第247話 ヒュスタトン会戦 05
モンクのパーンチはただの戦闘狂だの、筋肉にしか興味を持てないだの、実は
そのことは人見知りのダークエルフの双子ことドゥがよく懐いていることからも分かるし、また憎まれっ子として名高い巨大蛸のクラーケンが惚れてしまったのも、パーンチの包容力やバランス感覚によるところが大きい。そう。決して殴りやすかったから好きになったわけではないのだ。本当だ。
まあ、そうは言っても、第六魔王国の男性となると、比較対象が執事のアジーンや近衛長のエークなど、性癖的に
それはさておき、ヒュスタトン会戦の両陣営が中央の草原でやっと正面からぶつかり合って、数時間が経った頃合いだろうか。霧もほどよく晴れてきて、高原には日の光がさんさんと下りてきた――
というのに、高原の南側にある湖畔では、世にも不思議な現象が起こっていた。
つい先ほどまで剣や槍や爪や魔術などでバチバチにやり合っていたはずの神聖騎士、聖騎士、
なじられていたのは――意外なことに、神聖騎士団長のハレンチ。
そして、そのハレンチから少し距離を置いたところには、満身創痍で
しかも、ハレンチは破廉恥にも顔を真っ赤にしつつ、さながら皆の前で愛の告白でもするかのように、「渡さん! 決して誰にも渡してなるものか! この男は――私のモノだあああ!」と喚いていた。
そんなハレンチに対して敵味方の区別なく、「ぶううう」とブーイングが浴びせられているのが南側の湖畔における現状だ。
というか、はてさて、この戦場ではろくなことしか起きないのだろうか……
ここでもまた少しだけ時間は遡る――
ヒュスタトン高原の中央で両陣営がぶつかり合ったとは言ったが、より正確には体制派の神聖騎士団は南にある湖畔側に戦力を集中させていた。いわゆる斜線陣である。
というのも、神聖騎士団長ハレンチは事前に黒服連中から
「ちい! あの黒服どもめ! なぜ、もう百腕巨人を起動させているのだ!」
会戦の端緒は聖騎士団と神聖騎士団のぶつかり合いだろうに……
と、ハレンチは北の高地に向けて罵声を投げつけた。
もっとも、黒服の研究者にしてみても、深い霧で視界は遮られているし、そもそも兵法の常道など知ったこっちゃないのは以前にも記した通りだ。
何にせよ、ハレンチは
北の高地付近に神聖騎士を置いておくと、百腕巨人の転倒に無駄に巻き込まれて被害が出るかもしれないので、まだ霧が立ち込めているのをいいことに、雁行の形を取りながら南の湖畔側に騎士たちをこっそりと移し始めたわけだ。
こうして霧も少しずつ薄まって、高原に日が下りるようになってくると――
まず、表情を歪めたのは、相対していた聖騎士団長モーレツだった。
「してやられた!」
何しろ、眼前にいるはずと思っていた敵の主力がごっそりといなくなっていたのだ。
いや、いなくなったと言うのは正確ではない。横陣から雁行の形態になって移動したので奥まった、もしくは薄くなったと言った方が正しいだろうか。
いずれにしても、南の湖畔側に敵戦力が集中したこともあって、モーレツはすぐさま二つの選択肢を迫られることになった――このまま敵の中央を攻め入って本陣たる王女プリムの部隊を探し出すか、もしくは多少の混乱を差し引いても湖畔側に増援を送り出すかだ。
「くそ! 敵の本隊の情報はまだもたらされていないのか?」
モーレツは叫ぶも、随伴している聖騎士たちは頭を横に振るばかりだ。
王女プリム、もしくは彼女に取り憑いている天使モノゲネースの捜索については、聖女パーティーの一員である狙撃手トゥレスが率先して行っている最中だ。
