第244話 ヒュスタトン会戦 02

 真祖直系吸血鬼の三女、妖精ラナンシーはうずうずとしていた。


 これほどの会戦はラナンシーでも初めての経験だ。島嶼国にいたときにも大きな戦いはあるにはあったが、所詮は大陸の果ての三竦みの睨み合いに過ぎなかったし、そもそも全てが海戦だった。


 ラナンシーは妖精とはいえ、種としては吸血鬼なので海中では上手く動けなかったから、海賊の真似事をして船を出していたわけだが、そのせいもあってかずっと鬱憤が溜まっていた。


 だから、今回の会戦で広い陸地で暴れられることが素直にうれしかったし、戦いの規模の大きさにも興奮していたし、何よりラナンシーにとってはどうしても武功を焦る必要性もあった――


「何なら、あたい一人で王国の神聖騎士団とやらを制圧して、ルーシー姉上様やリリンの姉御に手土産の一つでも持って帰らないと……」


 長らく家出したことによる叱責を免れ得ないかもしれない……


 ラナンシーはそんなふうに考えて、無意識のうちに額からつうと冷や汗を流していた。


 もっとも、ラナンシーからすれば、ルーシーに匹敵する力を得ようと武者修行に出たつもりでいた。それがどこをどういうふうに誤解されたのか――なぜか男漁りのぶらり旅をしていると、実家には認識されていた……


 もちろん、その誤解は手渡されたモノリスの試作機を通じて何とか懸命に解いたのだが、そのときのルーシーはセロにプロポーズをされる直前でちょうどナーバスになっていた時期でもあったので、


「久しぶりだな。いったい、何の用だ? ラナンシーよ」

「お姉様、本当にお久しぶりでございます」

「うむ。元気そうで何よりだ」

「それより聞いてください! あたいは男漁りの旅に出ていたわけじゃないんです。これは武者修行の一環なのです」

「ふむ。それで良い武者おとこは見つけたのか?」

「い、いや、まあ……あたいを高めてくれる強者とはまだ出会えていません」

「何にせよ、恋はいいものだぞ」

「ほえ? ええと……はあ、そうなのですか」

「お前も早く、武者おとこと出会って落ち着くとよい」


 こんなふうにルーシーとは要領を得ない会話を交わして終わってしまった。


 ルーシーとしては実直な長女らしく、母親の真祖カミラに代わって、末妹が元気ならばそれでよし程度にしか思っていなかったわけだが、その一方でラナンシーはというと、当然のことながらまだ誤解されたままだと捉えてしまった。まさに母の心、子知らず――いや、この場合は姉の心、末妹知らずか。


 そんなこんなでラナンシーは何がなんでも武功を立てて、武者修行は無駄ではなかったと示したかったわけだ。


 とはいえ、今の第六魔王国はすでに吸血鬼の治める国ではなく、愚者セロが統治しているので、たとえラナンシーが帰国しても、そのセロから必ずしも怒られるとは限らないのだが……ラナンシーはまだセロに直接会っていないのでその人物像がいまいち分からない。


 もしかしたら、母たる真祖カミラや長女ルーシーよりもよっぽど厳格かもしれず、男漁りなどと誤解されたままなら、それこそ第六魔王国名物・・の拷問とやらが待ち受けているかもしれない……


 ためしにヒュスタトン高原への道中、ラナンシーがセロについて第二聖女クリーンに尋ねるも――


「まさに魔神の如きお方です」


 と、遠い目をして短く答えるだけだった。


 王国の聖女にとまで例えられるってヤバくない? と、ラナンシーはドン引いたわけだが、新たな友人となった女聖騎士キャトルからは、


「魔神だなんてとんでもない。とてもやさしくてお強い方ですよ」


 そんなごくごく普通のコメントをもらって、「ふむん」とラナンシーもいったん評価を保留した。


 母たる真祖カミラのように畏怖されるほどの威圧感プレッシャーは持っていないのかなと考え直したわけだが、その後に強襲機動特装艦『かかしエターナル』の艦上で会った高潔の元勇者ノーブルが、


「私など足もとにも及ばなかった。セロ殿こそ圧倒的な強者だな」


 と評するのを聞いて、ラナンシーはいかにも魔族らしく胸を躍らせた。


 それほどの強者と姉のルーシーは結ばれたのかと無邪気に喜んだわけだが、一方でそのノーブルに匹敵するほど強そうな妖怪爺もとい巴術士ジージにためしに確認するやいなや、ラナンシーは艦内の一室に強引に拉致監禁させられて――


