第249話 ヒュスタトン会戦 07

「テメエの血は何色だああああ! ハレンチ! 覚悟しろやああああ!」


 モンクのパーンチは盛大に吠えたが、その一方で神聖騎士団長ハレンチは淡々と応じた。


「もちろん、赤色だが?」

「んなもん! 分かってるわ!」

「ならばいちいち聞くな。分かっていることを聞くことほど、意味のないものはない」

「はん! そうだな。たしかになあ! 何だかムカつくなあ! だからこそ、ここでまたはっきりと分かっちまったぜ。テメエは絶対にオレとは相容れない! 許しちゃいけない! 最低最悪な卑劣漢だってなあ!」

「なるほど。私も理解出来たよ。貴様はここで無様に死ぬに相応しい人物だとな」


 二人の視線が合うと、バチバチと熱い火花が散った。


 パーンチは頬に手を当てて、モンクのスキル『内気功』でかすり傷を瞬時に治した。


 そして、すぐにハレンチの持っている武器に視線をやった。その手にしている聖遺物の槍ロンギヌスを見たことがあった。大神殿に飾られて、一般公開されていたことがあったからだ。


 たしか、王国の宝具の一つだったはずだ。勇者が持つべき聖剣と並び立つ武器だと大々的に宣伝されていたが……


「分不相応に厄介なものを持ち出しやがって」


 パーンチは小声でこぼした。


 というのも、パーンチはハレンチの急襲を察知して、たしかに槍先をかわしたはずだった。


 だが、現実はパーンチを裏切った。頬を擦過して傷つけてきたのだ。怪我自体は大したことはなかったが、刃先が実際に掠ったわけではなかった。


 おそらく、あの雷を象った二股の槍から放たれた、それこそ武器に付与された稲妻か何かに違いない……


 となると、このハレンチという相手は互いの性格以上に、戦闘においても相性が最悪だと言えるかもしれない――拳一つで超近接の挌闘戦を行うパーンチにとって、間合いが把握しづらい敵はやりにくいことこの上ないからだ。


「では、行くぞ。パーンチよ」

「ふん。さっき言っただろ。オレの拳で殴られたい奴からさっさと来いとな」


 パーンチがそう強がると、ハレンチは騎乗したまま突っ込んできた。


 舐められたものだな、とパーンチは苛立った。騎馬は平原において小隊規模で向かってくるから、戦車のような凶悪な役割を果たす。事実、全力で突進してくる馬の群れは兵士にとっては恐怖以外の何物でもない。


 逆に言うと、単騎でやって来る場合は小回りがきかないので、飛び道具や長柄の武器に対して滅法弱い。もちろん、パーンチはモンクなので、遠距離用の武器は持たないが、それでも幾つかスキルは有している。


 だから、まずは小手調べと言わんばかりに、パーンチは高原に落ちている石を幾つか手にすると、


「喰らえ! 『石礫』!」


 それを単純にハレンチに投げつけた。モンクに限らず、村人ですら持つ初級の遠距離攻撃スキルだ。


 もちろん、鍛え上げられたパーンチの腕力で投石されたので、弾丸のように飛んでいったわけだが、ハレンチはというと、槍ので簡単に防いでみせた。馬のスピードも落ちていない。「ふん」と余裕の含み笑いまで浮かべてみせる。


 だから、パーンチもつられてにやりと笑った。性格と戦いの相性は最悪だが――どうやら相手にとって不足なし。


 いや、むしろハレンチは相当に出来る敵だと認識し直した。ここに至って、パーンチの怒りはむしろ、一気に昂る闘争心へと昇華されたわけだ。


 そういえば、とパーンチはふいに思い出した。聖騎士団長のモーレツからハレンチについて、「実力だけなら騎士団の中でも群を抜いていた」と聞いたことがあったのだ――


「じゃあ、なぜ副団長止まりだったんだ?」


 ヒュスタトン会戦が始まる前に強襲機動特装艦かかしエターナルに乗艦していたときにそう尋ねたら、モーレツは苦虫でも嚙み潰したような表情を浮かべてみせた。


「前の団長が侯爵家現当主のシュペル・ヴァンディス卿、そして今の団長の私が男爵家当主相当ということで分かる通り、聖騎士団長とは武門貴族の筆頭たる存在だ。本来、男爵の私でも、シュペル卿たっての推薦がなければ団長に就けるはずなどなかった」

「なるほどな。ハレンチってのは貴族じゃねえってことか」

「いや、貴族だ。いわゆる準貴族で、武功爵を持っている」

「じゃあ、モーレツの旦那がなれたように、ハレンチだっていけるんじゃねえのか? 推薦してやらないのかよ?」


 パーンチがそう問いかけると、モーレツはため息をついた。


「それがだな……あまり言いたくはないのだが……ハレンチは手段を選ばないところがあってだな」

「手段? 勝つ為にってことか? なら、生真面目な聖騎士団の団長としてはむしろ相応しい資質のようにも聞こえるけどな」

「ふむん。まあ、本人のいないところで悪口はあまり言いたくはない。何にせよ、ハレンチと対峙するときは注意することだ。個人的には……逃げることすら勧める。奴が表に出てきて勝負を挑んでくると言うことは、それなりの・・・・・準備をしてきたときだ」


