第245話 ヒュスタトン会戦 03

「少しだけよろしいでしょうか。良いニュースと、悪いニュースがそれぞれ一つずつあります。終了オーバー


 巴術士ジージはモノリスの試作機を右手に握り締めながら、つい「ごくり」と喉もとを鳴らした。


 人造人間フランケンシュタインエメスとはまだ短い付き合いながらも、その人となりはある程度は分かっているつもりだ。


 元人族の若き研究者でありながら、古の技術によって人造人間となって、さらに呪いで魔族に転じた女性――その性格はもとからなのか、苛烈かつ残忍で、性癖的にあれな者たちに対して拷問という名の実験を日々欠かさずに繰り返している。


 そういう意味ではとても勤勉で、実直で、何より生真面目であって、つまらない冗談はもちろん、嘘なども決してつかない。だからこそ、ジージはエメスのことを第六魔王国で最も信頼が置ける人物とみなしていた。


 そんなエメスが悪いとまで言い切ったのだから、よほどひどい情報ニュースなのだろう。しかも、このタイミングで伝えてきたということは、北の高地での遭遇戦にまつわる話に違いない――


「はて、エメス様。もったいぶる必要性はありません。悪いニュースからお教えくだされ」

「分かりました。それでは説明いたしましょう。現在の戦況については、ヒュスタトン高原上に滞空させている強襲機動特装艦『かかしエターナル』の対象自動読取装置セロシステムにて逐一確認しているところです。さて、高台にいる人工人間ホムンクルスの部隊についてですが、あれは現在の反体制派の戦力で抗し切れるものではありません」

「は? 何……ですと?」


 ジージはさすがに眉間に皺を寄せた。


 今回の会戦の戦力差は優に倍以上もある。極端なことを言ってしまえば、敵の半数以上――五万人強の騎士たちの戦力がまだ手つかずで待機しているわけだ。


 だが、エメスに言わせると、それらを全て差し向けたとしても、高台の人工人間部隊は抑えられないほど強大らしい……


 にわかには信じられない話だが、エメスの分析に間違いはないはずだし、あえて話を盛るような性格でもない。それだけにジージでも理解が覚束なかったわけだが、エメスも実務家らしく、すぐにその意味するところを示唆してきた。


「あの部隊を倒せる当てがあるとしたら、唯一、高潔の元勇者ノーブルだけですが、彼はまだヒュスタトン高原には到着出来ておりません」

「お待ちくだされ。はてさて……ノーブルのみが通用するということは……あの人工人間たちはまさか?」

「ええ。そのまさかです。終了オーバー


 ジージはそこまで聞いて、珍しく慌てつつも、召喚していた聖鳥の目をまた借りた――






「弱い……話にならんな」


 妖精ラナンシーは「ふん」と鼻を鳴らした。


 人造人間ホムンクルスたちは高地から下ってくる勢いだけで、当初は圧されかけたが、結局のところ全くもって話にならなかった。


 そもそも、マン島の戦士たちは王国から謂れもなく追放された騎士や冒険者たちの集まりだ。それが元聖騎士副団長だったハダッカの尚武スパルタによって鍛え上げられ、今では鋼の肉体を手に入れている。