「ほう。究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教に入信したいのじゃな。ふむふむ。魔族のわりになかなか殊勝な心掛けじゃ。それではお主にまずこの聖典を渡そう。そこにはこの世界の救世主セロ様がどのようにして第六魔王国を治めるに至ったかについて記されている。もちろん、わしの手による書物じゃ。いわばセロ様への溢れる想いを徒然なるままに綴った日記……じゃなかった、新世界の成立についての正鵠な記述ノンフィクションというものじゃな。分厚い辞書十冊分ぐらいはあるが、それを明日までに覚えるのじゃ。なあに難しいことではない。セロ様への尊敬の念を持っていれば読まずとも覚えられる。何? 覚えられる自信がないだと? はは。謙遜するな。明日までに生きていれば自然と頭に入っているものだ。赤子が呼吸を覚えるのに理屈などいらんじゃろ? それと同じじゃ。覚えられん方がどうかしとる。まあ、そうは言っても体調が悪いとか、何かしら読めない事情があったとか、そういう場合も安心せい。人造人間フランケンシュタインエメス様の考案した強制学習機巧かかしユニコーンのサイコフレームによって脳に強引に介入して――」


 事ここに至って、ラナンシーはセロとは触れてはいけない存在アンタッチャブルなのだと十全に理解した。


 だからこそ、ラナンシーはやはりどうしても武功にこだわりたかった。セロはまあともかくとして、その周囲に何かしらでもいちゃもんをつけられたら終わりだと感じたのだ。もちろん、その理解は極めて正しい。


 さて、そんなラナンシーはというと、元聖騎士のハダッカが率いるマン島の海賊たちを引き連れて、高地に急襲を仕掛けていた。


 当然のことながら、ハダッカはこの戦場にいるどの聖騎士や神聖騎士たちよりも百戦錬磨の戦士だったし、ラナンシーも大きな会戦の経験こそなかったがやはり戦闘経験値の高い魔族だった。


 だから、目先の高地で起こった禍々しい魔力マナの増大も、その後に生じた凶悪そのものと言っていい雄叫びも、一種のパフォーマンスに違いないと認識していた――兵力差に劣る体制派が高地に反体制派を誘き寄せることで、こちらの兵力を削ごうとしていると真っ当に考えたわけだ。


 逆に言うと、ラナンシーも、ハダッカも、あえてその誘いに乗じることで敵の出鼻を砕くつもりでいた。


 が。


 霧深い高地から、ド、ドド、ゴゴゴゴ、と――怒号のような足音が響いた。


 高地から下る勢いそのままに人工人間ホムンクルスたちが狂ったかのように襲い掛かってきたのだ。


「マズい! 頭領! 嵌められた!」


 ハダッカが女海賊の頭だったラナンシーに呼び掛けるも、


「構わん! 迎え撃つ! ここで奴らを抑えなきゃ、どのみちヘーロスやモーレツたち前線の脇腹を抉られるだけだ。いいか、者ども――覚悟しな! マン島の戦士の恐ろしさを見せつけてやるんだよ!」


 ラナンシーがそう叫ぶと、マン島の戦士たちもさすがに尚武スパルタで知られているだけあって「おうっ!」と声を荒げた。


 ここに後年、ヒュスタトン会戦として大陸の歴史に残る決戦の火蓋が――なぜか北の端である山地にて切られたのだった。






 繰り返してくどいようだが、巴術士ジージは御年百二十歳、参謀役に相応しい落ち着きと威厳があって、今さら戦場で手柄を立てようなどと一番槍を目指すタイプではない。


 とはいえ、そんなジージでも焦るときはある。


 今も、ジージは長い顎鬚に手をやりつつも、「ふむう」と呻っていた。


 召喚した聖鳥の目でもって北の高地を偵察すると、よりにもよってラナンシーとマン島の戦士たちが押されていたのだ。


 ジージからすれば、ラナンシーやハダッカと同じ考えで、わざわざ離間の策を弄してきた敵を逆に急襲出来るはずだと考えていたから、この事態には表情を険しくするしかなかった。


「敵に潜んでいる天使とやらによほどの策略家がいるということかの……」


 もちろん、そんな者は全くもって微塵も欠片もいないのだが、何にしてもジージはどのように手を打つべきかと考えあぐねていた。


 こういうときこそ冷静さを失ってはいけない。慎重に何事も進めるべきだ。そもそも、戦力差は歴然――真っ当にぶつかり合えば負けることなどないのだ。


 そのときだ。


 ジージが懐に忍ばせていたモノリスの試作機が急にぶるぶると振動した。


「ふむ。こんなときにいったい誰じゃろうか」


 ジージがモノリスの試作機を手に取ると、淡々と無機質な声音が流れてきた。


「少しだけよろしいでしょうか。良いニュースと、悪いニュースがそれぞれ一つずつあります。終了オーバー


 このときにこそ、ジージの運命――いや、より正確には魔導部隊に属する全員の人生のわだちの行き先が決まってしまったと言ってもいい。


 もちろん、その進路を決定づけたのは人造人間フランケンシュタインエメスだった。



―――――



早速、シークレットゲスト一人目の登場です。さほど意外性はないので、SRシークレットといったところです。

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