 ――と、こんな会話を交わしたことがあった。


 なるほど。たしかに船団を自爆させて水上が得意な種族を壊滅させたことといい、いきなり得体の知れない長柄武器ロンギヌスで隙を突いてきたことといい、褒められたものではなかったが、


「構わんさ。タイマンに持ち込んでしまえば、準備も何も関係ねえ。肉体言語でぶっ飛ばすのみだ」


 パーンチは右手にさらに石を掴んで、それをひょい、ひょいと、連続で投げつけた。


 ハレンチはというと、先程と同様に槍の柄だけで器用に石礫の連射を防いでみせると、今度は槍を振りかざしてパーンチに接近してきた。


「死ね。パーンチ!」

「おお! 来いやあああ!」


 パーンチにとっては一か八かの勝負だった。


 騎乗しているのでハレンチのスピードは速い。さらに武器は槍なので拳よりも遥かに長さリーチがある。その上、槍には未知の魔術まで付与されている。


 そうして二人が交差する直前――


 やはりパーンチの体にはびりびりとした痺れと痛みが走った。


 雷系の魔術に違いない。パーンチの全身に鋭い傷が無数に出来て、視界を覆うほどの大量の血飛沫が宙に舞っていた。


 もっとも、パーンチからしたら槍先そのものに貫かれなければどうということもなかった。この程度の痛みなど、ダークエルフの双子ことドゥの巨大ゴーレムかかしストライク対艦剣レーザーブレイドに斬りつけられたり、島サイズの巨大蛸クラーケンの八本の触手でタコ殴りにされたことに比べれば……まあ蚊に刺されたようなものだ……


「ふっ……つい思い出して、ぶるっときちまったぜ」


 それほどにパーンチの防御力は飛び抜けて上がっていた。今なら聖騎士キャトルの代わりにパーティーの盾代わりになってもいいほどだ。


 とはいえ、体が痺れて上手く動けない上に、視界が血で覆われて見づらいことが面倒ではあったが――


「しゃらくせえ」


 ハレンチが槍を振りかざして、眼前まで迫ってきたタイミングで、パーンチは左手に隠していた砂利を投げつけた。


「ぐわっ!」


 これにはハレンチも堪らなくなったのか、パーンチの横を過ぎて、いったん距離を取った。


 もともとパーンチも喧嘩拳技で伸し上がってきた冒険者なので、ハレンチと騎士道精神に則って、正々堂々と試合みたいにやり合うつもりなど毛頭なかった。


「所詮は喧嘩屋か……」

「何とでも言えばいいさ。オレだってテメエのやり口にはムカついているんだ。爆破どころか、国宝まで持ち出しやがって」

「ほざけ!」


 再度、ハレンチは突進してきた。


 さっきと全く同じやり方だ。ある程度の距離に入ったら雷撃でパーンチの体にまた無数の傷が出来たわけだが、この程度なら『内気功』ですぐ回復出来る。


 これで底が見えてきたかな、とパーンチは内心で思った。砂利を投げつけるタイミングで、わずかに怯んだハレンチに対して、今度はパーンチがスキルの『瞬歩』でもってハレンチの背後を取ると、


「喰らえ! 全てを砕け! ――『荒ぶる剛腕』!」


 拳による連撃を繰り出した。


 もっとも、ハレンチもさすがで、幾らか拳を喰らいながらも致命的な攻撃は何とか防いでみせると、馬で一気に駆け抜けてもう一度だけ距離を取った。


「ふん。なるほど……『拳の破壊王』と呼ばれるわけか。腐っても鯛だな。魔族に付いたのが惜しまれるよ」


 どうやらこの二回の交戦でハレンチもよく理解したらしい――騎馬による単純なヒットアンドアウェイと、宝具の槍による間接的な魔術攻撃だけではパーンチを仕留めることは出来ない、と。


 一方で、パーンチは短く、「ふう」と息をつくと、


「テメエにも天使ってのが受肉しているんだろ?」


 そう静かに尋ねた。


 要は、ただの・・・神聖騎士団長のハレンチでは相手にならないから、さっさと天使の姿を顕せと言外に含めたわけだ。


 天使がどれだけの強さを有しているかは謎だが、古の大戦で魔王とやり合ったというからには同等の力であることに違いない。


 今のハレンチは人族にしてはそれなりに強いが、セロ、人造人間フランケンシュタインエメスや邪竜ファフニールといった古の魔王クラスの足もとにも及ばないとパーンチは見て取っていた。


 出し惜しみでもしているのか、ハレンチは天使としての実力を微塵も出していないのだ。


「さっさとオレにテメエの全力を見せてみろ。このままじゃ埒があかん」


 この挑発にはさすがにハレンチもかちんときたが、ハレンチからしても天使を自身に顕現出来ない事情があった。実は王女プリムとは違って、受肉してまだ日も浅いので、天使との同調が完全ではないのだ。


