第255話 ヒュスタトン会戦 13

「ひいい! 逃げろ!」

「主教イービルは我々も殺そうとしたぞ!」

「あんな奴に従っていられるか! 教皇様やアネスト様のもとに行く!」

「俺はそもそもクリーン様のおっかけになりたかったんだよなあ」


 主教イービルこと天使エクレーシアが『天罰』をこの一帯に落としたことに体制派の神官や騎士たちも気づいたのか、彼らは情けなくも一斉に逃げ出した。


 パニックになったときの人間というのは不思議なもので、王都側に走ればいいものをなぜか反体制派の聖騎士団がいる高原中央側、もしくは湖畔側へと駆け始めている。


 当然のことながら、返り討ちとまではいかないものの、すぐさま捕らえられたようで、


「敵前逃亡した者たち全員を捕縛いたしました」


 と、モノリスの試作機を通じて、第二聖女クリーンのもとに連絡が入った。


 そのクリーンも法術によってすでに自身に回復をかけて、さらに範囲完全回復の祝詞も謡っている。


 おかげで力尽きて倒れたままでよかったはずの騎士おっかけたちがよりにもよって、


「神の奇跡じゃあああ!」

「クリーン様こそ正しく最上位神官トップアイドル!」

「我々がクリーン様と共にいた時間は誰にも奪えるはずがない!」

「私のことなどどうでもいいから、クリーン様こそ頑張ってください。全力で縛られてください!」


 と、まあ、こんなふうにまた復活してしまった。しかも、セロの『救い手オーリオール』は相変わらずかかっていないはずなのに、その身体能力ステータスが倍以上に膨れ上がっている。


 どうやらどこかの戦闘種族みたいに死にかけたので急上昇したようだ。もちろん、これには一応の理屈がある――聖女の持つ自動パッシブスキルこと『救済』だ。これは分かりやすく言えば、一種の『食いしばり』であって、止めの一撃を何とかギリギリで我慢して、さらに一時的な身体能力向上まで付加されるといったものだ。


 本来なら体力がほとんど残っていない瀕死の状態のはずだが、聖女の『救済』は回復した後も能力向上バフがしばらくかかり続ける。さらに聖女を慕う思いが強ければ強いほど、継続性も増してしまう……


 つまり、今まさにここに大陸最恐もとい最強の騎士おっかけたちが爆誕してしまったわけだ。


 とはいえ、これ以降はほぼセロたちの戦いとなるので、これら騎士おっかけたちが活躍するシーンはまずないから安心してほしい――


 さて、そんな状況をまざまざと見せつけられて、主教イービルはわなわなと怒りで震えていた。


 天使エクレーシアの概念は『神殿』だが、最早そこは伽藍の聖堂と言ってもよかった。しかも、彼のもとに剣を持って進み出てくるのはまさに異端、勇者のくせに魔族に寝返った者――本来ならこの完全無欠の結界の中にいてよいはずがない。


 だが、その者ことノーブルはぼそりとこぼした。


「虚しいものだな」


 ノーブルはそれだけ言って、今も『神殿』から逃げ出していく神官たちをじっと眺めた。


「神を信じる力というのはもう少し強固なものだと思っていたが……結局は皆、生臭坊主だったということか」

「黙れ! 異端に処すぞ!」

「ふん。構わんよ。もとより大神殿など信じてはいない。百年前に俺の愛する人に『転送』を使わせた挙句、多くの呪人を魔族領に配流して、素知らぬ顔をしてきた組織が今さら慈愛や公正を語るなど、まさに片腹痛いとはこのことだ」

「神の愛に触れたことのない、いかにも憐れな者の言葉だな」

「触れたら貴様みたいになれるというなら、せいぜい憐れんでもらって結構だよ」


 直後、ノーブルは手にしていた聖剣で主教イービルを斬りつけた。


 だが、さすがに主教イービルも天使エクレーシアを受肉しているだけあって、ノーブルの剣撃に反応した。ただ、不思議なことにメイスや杖などで防いだわけではなかった。


 というのも、ノーブルの剣は主教イービルに届かず、半身ほどの距離で止まってしまったのだ。


「これは!」

「私に傷一つでも付けられると思うなよ」

「まさか……『異端排斥ブラックシープ』か。自動スキルをこのように盾にも使えるとはな」

「驚いたか。私自身を狭く囲っているのだ。これぞ世界最強の護りだ。たとえ相手が冥王ハデスでも貫くことは出来ん」

「ふむん。なるほど。こうやって古の大戦を生き残ってきたわけか。たしかに厄介だな」


 と、ノーブルが呟いたわりには、面倒臭そうな口ぶりではなかった。


 実際にノーブルはすぐに諦めて、聖剣をすとんと鞘に収めると、主教イービルが「ん?」と眉をひそめる間に、「出でよ――『聖防御陣』」とだけ唱えて、『異端排斥』の上からイービルをさらに聖なる壁で囲ってしまったのだ。


