第235話 星を継ぐもの
今話の最後にあとがきとして、『捕捉』と『告知』をそれぞれ入れています。ご覧いただけますと幸いです。
―――――
「
ルーシーがそう言い切ると、その場にはしーんと静寂が下りた。
もっとも、セロはすぐに「はっ」となって、呆けた表情を引き締めてからそばにいた
多分に耳打ちなどでこっそりと説明してもらいたかったのだが、当のリリンはというと、いかにも「え?」と無茶振りをされた顔つきになって、ぶんぶんと頭を横に振って返してきた。何も知らないし、聞いたことさえないといったふうだ。
おかげでセロはリリンと一緒になって、これはいったいぜんたいどういうことかと、真祖カミラに対して真っ直ぐに問いかけるような視線を向けた。
元第六魔王。勇者の始祖にして、吸血鬼の真祖ことカミラ――
セロにとっては数か月前に魔王城で戦った時以来の邂逅だったわけだが……
不思議なことに、セロはカミラに親近感を覚えていた。もちろん、その容姿がルーシーによく似ているからという影響もあるだろう。言ってしまえば、ルーシーの大人版というか、強さとお色気と人生経験マシマシみたいな感じがカミラなので、セロはどうしても憎めないのだ。
思えば、このカミラによる『断末魔の叫び』のせいでセロの人生は一変して、多くの苦労や得難い経験もしてきたのだが、今となってはそれを責めるつもりにはなれなかったし、そもそもからしてその全てがセロにとって必然だったようにも思えてくる。
何にしても、そんなセロとリリンの真剣な眼差しを受けて、カミラはやれやれと肩をすくめてみせると、
「私は吸血鬼の真祖と謳われてきたけど……今も第六魔王国にはたくさんの吸血鬼がいるわけでしょう?」
「そうですね。正確な数は分かりませんが、ブラン公爵の配下だった吸血鬼以外にも、後から第六魔王国を訪れてきた者たちも含めて、今では千人ぐらいはいるんじゃないでしょうか」
「まさかとは思うけど、それら全てが私の眷族で、いわゆる孫やひ孫みたいな者たちだと、これまでみなしてきたのかしら?」
カミラがいかにも憤慨だとばかりに頬を少し膨らませると、セロは「うーん」と呻った。
たしかに人族や亜人族と同様に子をなしてネズミ算式に増えていくのだとしたら、カミラが真祖である以上、全ての吸血鬼はカミラの子孫に当たるはずだ。
ただ、その理屈はどう考えてもおかしい。
というのも、実の娘であるルーシー、リリンやラナンシーが子供を生んでいないからだ。
娘が子作りしていない以上、孫が出来るはずもないし、当然、吸血鬼が増えていくといった道理もない。つまり、真相のカミラが子供を生んだという考え方自体が間違っていたわけだ。
「では、先ほどルーシーが言った『血の契約』というのは、いったい何なんですか?」
セロがそう問い直すと、カミラは「ふう」と短く息をついてから、呪いで苦しんで死にかけているエルフの女性のもとにそっと近づいていって、自らの指先を爪で切りつけると、数滴ほど、その血を直に飲ませた。
そして、呪詞を幾つか謡って、そのエルフの体を魔術の円陣が包み込むタイミングで、何事か耳もとで囁いたようだ。
「――と、誓うことが出来るかしら?」
「は……い。どのみち……死ぬ身です。これ以上は……望む、べくも、ありません。どうか、お願い……いた、します」
エルフの女性は弱々しく首肯した。
直後だ。その胸もとに魔紋が一気に広がっていった。
しかも、呪いに耐えきれずに死に直面していたはずのエルフの女性はというと、見違えるように息を吹き返して、『血の契約』によって新たな肉体に変容していった。魔族――それも吸血鬼となったのだ。
もっとも、エルフの女性本人はそんな唐突な変化に戸惑っているようだった。
すると、カミラが再度、「ふん」と鼻を鳴らしてからセロに向けて言った。
「これで公爵級の吸血鬼が一人、出来上がりって寸法よ」
次の瞬間、『エルフの丘』にはまたしーんとした静寂が広がっていった。
公爵級というと、以前、魔王城に攻め込んできたブランがそうだったし、他にはセロはまだ会ったことがないが、北海の岬にはモルモという名の女性吸血鬼が古塔に一人きりで住んでいるとされている。
そもそも吸血鬼は貴族制というヒエラルキーのもとにあるので、カミラから直接血を数滴ほど継いだ者が公爵、その公爵から継いだ者が侯爵、順に伯爵や子爵、男爵となっていくだろうことは、この時点でセロにも容易に想像出来た。