 しかも、相手が人工人間だろうが、魔族だろうが、これまで揺れる船上で戦ってきたことに比べれば、陸地での戦闘など造作もないことだった。


 さらに、相手は人族としての理性をほとんど失って、呪いによって魔族に反転したばかりの人工人間たち――歴戦の屈強な戦士たちの相手になるはずもなかった。


「うーん……でも、おかしいな。これほどまでに手応えがないとは……」


 ラナンシーは船のオールに似た槍を振り回しながら、転げ落ちるように迫ってきた人工人間たちをぶっ飛ばすと、「ふむん」と一つだけ息をついた。


 先ほどまで感じていた禍々しい魔力マナはずいぶんと薄れていた。今となっては人工人間たちの数も減って、残りかすみたいな魔力の感覚しかない……


「まあ、いっかあ……このまま殲滅してから、いっそ高地を反転して神聖騎士団の後方にでも突っこもうかなー」


 ラナンシーがそんなことをこぼすと、すぐ近くにいた戦士長ハダッカが声を張り上げた。


「お頭! やっぱりおかしいですぜ!」

「だよなー。何か気づいたか?」

「こいつら、魔核がない!」


 たしかにラナンシーもそれは気にかかっていた。


 とはいえ、呪いで反転直後ということもあって、魔核が不安定なだけじゃないかと高を括っていた。


 当然のことながら、魔族を倒すには魔核を潰さなくてはならない。だから、ラナンシーも櫂で人造人間の全身を砕くかのようにしてぶっ倒してきた。


 人族から反転したばかりだから心臓部あたりだろうと当たりをつけてはいたが、いちいち確認するのも面倒くさかったので、とりあえず全身をミンチにしてやったわけだ。


 すると、マン島の戦士たちが顔をしかめながら呟き始めた。


「こいつら……死んじゃいねえ」

「吹っ飛んだ片手が蠢いていやがる」

「魔核を潰さないと、魔族ってこんなふうになったっけか?」

「ならねえよ。何かがおかしい。ていうか、もしかして……こいつらって――」


 そうだ。この手応えは――


 ラナンシーも事ここに至ってやっと確信した。こいつらは亡者・・だ、と。


 この人工人間たちはむしろ生ける屍リビングデッドに近い――亡者は基本的に地上に召喚されるものなので倒せばすぐに消えるはずだが、片手だけになっても蠢いていることから察するに、おそらく人族と魔族と亡者の間の子あいのこみたいな存在なのかもしれない。


 いずれにしても、亡者は魔核を持たず、相手をするとなると対抗手段は限られてくる。少なくとも、ラナンシーは残念ながらその手立てを持っていない。


「お前たち! 光系の聖属性か炎属性の攻撃が出来る奴だけ前に出な!」


 ラナンシーは咄嗟に声をかけた。


 とはいえ、実のところ亡者はとても弱い。弱点が多いからだ。実際に太陽の光が降り注ぐ場所では活動出来ない上に、聖水や銀器などに触れるとすぐ焼け消える。


 だが、今のヒュスタトン高原はあいにく雨が上がったばかりで霧が立ち込めているような状況で、それに加えてラナンシーたちは聖職者ではないので聖水などいちいち持ち歩いてもいない。


 あとは聖なる攻撃を当て続けることになるわけだが……


「こいつら……ミンチにされた肉片がどんどんくっ付いていきやがる!」


 ラナンシーは青ざめるしかなかった。いつの間にか、深い霧の中に隠れるようにして、倒したはずの人工人間たちの肉片が一個の塊となって変化していたのだ。


 もちろん、ラナンシーはそのグロテスクさに怯えたわけではない。ラナンシーとて醜悪なものはそれなりに見慣れている。むしろ、ラナンシーが震えたのは、その肉塊が百腕巨人ヘカトンケイルにも似た怪物にまで成長したからだった。


「お頭……どうする? こりゃあマズいですぜ」


 戦士長ハダッカはそう言いつつも、ラナンシーの前に立って庇った。


 元聖騎士なので光系の攻撃は出来る。だが、そうはいってもマン島の戦士たち全員が聖騎士だったわけではない……


 一方で、今となっては百腕巨人ヘカトンケイルはラナンシーよりも遥かに強大な魔力マナをみなぎらせて、聖なる攻撃以外は受け付けない巨大な肉壁となって、高地からごろんと転がり落ちようとしていた――


「こんちくしょうが! あたいらがここでこいつを食い止めないと、聖騎士団の前線が崩壊しちまうよ!」


 ラナンシーは悪態をつくしかなかった。このとき、さすがのラナンシーも、その人生で最大の焦燥に駆られたのだった。






 一方で、巴術士ジージは「ふう」と小さく息をついた。


 果たしてジージの魔術や法術でどこまであの怪物に通用するだろうか――しばし検討する時間が必要だった。もっとも、手もとにある魔力マナ回復薬だけではやはり心もとない。


 というよりも、魔導部隊と連携して何とか抑えられるかもしれないといったところか――それでも倒すのは難しい。あれほどまで巨大になった亡者の肉壁を削り切るには、たしかに人造人間フランケンシュタインエメスが言った通り、元勇者ノーブルの物理的かつ直接的な力こそ必要だ。


