第248話 ヒュスタトン会戦 06

「オレの名前はパーンチ! 聖女パーティーに所属するモンクだ! 反体制とか体制とか、知ったこっちゃねえが、この戦場でオレに一発ぶん殴られたい奴からさっさと前に出てきな!」


 モンクのパーンチは拳装備のミスリルナックルを嵌めると、「うおおおお!」と自らを鼓舞するかのようにスキル『ウォークライ』によって、自身と味方の身体能力ステータス強化バフをかけた。


「おう! 威勢がいいじゃねえか! 冒険者として名高いパーンチが相手なら面白れえぜ!」


 すると、いかにもガラの悪そうな騎士たちが進み出てくる。


 もともと神聖騎士団には、素行が悪くて他の騎士団から追い出された者たちが団長ハレンチの掲げる実力主義に惹かれて集まったという事情があるので、こういうときにはさすがに勇ましい。


 外見も小奇麗な騎士と言うよりも、むしろ山賊、盗賊や荒くれ者どもに近い。それだけに――


「おらおら、パーンチよ! がっかりさせてくれるなよ!」


 騎士道精神なぞ、とうにどぶにでも捨ててきたといったふうに、いかにも殺戮を楽しむかのような喧嘩槍術でもって、騎乗したままランスを振りかざしながら突進してくる。


「死ねや!」

「ヒャッハー!」

「この槍の錆になりやがれえええ!」

「王家と大神殿に盾突く汚物は浄化じゃあああ!」


 まあ、要するに世紀末救世主伝説ほくとのあれの世界観をイメージしてほしい――


 品行方正で規律正しい聖騎士団とは対照的に、神聖騎士団とはさながら『マッド〇ックス』みたいな外見的にもヒャッハーな連中の集まりだった。


 もっとも、一子相伝の暗殺拳を継いだ主人公よろしくパーンチとて負けてはいない。


「ふん。テメエらはすでに死んでいる」


 パーンチの横を突風のように数騎が駆け抜けていくと、


「ぽぐば!」

「おしめーん!」

「あべし、ひでぶ!」

「さんびろこんがとじゃかじゃいやあああ!」


 そんな謎の奇声を上げて、神聖騎士団の半グレたちは崩れていった。


 とはいえ、幾人かの騎士たちはパーンチが拳を振るわなくとも、なぜか勝手に・・・落馬していた。


 これにはパーンチも訝しげに目を細めたが、「やれやれ。オレ一人でも十分なんだがな」と呟きながら、どこか遠くに向けて一応は感謝の視線を送った。


 その一方で、パーンチは「オレも強くなったもんだな」という実感でもって両拳をギュっと強く握った。


 もしこれが勇者パーティーの頃のパーンチだったならば、神聖騎士団の小隊相手にも一苦労させられていたに違いない……


 だが、短い間とはいえ、パーンチは第六魔王国滞在中にダークエルフの双子ドゥが操る巨大ゴーレムかかしストライクや島サイズの大きさを誇る巨大蛸のクラーケンと毎日のように訓練して、一方的に凹られたことで鋼の防御力を手に入れた。


 さらには聖騎士団やドワーフたちと筋トレという名の肉体改造を日々課して、高潔の元勇者ノーブルのブートキャンプに参加したこともあって、きちんと戦闘能力も上げてきた。


 今のパーンチは人狼の執事アジーンと再戦しても、そこそこ良い勝負をするはずで、今回の会戦にて遊撃的な役割を与えられたのも、一人で神聖騎士団の主力を押し返してもおかしくないと、参謀役の巴術士のジージに判断されたからだ。


「やれるぜ。この局面……オレの拳一つでひっくり返してやる!」


 パーンチは再度、右拳をパンっと左掌に勢いよくぶち当てた。


 そのときだ。


 唐突にこの戦場で異変が生じた――


 ド、ゴン、と。まさに耳をつんざくほどの爆発音が轟くと、湖から大量の水が天に昇って、パーンチのもとへと滝のように下りてきたのだ。


「な、何が……起こりやがった?」


 その瞬間、パーンチの頬を鋭く擦過するものがあった。






「はてさて、どういうことだ? この戦場のどこにもいないというのはいかにも妙な話だ……まさかとは思うが、私たちを上回るほどの封印か、それとも認識阻害でも、この戦場にすでにかけていたということなのか?」