 おかげで日に一度だけ、それも数時間ほどという制約があるのだが、もちろんそんなことをパーンチにぺらぺらと喋るわけにもいかず、そうはいってもパーンチの方がたしかに現状では強いと悟ったハレンチは「やれやれ」と頭を横に振った。


「安心しろ。貴様に天使様の御力は出さない。小兵如きに見せてたまるかよ」


 ハレンチはパーンチを侮辱するように「くく」と笑うと、またもや真っ直ぐに駆けてきた。


「いいぜ。そんなにオレに殴られたいなら、望み通りに凹々ぼこぼこにしてやんよ!」


 パーンチは構えた。槍の落雷などもう気にもならなかった。


 それに馬に正面からぶつかられても問題ないと考えた。馬の突撃など、巨大蛸クラーケンの触手の暴力に比べたらモタパンチみたいなものだ。


 だから、パーンチが両拳を顎のあたりにやって、さながらピーカブースタイルで構え、いっそ二股の槍ロンギヌスを両手で掴んでやろうかと虎視眈々と狙っていると、その槍先がパーンチに向かってくる直前に、


「ローリーペッド孤児院」


 ぼそりとした言葉の方が先に届いた。


「…………」


 瞬間。


 パーンチの左肩を槍先がよぎった。


 さらに雷の魔術をもろに受けて、パーンチは片膝を地に突いた。


 すると、ぱか、ぱか、と馬が優雅に旋回した。いかにも再度の突撃の準備をしているといったふうだ。


「なぜ……その名前を呟いた?」


 パーンチが弱々しく問うと、ハレンチはまさに破廉恥な笑みを見せつける。


「もちろん、教会と孤児院は大切な施設だ。子供たちこそ王国の宝だからな」

「何が……言いたい?」

「今も、神聖騎士団によって保護させてもらっているよ。安心して戦うといい」

「――――っ!」


 パーンチは「テメエ!」とハレンチをなじった。


 つまり、ハレンチはパーンチが育った孤児院の子供たちを人質に取っていたわけだ。嘘か本当かは分からないが、パーンチはここでモーレツの言葉をまた思い出した――


「奴が表に出てきて勝負を挑んでくると言うことは、それなりに・・・・・準備をしてきたときだ」


 すると、ハレンチはまるで英雄さながら、恍惚こうほつとした表情で言い切った。


「戦争とは辛いものだな。将来ある子供たちの為にも、この身を挺して戦わなくてはいけない」


 それはまさに、命を差し出さなければ子供たちに明日はないぞ、と言っているようなものだった。


「糞がああああああああ!」


 それからというもの、パーンチはろくに防御することもなく、ハレンチの槍先をその身に受け続けた。


 四回で四肢は貫かれ、立つことも難しくなった。


 十回目でパーンチの意識は飛んだ。『内気功』で回復するのもろくに覚束なかった。


 二十回目まで王国の宝具による攻撃を耐え続けたのは――まさに称賛に値するべきだろう。むしろ、攻撃を繰り返したハレンチの方が「はあ、はあ、はあ――」と、ずっと睨みつけるパーンチの眼力プレッシャーに対して情けなくも息を切らしたほどだった。


 だが、パーンチの身もさすがにもう長くはもたなかった。二十一回目にやっと、これまでずっとかわしてきた胸を背中から貫かれると、ついには――ドスン、と。


「…………」


 無言のまま、地に伏して倒れてしまったのだ。


「はあ、はあ……よくぞ、まあ……ここまで耐えたものよ。褒めてやろうか。しかし、貴様もこれで終いだあああ!」


 ハレンチは騎乗したままでパーンチに近づくと、心臓をしかと貫く為に槍を振りかざした。


 それでも、パーンチはハレンチを睨みつけた。


 もし報われなかった魂が霊界に行くというなら、第四魔王こと死神レトゥスに乞うて死霊レイスになってでも、このハレンチだけは絶対に許さないと。パーンチは拳を固く握った。


「今度こそ、死ね! パーンチ!」


 が。


 その言葉はパーンチの耳には届かなかった。


 というのも、それよりも遥かに大きな絶叫がどこからともなく戦場全体に轟いたからだ。


勘弁して・・・・くれええええええええええええ!」


 次の瞬間、ハレンチは「ん?」と声の方向に訝しげな視線をやると同時に何かに激突した。


 いや、何かではない。何者かだ。実際に、ハレンチに向けて投げつけられたのは――石礫などではなく、熱血の元勇者バーバルその人だったのだ。


 すると、少し離れた湖から戦場には全くもってそぐわない全裸の痴女が現れた。


「パーンチ様! おいたわしや! そんなに凹々にされてしまって……」


 そんなふうにおろおろしつつも、百七十キロを超える剛腕を見せつけて、若干シュート回転気味にバーバルをどストライクで投げつけてきた痴女は――もう説明するまでもないだろうか。巨大蛸ことクラーケンだった。

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