第239話(追補) 転生したら吸血鬼だった件

 はじめまして、私はシエンと申します。


 少し前までは亜人族のエルフでしたが、今は魔族の吸血鬼となりました。


 正直なところ、現在でもなぜ自分が吸血鬼になったのか、あまりよくは覚えていません……


 あの頃はたしか、北の魔族領にある魔王国から宣戦布告を受けたということで、夜半に森の中で仲間たち数人と立哨警戒の任務に当たっていたはずでした――


「相手は今、飛ぶ鳥を落とす勢いの第六魔王国だそうよ」


 私の姉であるミルとそんな会話で盛り上がったのはよく覚えています。


「たしか竜の住処と虫の巣窟を手に入れたばかりなのよね?」

「そうよ。真祖カミラに代わって、セロとかいう吸血鬼・・・が立ってから半年も経っていないのに、次々と戦争を吹っ掛けて領土を広げて強大になっているらしいわ」

「じゃあ、そのセロってのが相当に好戦的でヤバいのかしら? どんなおぞましい魔族なの?」


 私がそう尋ねるも、ミル姉さんは「うーん」と首を傾げました。


 そもそも、私たちエルフは森の外の出来事にさほど興味を持ちません……


 以前は人族や火の国のドワーフたちと協力して、天使アバドンが狂った後の帝国に攻め込んだこともあったわけですが……その際の敗北が尾を引いてしまったのか、以来ずっと鎖国政策を敷いてきました。


 だから、このときは私もまだセロ――いえ、今はもうセロ様とお呼びしないといけませんが――そんな魔王様を野蛮な戦闘狂の吸血鬼なのだと勘違いしていたほどでした。


「はあ……ドス様も本当に困ったものだわ」


 すると、ミル姉さんがため息混じりに愚痴をこぼしました。


「もしかして、ドス様がまた何かやらかしたの?」


 私は声を潜めて尋ねます。さすがにエルフの森の現王を非難するような会話は他に聞かれたくはありません。


 ちなみに、エルフが全員、現王のドス様――ああ、本当にややこしい、今となってはもう大罪人ドスですね――で、全員がそのドスの糞野郎に大人しく付き従っていたかというと、そういうわけでもないのです。


 そもそも、ファッキン・ドスは私たちエルフの上に立つには少々品に欠ける人物で、気位ばかり強いわりに癇癪持ちでしたし、何だか裏でこそこそと皆に隠れてやっていたこともあって、少なくとも褒められた統治者ではありませんでした。


 だから、私がまーたドスがやらかしたのかといったニュアンスでミル姉さんに問うと、


「どうやら第六魔王国に使者を送って刺激したそうなのよ」

「え? じゃあ、魔王国は意味もなく、魔族の戦い好きの習性で宣戦布告してきたというわけじゃなくて、わざわざこっちから焚きつけてしまったってこと?」

「しかも、その使者として大罪人トゥレスを送ったらしいわ」


 もちろん、今となってはトゥレス様の名誉も回復されています。


 しかしながら、そのときはまだトゥレス様と言えば、長兄ウーノ様を弑した咎人とがびととして、名前を口に出すのもはばかれるほどの人物でした。


「何でそんなことを! ブルシット!」


 私はつい大声で罵ってしまって、すぐに両手で口を塞ぎました。


 弁解するつもりはありませんが、私に限らず、エルフの口の悪さはこの森の閉塞性の弊害だったりします……本当ですよ、はい。


 それはともかく、私たちエルフは森外のことについて関心を失って久しいわけですが、それでも毎年、竜たちに嫌がらせを受けたり、産卵期で気の立っている有翼ハーピー族から爪でつつかれたり、さらには砂漠の虫たちなども食料を求めて森に入って来たりと、それなりに刺激のある生活をしてきました。


 だから、全く外界から断たれていたというわけでもなく、特に新年になると侵攻してくる竜には手を焼いていたこともあって、その親玉たる邪竜ファフニールを手懐けた第六魔王国をよりにもよって刺激するなど、まさに狂気の沙汰にしか思えませんでした。


