第234話 見つめ合う親子

 吸血鬼の真祖カミラとその長女ルーシーはじっと見つめ合っていた。


 どれぐらいそうしていたかと言うと、エルフの元族長ことドスの件がとりあえず片付いて、ヌフがエルフたちにかかっていた状態・精神異常を法術で治してまわって、さらにどうしようも出来ない呪いつきについて――


「セロ様。この呪人となったエルフたちは如何いたしましょうか? 当方の法術をもってしても、呪いの解呪は難しそうです」

「うーん……今さら王国の大神殿に連れて行くのも時間がかかり過ぎるだろうし……そうだなあ……呪いによって死んでしまいそうなエルフたちって、現状だとどれぐらい出そうなの?」

「死者はあまり出ないかと。おそらくほとんどの者が魔族に転じるのではないかと想定出来ます」

「なるほど。人族と比べて、エルフは生命力が強いということかな?」

「そうですね。長い寿命も関係しているのかもしれませんが――」


 と、ヌフが答えたところで人造人間フランケンシュタインエメスがいかにもにやりと口の端を歪ませた。


「ほう。とても興味深い研究課題です。是非とも数ほど、第六魔王国の地下実験室に連れて帰りたいところですね。終了オーバー


 当然のことながら、セロが「めっ」と叱りつけるような視線をやると、エメスはすぐにしゅんとなった。


 ドスとその近衛たちの人型の跡については手遅れになってしまったが、せめてそれ以外のエルフたちについては、セロの目が届くうちはきちんと扱ってあげたいところだ。


 すると、ヌフが「ほっ」と一息ついてから説明を再度続ける。


「あくまで当方の知識では、たとえば古の時代に犬人コボルトが呪いを受けて人狼になったように、亜人族は人族に比すれば呪いによって死ぬケースは少ないとされています。先ほど申し上げた長寿、もしくは素の身体能力ステータスの高さなどが影響しているものと考えられます」


 セロが「なるほどね」と相槌を打つと、今度はどこからともなく、屍喰鬼グールのウーノに取り憑いた死神レトゥスが現れて、セロとヌフの会話に割って入ってきた。


「ふむん。呪いによって非業の死を遂げたエルフたちの魂は、せつの住まう霊界にてきちんと取り立てて上げよう」

「本当ですか。それは助かります」


 ヌフが感謝の意を表すと、


「ああ。エルフの魂は非常に珍しいからね。大抵は長い生のうちに干からびるようにして大往生するので、霊界には中々やって来ないのだよ。いやはや、これは大漁だ。働かせ甲斐があるというものだな。この者ウーノの魂も、同胞が一気に増えれば泣いて喜ぶに違いない」


 死神レトゥスはそこまで言って、「くくく」と小さく笑みを浮かべてみせた。


 さながらブラック企業のサイコパス社長みたいな微笑に、セロたちもぞっとするしかなかった。こればかりはさすがに死神の貫禄と言っていい。


 それはともかく、もし運悪く呪いで死んでしまった場合はレトゥスに任せるとして、残りの魔族になりうるエルフたちの処遇について、セロは改めてヌフと話し合いを続けた。


「魔族になった場合でも、これまで同様にこの森で生活出来るのかな?」

「それはさすがに難しいかと思われます。何より、魔族になったら生活様式に大きな変化が生じます」

「へえ。たとえば――?」

「先ほど話した人狼の場合、月の満ち欠けで体内の魔力マナが変動して巨狼になったり、あるいは逆に弱体化したりといったふうに、肉体的な変容が出てくることはセロ様もすでにご存じかと。もしくは、吸血鬼のように夜行性になって、ほとんど棺内で寝て過ごすといったこともあり得るわけです」


 セロはそれを聞いて、「ふうん」とまた相槌を打った。


 真祖カミラの『断末魔の叫び』を受けて、セロ自身が魔族となって早数か月――


 セロの体内の魔力が大幅に上がり続けて、いまだに天井知らずのせいか、セロには表向き大きな変化が訪れていない。


 せいぜい、そんな大量の魔力がいかにも魔王らしく禍々しくなって溢れ出てくるか、あるいはセロの額に時おり魔紋があらわれるぐらいで、人族の頃の生活や感覚とさしたる違いもなく、今のところは呑気に過ごしている。


 おかげで呪いによって魔族になると言われても、セロはあまり危機感を持たずにいたのだが……


「たしかにそういった変化が出てくるのだとしたら、一緒に暮らすのは難しくなっていくのかもしれないね」

「はい。そもそも、エルフはこれから当方たちダークエルフと協調して暮らしていくので、種族的にも大きな転換期を迎えます。それに加えて、さらに魔族となった同胞も森で抱えるとなると、やはり混乱は避けられないかと」