巴術士ジージの召喚した聖鳥の目をもってしても、深い霧のせいもあってどこに誰がいるのかまでは分からなかったので、地上で影の中を渡りながら、あるいは自身に認識阻害をかけて敵に紛れながら、今もトゥレスだけえなく、エルフたちや女吸血鬼となったシエンなどが目を血眼にして探している。
そもそも、ヒュスタトン高原に出張っている兵力差は倍以上あるので、反体制派からしたら王女プリムの本陣を見つけた時点で数の暴力で押し切れる算段だ。
「モーレツ団長! 如何いたしますか?」
「まだ動けぬ! 下手に動けば敵の思うツボだ。今は守りに徹せよ」
モーレツは部下たちにそう命じた。
もともと聖騎士団は聖盾を持った守りの部隊だ。出鼻を挫かれたといって、慌てるのは愚策に過ぎる。
それに今、聖騎士団が動いて、もし敵が中央突破出来るだけの戦力――たとえば百腕巨人のような隠し玉を有していたなら、逆に聖女クリーンのいる本丸に迫られる可能性だってある。
さらに言うと、王女プリムやその近衛騎士たちがいまだに見つからないというのもおかしい。何かの策を練ってきたと考えるべきだろう。こういうときに動揺して前線を動かすのは危険だ。
モーレツはそこまで慎重に考えて、眉間に皺を深く刻んだ。
「すまん。パーンチよ。貴殿の筋肉は決して無駄にはしないぞ」
と、敵の布陣が厚くなった湖畔側――そこに遊撃として参加している筋肉仲間のパーンチのことを思いつつも、モーレツは中央高原で聖盾をドンと構えて、敵の侵攻に備えたわけだ。
もっとも、もしこのときモーレツが勇ましくも突撃を命じていたならば、ヒュスタトン会戦の結末は大きく様変わりしていたかもしれないのだが……
その頃、モンクのパーンチは右拳を左掌にパンっとぶつけてみせた。
「やっぱ。そうこなくちゃな! これこそが戦いってもんだぜ!」
霧が薄まって、視界がやっと明けてきたと思ったら、想像以上に分厚い神聖騎士団の戦力が眼前にいた。さらに湖上にも幾つか船団が見え始める。
が。
「いやいや、それは悪手だろうが……」
パーンチは船影を見て、「はあ」とため息をついた。
今、この南端の湖畔にいるのは遊撃となったパーンチと、聖騎士団の中隊、それに島嶼国から来た
とはいえ、三度の飯より戦闘が好きだと豪語するパーンチからしてみても、湖上や湖畔上で蜥蜴人や魚系の魔族と戦いたいとは思わない。
それに、実際に戦ってもろくに勝負にならないのは子供でも理解出来る話だ。それだけ種族特性と地形効果が戦いに及ぼす影響は絶大だと言っていい――
光系の『聖なる雨』が降った後では亡者の力は半減するし、炎系の地形効果が出来上がった場所では虫系の
ちなみに余談だが、そんな特性や効果を無視して、マン島の戦士たちが船を出してまでやり合っていたのだから、それだけでも頭のネジが数本外れていたと言われてもおかしくない話だし、マン島の
それはさておき、どうやら敵はマン島の戦士たち以上に頭がおかしいのか、はたまた子供以下の知能しか持ち合わせていないのか、水上での戦いにわざわざ貴重な戦力を割いてきたようだ。
もしかしたら蜥蜴人や魚系の魔族を一時的にでも湖上や湖畔上に釘付けにする為の策なのかもしれないが……
「まあ、どのみち愚策だ。へへ。悪いな。ヘーロスやモーレツの旦那。
パーンチはそう呟くと、先陣を切って、たった一人で神聖騎士団と対峙した。
「オレの名前はパーンチ! 聖女パーティーに所属するモンクだ! 反体制とか体制とか、知ったこっちゃねえが、この戦場でオレに一発ぶん殴られたい奴からさっさと前に出てきな!」
こうしてヒュスタトン会戦における
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