ということは、そんな真祖の娘とされるルーシーたちはもしかすると――
「ええ。その通りよ。少しは頭が回るようね。
「ちょっと待ってください。赤子っていうことは……まさか?」
「そのまさかよね。ルーシーも、リリンも、ラナンシーも全員、もともとは
驚天動地の出自を知らされて、セロはさすがに唖然としたが、すぐに責めるような口調で問い
「まさか、さらってきたのですか?」
その言葉に、カミラは唇をつんと突き出して抗議した。
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。私自身に人族に見えるように認識阻害をかけて、王国の教会が経営する孤児院に行って、育てきれない幼子を引き取って来ただけよ。昔は邪竜ファフニールとバチバチにやり合っていた頃もあったし、色々と事情もあったから、幾人か、しっかりとした後継者を作っておきたかったの」
そこでセロは「ん?」と首を傾げた。
ルーシーたち三人とも人族の子供だということは、実の父親が存在するはずだ。
とはいえ、セロは同時に顔をしかめるしかなかった。邪竜ファフニールとやり合っていたということは、相当に古い時代の話なのだろう。当然、人族ならばもう生きてはいない。その子孫の系譜すら断絶している可能性だってある。
すると、ルーシーがセロに声をかけてきた。
「セロよ。そんな小難しい顔をしてくれるな。もともと、父親など知らずに育ったのだ。今さらその不在を悔やむつもりはない。そうだろう、リリンよ?」
「はい、お姉様。少なくとも、ドスのような小物でなくてほっとしているぐらいです」
「でもさ。なぜルーシーやリリンは『血の契約』のことを知らなかったんだ?」
セロが改めてそう尋ねると、二人ではなくカミラが代わりに答えた。
「さっきも見たでしょう。吸血鬼は呪いに頼らずとも簡単に増やせるの。実際に、ブランはそうやって手当たり次第に眷族を増やしていった。だからこそ、娘たちには注意してほしかったわけ。もちろん、時期が来たら教えるつもりだったわ」
要するに帝王学の締めが『血の契約』にまつわることだったのかもしれない。
もっとも、それをきちんと説明する前にリリンは家出してしまったし、勇者パーティーと対峙してやられたことで今度はカミラがルーシーから離れてしまった……
というところで、セロは「そういえば――」と、ふいに話題を変えた。
「なぜあのとき、僕たち勇者パーティーに負けた
今のセロだからこそ、はっきりと分かった。真祖カミラの実力は本物だ。
古の魔王級とされるルーシー、
数か月前の勇者パーティーなど、たとえセロの『
「理由は単純よ。いい加減に
「では……その後にどこかに姿を隠して、ルーシーに全く接触しようとしなかったのは?」
「この娘が継ぐとばかり思っていた第六魔王の椅子に、どこぞの馬の骨とも知れない、ぽっと出の元人族が居座ったせいよ。しかも、娘と婚約したっていうじゃないの! もしかしたら結婚詐欺にでもあっているんじゃないかと心配して、色々と探らせてもらったわ」
カミラにずんずんと間近に迫られて、セロは「あ、はい」とつい謝りかけた。
とはいえ、こればかりはセロのせいではない。そもそも、カミラがセロに呪いなどかけなければ魔王にはなっていなかったのだから……
何にしても、こうしてカミラは潜伏先として引きこもりの巣とでも言うべきエルフの大森林群を選んだ。ドスとは仲が良いのか悪いのか、どちらにしてもそれなりに古い付き合いだったようだし、この森はマブダチの邪竜ファフニールがいる『天峰』にも近い。
そもそも、そのファフニールはカミラが生きていることを確実に知っていた。おそらくどこかのタイミングで直接会っていたのかもしれない……
「そういえば、ドスが先ほど話していましたが……神殺しの責任云々というのはいったい何なのですか?」
セロが問いかけると、カミラはそこで初めて真顔になった。
そして、人造人間エメスだけでなく、モタや屍喰鬼のウーノに憑依していた蠅王ベルゼブブや死神レトゥスにも順に視線をやってから、
「私がもともと人族だったことは知っているのよね? 勇者の始祖だったことについても?」
「はい。もちろん聞いています」
「そう。だったら、この世界には、結局のところ――
セロはすぐ眉をひそめた。その言葉の意味が全くもって理解出来なかったせいだ。
「え? いや、待ってください。だって……この世界には、亜人族も、魔族もいるじゃないですか。あと何より、天族だって……」