「エルフ的にはどうなの? 魔族となって悲観して自殺したりしないよね?」

「何とも言えませんが……高潔の元勇者ノーブル殿のいた砦でも、呪いにかかった人族は逞しく生きていました。住めば都で花が咲くというわけではありませんが、こればかりは成り行きに任せるしかありません」


 ヌフの話を聞いて、セロは「ふむん」と一つだけ息をついた。


 何なら第六魔王国で魔族となったエルフたちを引き取ってもいい。ちょうど温泉街を拡張している最中だし、北の魔族領はなだらかな平原が続いて土地が余っているので住む場所には困らない。それに魔族の先輩たる吸血鬼たちがケアしてくれるかもしれない。


「そういえば――」


 といったところで、セロはその吸血鬼ことカミラとルーシーを思い出して、そちらに視線をやった。


 セロとヌフがてきぱきと今後の方針についてまとめている間も、その二人はなぜか無言でじっと見つめ合ったままだった。


 一応、次女のリリンも距離を取って待機していたのだが、二人の様子に「はあ」とため息混じりに閉口している様子だ。


 そんなリリンへと、セロはまず声をかけた。


「あの二人はどうしちゃったのさ?」

「いつもああなのです」

「いつも?」

「はい。以心伝心と言えば聞こえが良いかもしれませんが、実際には同族嫌悪と言いますか……近親憎悪と言いますか……何にしてもああやって目力で互いにマウントを取り合っているのです」


 たしかに傍目からすると、互いにずっとガンを飛ばし合っているように思える。


 カミラの方は腰に両腕をやったまま、顎をくいと上げて、「ふふん」とルーシーを見下しているし、一方でルーシーはというと、下唇を噛みしめながらも、「ぐぬぬ」と上目遣いで睨みつけている。


 どちらもこの世界の美しさという概念をまさに象ったような存在だけに、そんな光景だけで一幅の絵画のようではあるものの、千の言葉を語っているというよりは、どちらかと言うとしょうもないキャットファイトにしか見えてから不思議だ……


 セロにとっては義母と妻のいさかいだけは御免被りたいところなので、さっさと止めてほしいのだが――


「でも、さっきカミラが登場したときは、ルーシーはすぐに敬礼していなかった?」

「挨拶は別です。私も、末妹のラナンシーも、たとえどれだけ腹が立っていようとも、目上のお姉様やお母様にはすぐに敬礼します。いわば、戦う前にする名乗りみたいなものなのです。そういうふうに私たちは躾けられました」

「…………」


 名乗りが挨拶と言われても、さすがにセロにはよく分からなかった。


 どこかの不良たちが、「夜露死苦」、「おう。喧嘩上等だぜ」などと言い合ってから殴り合うようなものだろうか……


 何にせよ、エルフの大森林群で嫁姑問題に巻き込まれるのだけは勘弁してほしかったので、セロがあたふたとしていたら、意外なところから声が上がった。


「ほう。吸血鬼の頂上決定戦でもやるのか? これは見物だな」


 そう言って進み出てきたのは――モタだった。


 いや、正確に言うと、モタの鼻先に乗った第二魔王こと蠅王ベルゼブブだ。


 二人のちょうど中間にのこのこと歩み出て、いかにも「ファイト!」とゴングを鳴らすかのような仕草でその場を仕切ろうとした。


 だが、カミラがそんなモタをまじまじと見て、一言、


「貴女ねえ。親子水入らずの団らん中に何をやってくれるのよ?」


 もちろん、その場にいた全員が団らん・・・というところで「ん?」と首を捻った。


 すると、対面にいたルーシーも「ふう」と小さく息をついてから、


「何か誤解されているようだが、わらわと母上様は色々と話し合っていたところだ。目は口程に物を言うというからな。おかげで様々なことが分かった」


 これはまたけったいな親子だなと、セロは額に片手をやりつつも、ここでやっとルーシーに言葉をかけることが出来た。


「ところで、ルーシー?」

「うむ。どうしたのだ。セロよ」

「様々なことって……いったい、目と目で通じ合うだけで何が分かったというのさ?」


 セロが珍しくやや皮肉交じりにそう問いかけると、ルーシーは「ふふ」と顎に片手をやってから、「そうだな。一番の収穫はというと――」といったん言葉を切ってから、真っ直ぐにセロと向き合った。


「妾に父などいないということがよく分かった。どうやら吸血鬼は血の契約で生まれるようなのだ」

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