 さらにノーブルがちらりとクリーンに視線をやると、クリーンもすぐに駆けつけて、箱のように展開しているノーブルの『聖防御陣』を上から紐状になった『新聖防御陣』でもってぐるぐる巻きにした。


「ちょ……待て。貴様ら……も、も、もしや?」


 主教イービルが呆然としながら問い掛けると、ノーブルはやれやれと肩をすくめてみせる。


「私たちも暇ではないのでな。同じく古の大戦を生き抜いた人造人間フランケンシュタインエメス殿の情報で、貴様にはあらゆる攻撃が一切届かないことは事前に知らされていた。ならば、まともに相手をする必要もあるまい」


 すると、クリーンがモノリスの試作機を通じてどこかに連絡を取った。


 数分後、ヒュスタトン高原中央でじっとしていた聖騎士団がぞろぞろとやって来る。


 ただし、騎士の格好というよりも、その半数ぐらいはフルプレートを脱いで、土木作業員みたいなラフな姿になっている。しかも、全員がシャベルやスコップを肩にかけてやって来る始末だ。


 そんな聖騎士たちに団長もとい職長おやかたのモーレツが「作業開始!」と声をかけた。


 ちなみにシュペルは現場監督らしく、何もせずにじっと見ているだけだ。いや、正確には、高原に大きな穴を掘る許可申請の書類仕事を片付けているようだ……


「おーい。じゃあ掘るぞー」

「土魔術が出来る奴はこっちに集まれー」

「残土は再利用するから一か所にまとめておくんだぞー」

「いいか。お前たち。何もないと言われ続けたヒュスタトン高原の名物にするんだからな。しっかりと後世に残るものを作れよ」

「「「おおう!」」」


 こんなふうにして騎士たちは主教イービルの周囲から始めて、しだいにその足もとも掘って、圧倒的なマンパワーと土魔術によってあっという間に地下三階ぐらいの深さまで掘削した。


 主教イービルも天使エクレーシアが受肉しているので、『浮遊』して対抗しようとしたが、ガツンと聖防御陣の壁と紐に阻まれて、宙にわずかに浮くことすら出来なかった。しまいには地下深くにぽつんと一人だけ取り残されると、


「それでは――埋め戻し、開始!」


 そんな聖騎士団長もとい親方モーレツの声で、主教イービルはぞっとした。


 天族が受肉している間はおそらく魔族と同様に食事を取らなくても大丈夫だろう。ただ、それは逆に言うと、この地に永遠に生き埋めにされることを意味している。


 実際に、シュペルが大きな穴のそばに立て看板を置いた――そこには『即身仏イービル、王国民の安寧を願ってここに健やかに眠る。※掘り返し厳禁!』と記されていた。


「た、た、助けてくれ……」


 主教イービルが懇願するも、ノーブルは鼻で笑った。


「同じように助命してきた者に対して、貴様はこれまでどうしてきた?」

「…………」


 すると、そのタイミングで主教イービルからまるで魂が抜けたかのように、何か光り輝くものが出てきた。天使エクレーシアがさすがに付き合いきれないといったふうに昇天しようとしたのだ。


「今だ! クリーン殿!」

「はい!」


 ノーブルが自身の『聖防御陣』を解くと同時に、クリーンは『新聖防御陣』によっていかにも手慣れた感じで天使エクレーシアの魂を縛り上げた。その鮮やかさは聖女というよりも最早、縄師としての真骨頂といえるかもしれない……


 もっとも、『新聖防御陣』は一見すると光系なので、同じ属性の天使エクレーシアにあまり効かないかと思われたが……その魂らしきものは完全に拘束されたまま地面にぽとりと落ちて、それ以上は身動きすることも出来なかった。


 というのも、クリーンのなる紐は、そもそもあれな性癖から着想を得たものなので、極めてよこしまな闇属性によるなる紐なのだ――


「天使をあれ・・な形で縛り上げたぞ」

「古の魔王級の強さだと噂で聞いていたが……」

「いや、待て。我々が邪なだけで、実はあれ・・八芒星オクタグラムを模しているのではないか」

「いやいや、どう見ても亀甲縛りだろ」


 これには見慣れた騎士おっかけたち以外はさすがにドン引きしていたが、王国にはもう一人まともな聖女がいることを思い出して、「まあ、いっか」と全員が小さく息をついた。


 何にしても、こうしていかにもあれな感じでノーブルとクリーンは主教イービルと天使エクレーシアという首級を上げたのだった。

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