「ヨ! メーン。ドスはマジでマザーファッカー!」


 ミル姉さんがどこぞのラッパーみたいに口汚く言うと、私もついノリノリでライムを削りました。


「まるでド阿呆なペテン師フッカー、ドスはガチでまさに却下」


 そんなふうにして夜通しライムでバトルしていたわけですが、私たちをきっかけに森のそこかしこでドスがディスられ始めたせいか、夜も遅いというのにドス本人から声明が届く事態になりました――


 曰く、私たちエルフには空竜ジズ様の加護がある。ゆえに魔王国には決して負けない。そもそもエルフは大陸最強の種族であって、その実力を今こそ天地に知らしめるべきだ、と。


 今、考えると、これはただの詭弁であって、よくもまあ私自身も納得出来たものだと思うわけですが……


 結局のところ、当時の私たちは口八百のタレントによる新興宗教にどっぷりと嵌って、そのサロンに囲い込まれた忠実な信者みたいな状況で、捕まっていないだけの詐欺師ドスを容易に信用していた愚か者だったわけです。


 返す返すも、当時の私を助走つけてぶん殴ってやりたいぐらいです。


 さて、こうして翌日も、翌々日も、私とミルは深夜番ということで森の中で立哨していたわけですが、ふいに夜空を見上げると、そこには新たな月かと見紛うほどに大きな異物が浮かんでいることに気づきました。


 そうです。第六魔王国の浮遊城がついにやって来たのです。


 当然のことながら、私たちは東の魔族領に攻め入った浮遊城の情報など持っていなかったので、吸血鬼が中心の魔王国がまさか空から攻めてくるなどとは微塵も考えてもいませんでした。


 とはいえ、そのときはまださほどのパニックも生じていませんでした。


 竜、有翼族や羽虫たちから攻撃を受けたことが幾度もあったので、対空戦にはそれなりに慣れていたのです。


 そもそも、エルフは皆、優秀な狩人であって弓の扱いが得意ですし、このエルフの大森林群にはそれこそ空竜ジズ様の加護である認識阻害や封印が常時張ってあります。


 それらが物理的に破られることなど、天地がひっくり返っても起きないだろうと誰もが信じ込んでいました。


 が。


 ある晩、私たちはふと目撃してしまったのです――


 一人のダークエルフの青年が夜通し城から突き飛ばされて、絶叫している様を……


 狩人として視力も良く、さらに夜目が効くので、私たちは否応なくそのむごたらしい拷問をじっと注視するしかありませんでした……


 もちろん、当時の私たちにとってはダークエルフも咎人のような存在ではありましたが、それでも一応はかつての同族……そんなダークエルフに対してあまりにも酷い仕打ちです。


 まるで第六魔王国に虜囚として捕まったら、全員がああなるのだぞと宣告されているようでさすがに肝が冷えました。


 しかも、どういう訳か、拷問を受けているはずのダークエルフの青年はずっと笑みを浮かべているのです。おそらく、苦しむこと、痛がること、あるいは絶望することさえ許されていないのでしょう。まさに悪魔の如き所業です。


「ミル姉さん……私たちは何としても勝たなくてはいけません」

「ええ。そうね、シエン。浮遊城の到着まで、まだ時間があるわ。警戒を怠らないようにしましょう」

「はい!」


 そう。この会話まではまだしっかりと覚えているのです。


 実際に、こうして私たち以外にも森のエルフたち全員が夜勤を嫌がらずにドスをディスるライ……ではなくて、しっかりと警戒するようになったわけですが――


 まさかあの拷問が皆を外に誘きだす狡猾な罠だったとは、このときは夢にも思っていませんでした。というのも、翌日の夕方に私たちは集団パニックに襲われたのです。


 当時の私たちからすると、いったい何をされたのかすらよく分からなかったわけですが……後から聞くところによると、それは植物系魔物モンスターのマンドレイクの絶叫と、吸血鬼のルーシー様による『断末魔の叫び』による二重攻撃だったそうです。


 あらゆる耐性を貫通して全ての状態・精神異常をばら撒く前者に加えて、吸血鬼の真祖の血を最も濃く受け継いだ御方による最凶の呪いによって、私たちはほぼ全員無力化されてしまいました。空竜ジズ様の加護も、そういった搦め手の攻撃には弱かったようです。