セロがそう応じると、カミラは「ふふ」と曖昧な相槌を打った。
エメスがセロのそばに寄って説明しようとするも、カミラはそれを片手で制する。
「まず亜人族というのは、人族の亜種でしかないわ。遺伝子操作によって――ああ、この説明じゃ分かりづらいかしら。まあ一種の肉体改造によって、かつて動物や
「そ、それは……いったい、いつの頃の話なんですか?」
「古の時代よりもずっと昔の話よ。ロストテクノロジーが起こるよりも遥か以前のこと。今の世界の先史時代と言ってもいいわ」
「…………」
セロはつい無言になった。
正直なところ、先史時代などと言われてもピンとこなかった。いきなりクロマニョン人の話をされるようなものだ。あまりに時代が離れ過ぎていて、想像することすらろくに覚束なかった。
だが、目の前にいる吸血鬼の真相ことカミラはさも歴史の生き証人であるかのように滔々と語る。
「文明がどれだけ高度になろうと、人族の求めるものは変わらなかった。富や名誉ではない。平和でも戦争でもない。最も欲したのは――神性。そう、不老不死よ」
カミラが感慨深く言うと、セロはごくりと唾を飲み込んだ。
どうやらカミラの話はこの世界の核心を突こうとしているようだった。それは全ての発端となる真実――もしくはこの世界を歪めてしまった虚構かもしれず、セロはじっとカミラの次の言葉を待った。
もっとも、そんなセロの内心はどうあれ、カミラは三度、「ふう」と短く息をつくと、落ち着いた口ぶりで語り出したのだった。
「当時、不死性については二つの見解があったの。苛烈な肉体改造を施してでも、人族を進化させるべきだという考え方と、あくまで自然のままの姿であり続けながらも、世界にパラダイムシフトを起こせるほどの天才は
「まさか、前者が魔核を持って変容した魔族。そして、後者が――」
「その通りよ。結局のところ、古の大戦とは、魔族と天族の争いだったわけじゃないの。本質的には人族同士の醜い価値観のぶつかり合いだったのよ」
所変わって、ここは人族の王国――
その大神殿の最奥には祈りの間と呼ばれる広間がある。
王国の最重要文化財として指定され、一度も一般公開されたことのない神の像が安置されていると謳われる場所なのだが……実のところ、その肝心の像は人の形をなしていない。
もちろん、動物でも、自然でも、あるいは十字架のような宗教的な
では、いったい、どのようなものなのかと言えば――物々しい台座の上に置かれているのは、サーバーのホストマシンを模したような筐体でしかない。あるいは、巨大なモノリスと言ってもいいかもしれない。
何にせよ、その筐体の前に今、一人の少女が膝をついて祈りを捧げていた――王女プリムだ。いや、雰囲気はどこか厳かなので、むしろ天使のモノゲネースだろうか。
いずれにしても、プリムの口からは懺悔が漏れた。
「古の大戦によって、この世界に残すべきだった天才たる
―――――
[補足]
Q. セロとルーシーの間に子供は生まれる?
A. はい、生まれます。
Q. セロとルーシーの子供は吸血鬼なの?
A. 不明です。
ここらへんを作中で説明すると、設定語りが長くなりそうなのであえて切りました。いつか外伝などで別途書く予定です。とりあえず、簡単に補足しておくと、吸血鬼同士が結ばれて子供を生んだ場合、その子は吸血鬼になります。
吸血鬼と多種族の場合、その子は吸血鬼にはなりません(多種族の遺伝が強く出る傾向があります)。ただ、その子と血の契約を結べば吸血鬼になります。
また、たとえ結ばれなくても、血の契約を行えば吸血鬼は生まれ、血を与えた者の眷族となります。
セロとルーシーの場合はまだ子供が生まれておらず、そもそもセロの魔族としての種(吸血鬼、人狼、悪魔など)が分かっていないこと、加えて子供を吸血鬼にするかどうか教育方針が定まっていないことから、上述の通り「不明」としています。
―――――
[告知]
いつもお読みいただきましてありがとうございます。12月1日(月)本日より『カクヨムコン8』が開催されたのをきっかけに、新作長編連載の『万年Fランク冒険者のおっさん、なぜか救国の聖女になる』がスタートいたします。
そちらもお読みいただけましたら幸甚でございます。何卒、よろしくお願いいたします。
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