 狙撃手トゥレスは珍しく焦っていた。


 何せ、敵の首魁である王女プリムの痕跡が一切見つからないのだ。


 今ではヒュスタトン高原の霧も晴れて、トゥレスの狩人系スキルの『千里眼』で戦場がよく見渡せる状況になっている。だから、深い霧の中にわざわざ紛れ込んで、暗殺者系スキルの『影渡り』をしながら慎重に進む必要もなくなった。


 そんなわけで、現在のトゥレスはモンクのパーンチと対峙している神聖騎士たちの影にこっそりと潜んで、パーンチの戦いをフォローしてあげながら敵に探りを入れている状況だ。


「どうだ? 見つかったか?」


 そして、神聖騎士団の格好に扮しているエルフの同僚に対して、トゥレスは小さく声をかけるも、


「いえ。見つかってはいません。というか、王女プリムの位置情報は神聖騎士団の中でも最高機密にされているようです」

「やはりか。となると、何かしら策を練ってきたというわけだな」


 トゥレスはそう断言して、「ちっ」と忌々しく舌打ちした。


 王女プリムがこの戦場に出てきていないはずはないのだ。王都に潜む反体制派に属する冒険者たちからは、たしかに出陣したという連絡が入っている。


 その際、何者かが認識阻害などでプリムに扮した可能性は否定出来ないが……泥竜ピュトンを捕らえた時点で、敵は認識阻害や封印などの手段を持ち合わせていないと、トゥレスたちは踏んでいた。


 そもそも、それが出来るなら、教皇や第一聖女アネストを監禁した時点で、彼らに成り代わって体制派のプロパガンダをしていたはずだ。


「あるいは、もしや私たちにそう思わせる為の欺瞞工作だったのだろうか……」


 トゥレスは口の端を歪めつつも、再度、戦場へと視線をやった――


 今回の会戦における体制派の布陣はシンプルで、神聖騎士団を前面に出して、そのすぐ後ろに回復・支援担当の大神殿に属する神官たちがいて、その周囲を体制派の貴族の私兵たる騎士団が守っているといった格好だ。


 となると、セオリー通りにその中央か最奥にいるはずなのだが……肝心の王女プリムだけが見つからないならともかく、王族を守る為に存在するはずの近衛騎士団までいないというのがいかにも不可解だ。


 今回の敵の布陣で唯一教科書通りでないとしたら、北の高地に陣取った黒服の神官たちぐらいで、実のところ、南の湖畔の敵側にも幾人か黒服連中がまだ控えているわけだが、その人数は高地に比べると圧倒的に少ない。


 もちろん、その数少ない黒服の中にも王女プリムは紛れ込んでいなかった。


「ところで……シエンはどうした?」


 トゥレスが女吸血鬼となった元エルフの同朋を気にかけると、


「全く問題ないそうです。敵も気づいてはいません」

「そうか。あの娘の能力なら気取られることはないと思うが……王女プリムがこうも見つからないとなると敵もさすがに侮れない。何にせよ、プリムがどこかに埋伏しているのは間違いないはずで、最悪の場合、我々の陣内に潜んでいるのやもしれん。シエンには特に気を付けるように伝えてほしい」

「はい。畏まりました」


 そう短く答えて、神聖騎士の格好をしたエルフは団員の中に紛れていった。


 トゥレスは「ふむん」と息をついてから、湖上にゆっくりと視線をやった。


 霧が晴れたことで水上に現れ出てきた船団に対して、我先にと蜥蜴人リザードマンや魚系の魔族たちが取りつこうとしている。


「敵も……愚かなことをしたものだな」


 と、トゥレスはさらにため息を続けた。これについてはトゥレスもパーンチと同意見だった――


 水上で島嶼国の者たちとやり合うなど自殺行為以外の何物でもない。一時的な足止めを狙ったのだとしても愚策に過ぎる。もちろん、その船上にも『千里眼』によって王女プリムや近衛騎士団が乗っていないことは確認済みだ。