 しかも哀しいことに、私はエルフの中で最も呪いを強く受けてしまいました。


 もともと、内包する豊富な魔力マナ量に対して制御が不安定だったこともあってか、呪いによる魔族化という体質変調の波があまりにも大きく出て、自己同一性を保てなくなったのが原因のようです。


 降伏後にドルイドのヌフ様がすぐに私を診てくださったわけですが、哀しそうに首を横に振ってみせるだけで、


「残念ながら、当方の法術ではここまで侵食してしまった呪いは解除出来ません」


 朦朧とした意識の中でじっと伏している私の耳には、ミル姉さんが「そんな……」と嘆く声が聞こえてくるばかりでした。


 そのミル姉さんはというと、どうやら上手く魔族に転じている最中のようです。実際に、この後に魔族化したエルフたちは森の妖精ドライアド妖樹トレントに変じていきました。


 さて、そんなふうに虫の息だった私に対して、


「せめて……何か遺す言葉はありますか?」


 ヌフ様にそう聞かれたので、私は仕方なく辞世の句を詠むことにしました。


古森ふるもりや ルーシー飛びこむ 断末魔」


 おそまつ――と、心の中でささやかに付け加えます。


 さすがに口汚いライムは控えたわけですが、死に瀕した心の穏やかさのせいでしょうか、ミニマリズムの境地とも言える句を遺すことが出来ました。


 ちなみに後日、人造人間フランケンシュタインエメス様に伺ったところによると、セロ様も私と似たような体質だったそうですが、ルーシー様との出会いによって愛の力で乗り越えられたのだとか。もちろん、説明を加えるまでもなく、私の場合も真祖カミラ様に救われたわけで……


 実のところ、血の契約を果たしたときに私の心の中にはある花が咲き乱れました。それは――百合です。実の姉ことミルを差し置いて、私はカミラ様を心の中で真のお姉様とお慕いするようになってしまったのです。


 ふふ。これもきっと、魔族としての大いなる変化の一つなのでしょう。


 どこか遠くから「そんな馬鹿な……終了オーバー」と、エメス様が私の心中を読んだかのように驚いた表情を浮かべていますが、きっと気のせいだと思います……あ、止めてください。いくら魔族で不死性を得たからといって脳を解剖なんてされたくはありませんよ、エメス様。


 と、まあ、そんなこんなで私は公爵級の吸血鬼になったわけですが、今では意外と楽しくやっています。


 そもそも、森の外に関心を持たずに生きてきたので、いきなりトゥレス様に連れられて、王国の内乱に誘われたときには本当に驚きました……


 まあ、ここらへんの騒動については別の方が語られることと思うので私からは差し控えましょう。


 何にせよ、王国が落ち着いて、エルフの森にも以前のような静寂が戻ったなら、今度は北の魔族領にでも足を延ばしてみたいと思っています。


 北海の古塔には私と同じく公爵のモルモ様がいらっしゃるようなので挨拶に伺いたいのです。


 もっとも、このとき私はそのモルモ様から会ってすぐにお見合いを勧められるとは微塵も思ってもいなかったわけですが……いやはや、人生とは本当に分からないものですね。


 そうそう、ままならないと言えば、私の辞世の句なのですが、後世になってエルフ風俳諧を確立した名句とされて世界中に知れ渡るようになります。繰り返すようですが、まさに人生、ケセラセラです。


 それでは皆様。これにて本当におそまつ様でした。




 あ、そうそう、もちろんお見合いについては断りましたよ。何せ、私には真のお姉様がいらっしゃるのですから。



―――――



元エルフこと吸血鬼ミルの話は忘れないうちに書いておきたかったので、「会戦前夜」→次話「前哨戦」の間に追補として挟みました。


他にもエルフの森を立て直すヌフとか、少し人柄が丸くなったトゥレスとか、屍喰鬼グールのウーノのその後とか、エルフ族に関してはもう少し描きたいこともあって、そこらへんは第三部が終わったらやる予定です。


あと、気づいた方もいるかもしれませんが、エルフとして魔力の内包量が格段に多いということはドルイドの素質があるわけで、実はシオンは古代ハイエルフの血を強く継いでいます。まあ、公爵級の吸血鬼になっちゃったわけですが……

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