妾には眷族が一人もいなかった。それに眷族どころか仲間もいなかった。身近にいたのはせいぜい使用人たちだ。そんな孤独な魔王がいてもいいものかと、いつも自問自答したものだよ」


――では、セロ様が第六魔王として立ったとき、何か心境の変化などがありましたでしょうか?


「うむ。一言でいえば、妾はセロの一番の眷属になりたいと願った。妾の『魔眼』がそう強いたのだ。一目惚れというやつなのかもしれない。一種の運命だと感じた。妾には抗うことなど出来なかった」


――逆に言うと、貴女がいる限り、セロ様は孤独の魔王ではないと?


「そういうことに(※ここでルーシーは頬を赤らめた)……なるな。いや、まあ、その通りだ。妾はセロと永遠に共にいるだろう」


――単刀直入に聞きます。つまり、出会ったときにセロ様を深く愛してしまったのですね?




 ちなみにこの質問の後、「きゃっ」と、吾輩は照れ隠しで殴られて死んでいる。


 偶然そばを通りかかったドルイドのヌフ様によって『蘇生リザレクション』の法術をかけてもらって、危うく屍喰鬼グールにならずに済んだわけだが……


 とまれ、このときのルーシー様との話をまとめたものが、吾輩の処女作『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(第六魔王国出版社)となって世に出て、王国史上最大のベストセラーになった。


 何しろ、高名な女吸血鬼と、これまた王国でも光の司祭として知られた元神官との初々しい恋愛が赤裸々に語られたものだ。


 第一級の歴史的資料として、あるいは書簡小説的なていを持った読み物として、とりわけ貴族の子女で読まない者はいないというほどの流行となった。


 当時、王国では第二聖女クリーンが吊るし上げられて、聖女の元婚約者として注目されていた第六魔王こと愚者セロ様ではあったが、拙作の出版を機に、王国では大陸で最も華やかな三角関係として認知されて、「魔族に負けるな」と第二聖女クリーンを支持する層が一気に増えていった。


 もちろん、この裏には意図的な情報工作もあった――


「そういう流れで、第六魔王国の実情を王国民に広く知らせるのです」


 処女作の出版を間近に控えていた吾輩のもとに、人造人間フランケンシュタインエメス様が唐突に訪ねてきたのだ。


「いや、しかしながら本当にいいのですか? 三角関係とはいえ、魔族に親しみを持たせるなんて、かえって第六魔王国の支配にとって、その感情は邪魔になるのでは?」

「貴方は存外、馬鹿なのですか? 終了オーバー


 場所は第六魔王城の地下にある一室だった。


 地下研究施設こと司令室にほど近いところに、吾輩は執筆部屋を借りていたのだか、そこにエメス様がわざわざやって来てくれたのだ。


 もちろん、この部屋には他にも冒険者時代の吾輩の編集助手もいたし、王都の『調査猟団』の中でも早いうちから魔性の酒場ガールズバーに入り浸っていた者たちが鞍替えして、この地で新たな役割を得て働いていた。


 巴術士ジージ殿の薫陶を受けて、何かとこそこそとやっていたわけだ。もっとも、その役割はいつの間にかやけに新興宗教臭くなってしまったが……


 それはさりとて――


「申し訳ありません、エメス様。王国支配に向けて、魔族に親しみを持たせる理由をお聞かせいただけますか?」


 当然のことながら、吾輩は下手に出た。


 第六魔王国の面々には慣れてきたとはいえ、いまだにエメス様は怖かったし、誰に聞いてもこの魔王国で一番怒らせてはいけない人物という認識だった。


 というか、隣の拷問部屋で毎朝のようにエーク様、アジーン様や罪人ピュトンの悲鳴という名のモーニングコールを聞かされていたので、逆らう気も起きなかった。


 そもそも、セロ様はモタ殿以外には滅多に怒らないし、ルーシー様に至っては感情をあまり表に出さない。それはヌフ様にも当てはまるし、逆にリリン様や海竜ラハブ様あたりはとても分かりやすくてかえって親しみが持てるのだが……


 何はともあれ、エメス様は「やれやれ」と頭を横に振ってみせると、


「セロ様は王国支配を望んでいません」


 そう手短に教えてくれた。


 とっつきにくいと思われがちなエメス様だが、「分からない」とはっきりと言えばきちんと教えてくれるし、意外に面倒見がいい。


 人見知りの塊のようやダークエルフの双子ことドゥ様が懐いているのも、そんな側面があるからかもしれない……


「ですが……セロ様は魔王ですよ。魔族の王が人族を支配しないとはこれ如何に?」

「勘違いしないでください。セロ様は力による支配を望んでおられないのです」

「では、目指すのは、力によらない支配……?」

「そうです。貴方がこれから出版する物も、その一助になります。終了オーバー

「まさか!」


 その瞬間、吾輩はゾっとした。


 やっと理解出来たからだ。第六魔王国は情報だけ・・・・で王国を支配しようとしているのだ。


 それは人気・・と言い換えてもいい。長らく、『世界美女図鑑』に関わってきただけに、吾輩も何とか漠然と分かった。セロ様は、魔族に対する人族の認識を根本的に変えていくつもりなのだ。


 その上で、魔族を恐怖の対象としてではなく、憧れや強さの象徴として人族に刷り込み、いつしか王国の文化が第六魔王国なしでは成り立たないほどに、情動の面から徹底的に支配する。


 つまり、これは新しい侵略戦争だ。いや、もう侵略はとうに終わっていたのか。そういう意味では、これは新たな占領政策だ。


 吾輩は思わず、両手で頭を抱えた。


 そのとき手掛けていた、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の成功は目に見えていた。それほどの価値を持った作品だ。これで吾輩も冒険者時代とは比にならないほどの立場を得られるだろう。


 一方で、この作品は王国支配の一助となる。言うなれば、吾輩は売国奴になったわけだ。


 が。


 エメス様はまるで悪魔のような囁きをこぼした。


「古今東西、歴史とは勝った方が書き残すものなのですよ、終了オーバー


 いかにも敗者には言葉すら持つ必要がないとわんばかりの態度に、吾輩はつい眩暈がした。


 そして、「ふふ、あははは」と笑みを漏らした――


 というのも、そのとき吾輩はすでに二作目に着手していたからだ。


 それは『セロ様にくびったけ』といった恋愛活劇ラブコメディで、今度はルーシー様だけでなく、エメス様、ヌフ様、リリン様に海竜ラハブ様も登場するハーレムものだ。


 これが出版されたら、王国の貴族たちは騒然とするだろう。王侯貴族の一夫多妻と同様に、魔族にも似たような恋愛観があるなどとは全く知られていないのだから……


 間違いなく、魔族に対する認識にくさびを打ち込む画期的な文献になるはずだ。


「よろしいですか。勝者の歴史をこの部屋から作るのです」

「そのような役割……吾輩たちで、本当に良いのですか?」

「せめて王国の人族に作らせる――これはセロ様の慈悲深さによるものです。終了オーバー


 直後、吾輩は「おおおっ」と涙を流していた。


 こうして第六魔王国にて、吾輩たち人族による『調査猟団』こと情報工作機関が立ち上がったのだ。



―――――



WEB改稿版でこの諜報戦略をもっと描きたかったのですが、書籍の加筆修正作業などもあってあまり伸ばせずじまいでした。書籍版が三巻以降も続くのなら、第三部の外伝前半あたりに入れて、ここらへんをもっと厚く描きたいところですね。

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