「いっそ、船内に潜伏していて、蜥蜴人や魔族たちが見つけてくれると助かるのだが……」


 トゥレスはそう呟くと、もう一度だけ、ヒュスタトン高原を『影渡り』で駆けてみようかと考え直した。もしかしたら、まだ見落としがあるのかもしれない。


 そのときだった――


 いきなり爆発音が高原全体に響いたのだ。


 あまりの轟音にトゥレスですらも耳がキーンと鳴って、しばらく世界が全くの無音になったぐらいだ。


「いったい……何が起きた?」


 そう呟いて湖に視線をやると、爆発したのは体制派の船団で、文字通りに自爆のようだった。


 どうやら船には奴隷となった人工人間ホムンクルスを少数だけ乗せて、船に取りつかれた時点で起爆したらしい。


「敵は……そこまでするのか」


 これにはさすがにトゥレスも度肝を抜かれた。


 体制派の本気をまざまざと見せつけられたかのような気分だ。


 いや、これを本気と捉えるのは正気ではないだろう。むしろ、これこそ狂気に違いない。人を人とも思わない――いかにも天使が考えそうな卑劣な策だ。


 そもそも初手から自爆を選ぶなど、自軍の士気に大いに関わってくることなので、大局的によほど追い込まれている状況でない限り普通はやらない。それを体制派は大事な会戦のぶつかり合いでこれ見よがしにやってきた……


 おかげで蜥蜴人や魚系の魔族たちの部隊は半壊に追い込まれている。また、聖騎士団の足取りも相当に鈍くなった。先程の船団と同様に神聖騎士団の中にも自爆する者がいるのではないかと、半信半疑になって攻撃に躊躇いが生じてしまったのだ。


「これは荒れるかもしれないな」


 トゥレスは神聖騎士の影に潜みつつも、冷静に戦場を見渡した。


 そして、パーンチのもとに一気呵成に詰め寄る人物を見つけて、思わず「はっ」としたのだった。






 モンクのパーンチは、湖上での自爆に巻き込まれて吹っ飛んできた蜥蜴人リザードマンや魚系の魔族たちを横目で見つつも、


「これが……体制派のやり方だってのかよ」


 と、怒りで身を震わせていた。


 こんなのは戦いではない。ただの殺戮だ。


 人を駒としてしか見ていない、傲岸な独裁者の戦い方だ。あるいは戦場を数字上の駆け引きとしか捉えない、利己的な戦争屋のやり方だ――拳一つでタイマンを尊ぶパーンチが最も忌み嫌うものが眼前にはあった。


 さすがにパーンチとて、古き魔族のように戦場で誉れを求めるとまではいかないが、こんなふうにやられては、死んでも死にきれまい……


 が。


 直後だ。


 パーンチの左頬を鋭い何かが擦過した。


「ちい!」


 頬から鮮血が飛び散る。何かに突かれたのだ。


 それは雷を象った二股の槍だった。ロンギヌスと呼ばれる王国の聖遺物だ。


 眼前には、いつの間にか、いかにも騎士然とした尊大そうな男がいた。他の神聖騎士たちとは違って、この者だけはやたらと煌めく格好をしている。


 その者がパーンチを馬上から見下しながら言った。


「脇見とは余裕だな?」

「テメエは……」

「わざわざ紹介が必要かね? 私の名はハレンチ。王国の栄誉ある神聖騎士団にて団長を務めている。貴様は先ほど、反体制や体制など知ったことではないなどとほざいていたが……魔王の手下になった無知蒙昧な者なぞ、さっさとここで退場願おうか!」

「ふん。たしかにオレは無知だがよ……それ以前に、テメエに一つだけ聞きたい」

「何だね?」

「今の爆発はテメエの策か?」

「だとしたら――どうする?」


 卑屈な笑みを浮かべてみせるハレンチに対して、パーンチは「うおおお!」と右拳を天に突き出した。


「テメエの血は何色だああああ! ハレンチ! 覚悟しろやああああ!」



―――――



今話は全体的に遊び過ぎました。パロディ多めですね。苦手な方はすいません。


世紀末救世主伝説はご存じの方も多いかと思いますが、『北斗の拳』のこと。主人公のケンシロウは一子相伝の暗殺拳を継いでいます。作中の台詞には幾つか有名なものを引用しています。


そんな世界観に多大な影響を与えたのが映画『マッドマックス』。また、関係ありませんが、ポグバはマンチェスターユナイテッドのMF、オシメーンはナポリのFW、あとサンビロコンガとジャカはSBで使っちゃいけないと思います(2022年当時の欧州サッカーの話です)。

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