第246話 ヒュスタトン会戦 04

 後世の歴史家はヒュスタトン会戦の緒戦について長らく研究してきた――


 そもそも、戦場となったヒュスタトン高原が雨後の濃霧によって視界を閉ざされていたが為に、中央の草原ではなく、北の高地にて体制派の奴隷兵と反体制派を支援していた魔族たちが遭遇したことをきっかけにして会戦が始まったというのがこれまでの主流な解釈だった。


 だが、歴史家はとある文献の中にヒュスタトン会戦との類似性を見出していた。


 その文献とは、ヒュスタトン会戦後に世界で最も普及した合一神教・・・・の根本聖典だ。


 というのも、そこに記されていた創世神話には、宗教にありがちなモチーフとして『破壊と再生』が描かれていたわけだが……それがヒュスタトン会戦の遭遇戦と酷似していたのだ。


 もっとも、そんな分かりやすい『破壊と再生』といったエピソードがなぜ長らく現実のものではないと切り離されて、あくまでも神話として語り継がれてきたのか。


 その理由を探るべく、もう少しだけ北の高地に視線を向けたい――






 妖精ラナンシーはドン引きしていた……


 マン島の戦士長ハダッカや配下の戦士たちですら眼前の出来事に唖然としていた……


「ぐあああ! 腕がもげたあああ!」

「ほれ。くっつけよ。その程度、唾でもつけておけば勝手に治るもんじゃて」

「あ! 本当だ! くっついた。さすがは究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神様のご加護ですね」

「いいか。者ども! ここで散れ! 崇高なる使命を果たせ! それこそが現人神セロ様を崇拝する我ら信徒のあるべき生き方じゃ!」

「「「うおおおおおおお!」」」


 ……

 …………

 ……………………


 人工人間ホムンクルスたちがミンチになって、その肉片が勝手に集まって不気味な百腕巨人ヘカトンケイルへと変じていったのも大概だと思ったものだが……


 ラナンシーたちを支援するべく北の高地に颯爽と現れた、巴術士ジージ率いる魔導部隊もそれに負けず劣らずまあひどいものだった。実際に、首が跳ね飛ばされようとも、腕がもがれようとも、百腕巨人に踏み潰されて肉体が欠片も残らずとも、


「あれ? 生きている? よっしゃあああ! 死ねやあああああ!」


 と、その全身がぴろりーんと光り輝くと、亡者よりもえげつない再生能力によってまるで残機が一機だけ減ったかのような感覚でまた敵に向かっていくのだ。


 しかも、魔導部隊だから本来は遠距離による魔術・法術支援が中心のはずなのに、全員が光系の聖属性を付与した杖を片手に持って、巨人の百腕にしがみついてその肉塊を上っていくと、頭上で「オラオラオラオラアアア!」とタコ殴りにしている有様だ……


 とはいえ、ただ考えなしに殴っているわけではない。


「よいか。肉片になって地に一度落ちたらそれをアイテム袋か棺の中に収めるのじゃ! 収めたものはそこにいる巨大ゴーレムに手渡していけ!」


 巴術士ジージがそう声を上げると、いつの間にか北の高地に到着していた巨大ゴーレムこと『かかしストライク』と『かかしイージス』がいかにも「こっちです」と言わんばかりに片手をぶんぶんと振った。


 もちろん、ダークエルフの双子のドゥとディンが乗っているのだが、二人とも最初はやっと戦場で暴れられるのかなと思っていたら、人造人間フランケンシュタインエメスから指示されたのは百腕巨人の回収だった……


 これにはさすがにドゥも「ぶう」と両頬を可愛らしく膨らませてエメスに抗議しかけたわけだが、実際に強襲機動特装艦かかしエターナルから出撃して北の高地に降り立ってみると、


「…………」

「…………」


 二人とも、あまりに凄惨な戦いに絶句するしかなかった……


 ドゥにしては珍しく、「用事が……」などと言って勝手に帰りかけたものだから、ディンが羽交い締めにしたくらいである。


 もっとも、今となってはそんなディンも、かかしイージスを自動操縦モードにして降りて、少し離れた場所で妖精ラナンシーと一緒に現実逃避の為のピクニックもといお茶会で呑気に紅茶をすすっている有様だ。


「ラナンシー様。こちらのジャスミン茶は如何ですか?」

「ほう。独特な味わいだね。王国のものかい?」

「はい。最近、ルーシー様が好んで飲んでいたものになります。気持ちを落ち着かせる作用があるのだとか」

「ふむん。あの鉄仮面が如き姉上様が平静でいられなくなるって……そんなに恋っていうのは難しい戦いなのかね?」

「それでしたら、こちらに女豹の会のパンフレットをお持ちしました。どのみちラナンシー様も第六魔王国にお戻りになられるのでしたら、今のうちに入会なさっては如何ですか?」

「どれどれ? へえ。女同士の熱き戦いか……なるほど。おっと、第一回のチャンピオンがお姉様なのか。これは血潮がたぎってくるじゃないか。面白そうだね。いいよ、参加するよ」


 と、まあ、別の大戦・・・・予兆フラグを示しつつも、少しずつ霧が晴れていく中で二人は優雅に高原中央の方に視線をやった。


「どうやら聖騎士団と神聖騎士団がやっとぶつかり合うようですね」


 ディンがそう言うと、ラナンシーも首肯した。


「ああ。百腕巨人がここから転がり落ちたら、どちらにも被害が出たはずだからね。様子見も終わったってことだろ。あたしもあっちに参加したかったね」

「今から赴かれてはどうですか?」

「そうしたいのは山々だが、エメス様から百腕巨人……というか爺さんの部隊のフォローを任されたからね。あの集団がさらに可笑しなことをやり始めたら一応は止めなきゃいけないわけだし、何より北の高地に陣取っているはずの神殿の黒服連中もまだ全員は捕まえていないしね」

「では、まだしばらくの間は――」

「ああ、ここからは動けないね。茶でも飲んでまったりとするさ」


 こうして北の高地での緒戦はとてもではないが、描写するには非現実的かつグロテスクに過ぎる経緯で終わったのだった。


 後世の歴史家も、宗教的プロパガンダの為の『破壊と再生』の神話とはいえ、さすがにこれは盛り過ぎだろうとして無視したのは仕方なかったことだろう……


 何にしても、ヒュスタトン会戦はやっと本戦とも言える中央での戦いに移ったのであった。



―――――



明けましておめでとうございます。どうやら昨日、正月ボケをかましていたみたいで、月曜なのに更新していたようです。基本的には今年も変わらずに、火、木、土曜に更新していきますのでよろしくお願いいたします(急な書籍化作業などでお休みすることはあるかもしれません)。

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