 おそらくノーブルの宙を埋め尽くすほどの『聖槍』と十八番おはこの連撃ならば一気呵成に倒せる可能性は高い。


「何にせよ、彼奴らは魔族を味方にしているわしらにとって、相性的に最悪の敵を用意したわけじゃな。はん。やりおるわ」


 そう判断して、ジージは初めて聖鳥をヒュスタトン高原の外にまで飛ばした。果たして今、ノーブルがどこまで来ているのか、すぐにでも確認したかったからだ。


 だが、霧がかかってよく分からない上に、少なくともノーブルの発する魔力マナは高原の近くにいるようには見えなかった。


「くっ……まだ王都ということかのう」

「ん。こほん」


 すると、そのタイミングでエメスがわざとらしく咳払いをした。


「おや、通話中に色々と失礼しました。エメス様」

「いえ、構いません。ところで、唐突ではありますが、ぱんぱかぱーん――」


 エメスはそこで言葉を切ると、ぱち、ぱち、ぱち、と長閑な拍手をした。


 これにはさすがのジージも面喰った。この状況で拍手とはいったい何事かとつい表情を険しくしたほどだ。とはいえ、すぐにジージも「そういえば――」と、顎鬚に手をやってふいに思い出した。


「良いニュースの方をまだ聞いておりませんでしたな」


 戦況を確認した今となっては良いニュースなど聞いていられる余裕もなかったが、ジージは仕方なくエメスに付き合うことにした。


「はい。まずはおめでとうございます」

「……ええと、何がですかな?」

「セロ様がついに例の件・・・をお認めになったのです。終了オーバー


 その瞬間、長い沈黙が下りた。


 それからジージはくつくつと腹の底から込み上げる笑いを止められそうにないと気づき、自身にわざわざ『冷静カーム』の法術までかけた。


「まさか、まさか……まさかまさかまさかまさかまさか!」

「そのまさかです。本日二度目ですね」

「では! 西の魔族領に信者たちを入植させて、第七魔王の不死王リッチが暮らしていた墳丘墓を究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教の総本山として作り直す計画にゴーサインが出たわけなのですなあああああ!」

「ええ。やっと貴殿の努力が報われました。終了オーバー


 いつもは淡々とした冷たいエメスの声音が、このときばかりは不思議と慈悲深い女神のそれに聞こえた。


 ちなみに、セロはそんな怪しげな総本山にゴーサインを出したわけではない……


 ジージの提出していた計画書は墳丘墓をいかにも胡散臭い新興宗教の建物へとリフォームするという内容だったので、それではセロもさすがに頭を縦に振らないだろうとエメスがフォローしてくれて、一風変わった宗教的スピリチュアル温泉宿泊施設パワースポットに変更されている。


 だから、セロも東に砂風呂や岩盤浴の施設を建てるのだから、西にも泥風呂があってもいいかな程度の認識でオーケーを出してしまった次第だ。


 それはさておき、ここで一応ジージが率いる魔導部隊について触れたい――


 この部隊には当然のことながら魔術師たちが多く在籍している。もちろん、ジージも伊達に百年近く魔術師協会の重鎮をしていたわけではない。彼らのほとんどはジージの薫陶を受けた魔術師の弟子や孫弟子やひ孫弟子であって、ジージがセロを崇拝しているように、ジージのことを魔術の神様のように尊敬している。


 となると、今回の良いニュースとやらを触媒として、どのような化学反応が起こってしまうのかと言うと――


「皆の者! 喜ぶのじゃ! ついに我らが究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神が究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教の究極至高完全合一聖魔絶対超越大聖堂建立のみことのりをお出しになられたぞ!」

「「「うおおおおおおおお!」」」


 こうして魔導部隊全員にセロの『救い手オーリオール』が無駄・・にかかってしまった。


 とかく、狂信者ほど厄介な者たちもいない。これにて、どれだけ火系や光系の攻撃を繰り出しても、勝手に魔力マナが回復していくという意味不明かつ頭の可笑しい部隊が誕生したわけだ……


 直後、エメスが見計らったかのようにモノリスの試作機を通じてジージに話を切り出す。


「そうそう、一つだけ、お願いがあります」

「何ですかな? 今ならこの魔導部隊だけで体制派全てを討伐せよと命じられても、あるいは冥界を支配せよと言われても、何でも出来ますぞ!」

「それは頼もしい限りです。いや、なに、大したことではないのです。そこの高地に転がっている巨大な肉塊ヘカトンケイルをサンプルとして捕えてほしいのです」


 そんな無謀なはずのお願いに対して、ジージはこともなげに言ってのけた。


「他愛もないことですな。セロ様の祝福を受けた我が魔導部隊。戦場の一番槍を果たしましょうぞ」

「それではよろしくお願いいたします。終了オーバー


 こうして話はヒュスタトン会戦の物語の冒頭に繋がっていくのだった――



―――――



エメス「ふふ……ちょろいですね。終了オーバー

セロ(何だかエメスが魔王みたいな顔つきをしているなー)


ていうか、この大陸って温泉宿泊施設しかないのでは……

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