第233話 跡
「さて、それではお義父さ――」
セロはついドスのことをお義父さんと言いかけて、慌てて言葉を切った。
最早、ルーシーの実父でないことは確定したわけだから、義父と呼ぶのは適当ではないのだが、ほんのわずかな間でも固定されてしまった呼称は中々に変更しづらい……
それにドスは卑怯で卑屈で、王族であることを鼻にかけて、誇りだけはやたらと高い上に、女たらしの性悪男といったふうに、褒めるところが全く見つけられない小物ではあったものの、セロはどういう訳かあまり憎めなかった。
これはなぜかと考えてみるに、ドスは勇者となったバーバルによく似ていたのだ。
むしろ、バーバルよりかはセロを見下そうとしなかった分、セロにとっては
何にせよ、そんなセロの内心はともかく、
「では、セロ様。これからこの
「まあ、とりあえず今のところは……
実のところ、このときセロからすると、そんなエメスやドスを横目に、どこか複雑な表情を浮かべているドルイドのヌフの方がよほど気掛かりだった――
本来ならば、これにて
以降はヌフの名の下に、大陸北西と南西に分かたれた二つの種族は改めて手と手を取り合う関係になっていくわけで、もっと喜んでもいいのに……
当のヌフの顔はというと、わずかに曇っていた。
もっとも、こればかりは仕方ない話だ。というのも、エルフたちの半数が呪われてしまった……
さらに残りのエルフたちはいまだ状態・精神異常に苦しんでいて、ドスが犯した大罪すらまともに理解出来ていない状況だ……
しかも、ドスの統治時代が長かったが
セロはそんなヌフの気持ちを
というか、セロがもしエルフ側の立場だったら、改めて王に返り咲いたヌフには反発するだろう。そもそも、魔族などと手を組んで攻め込んできた
そうなってしまったら、あとは憎しみの連鎖で、悲劇的な民族紛争という未来しか見えてこない……
「さて、ヌフはどうするのかな」
セロは、「はあ」とため息をつくしかなかった。
すると、そんなタイミングでエルフの王族付きの精鋭たちが『エルフの丘』まで戻って来た。
さすがにドスの近衛になるだけあって、自力で精神・状態異常を治してきたらしい。それでも、『天の火』や第六魔王こと愚者セロの禍々しい
「ドス様は、ど、ど、どこだ? 我々は……魔王やダークエルフの軍門には決して降らないぞ!」
と、近衛たちはセロとヌフを交互に見ながらも、精一杯に声を張り上げた。
おそらく自らを鼓舞する意味合いもあったのだろう。つまり、エルフは徹底抗戦する気満々なのだ。
そんな様子を見て、セロはまたもや「はあ」と息を吐きだした。
こうなってくると、果たして魔王としてセロが前に出るべきか、それとも同族のヌフに任せるべきか――セロはわずかに迷いつつも、そういえばさっきまで騒がしかったドスの声があれからさっぱりと聞こえないなと思って、ちらちらと周囲を見渡してみると、
「……あれ?」
いつの間にか、ドスは『エルフの丘』から消えていた……
一瞬、逃げられたのかとセロは目を疑ったが、すぐにヌフがやれやれと頭を横に振ってみせた。そして、ヌフが前に進み出てエルフの精鋭たちに応じてみせる。
「ええと、ドスがどこかと言うならば……」
ヌフはそこで言葉を切って、なぜか――ゆっくりと天を指差した。
セロは眉をひそめた。ドスは天に上った? もしかして、死んだということだろうか? さすがにセロには、ヌフのジェスチャーの意味がよく分からなかった。
が。
その直後だった。
「ぎやえええええああああああああああーっ!」
絶叫と共に、
セロたちがいた『エルフの丘』の最奥に鎮座ましましていた毒竜の頭蓋骨が一気に砕け散っていったのだ。
……
…………
……………………
「…………」
セロは無言で、白々とした目になった。
というのも、経験としてよく知っていたからだ。そう。あれは紛う方なく――
バンジージャンプだ。
もっとも、ドスは地面……というか、目測を誤ったのか、頭蓋骨に直撃して即死していた。
そんな凄惨な死体となったドスがバンジーの要領でまた宙にぽーんと打ち上げられて、次に戻ってきたタイミングでヌフが急いで駆け寄って、法術の『
死後すぐだったので、ドスは「ぶはあっ!」と、何とか生き返ったわけだが……口からは泡を吹いて、白目まで剥いて、金色の美しい長髪は抜け落ち、頬もすでにげっそりとやつれていて、さっきの死体のときよりもよほど死にかけているような状態だった……
「というわけで、ドスはここです」
ヌフはため息混じりに淡々と告げた。
同時に、エメスがランドセル型の噴射機を背負ってゆっくりと降りてきた。
「皆様。本当に申し訳ございません。磔台分の重さを考慮し忘れていました。次はもっとギリギリを攻めないと駄目ですね。
どうやらセロがドスの処遇をどうこう決める前に、エメスは噴射機で宙に上がって、X字型の磔台ごとドスを浮遊城まで持って帰っていたらしい。
エルフの大森林群は基本的に木陰になっているので、浮遊城が直上に着いてもセロは気づくことが出来なかった。というか、もしかしたらヌフがやたらと複雑な表情を浮かべていたのはエメスの行動を黙認してしまったせいなのかもしれない……
それはさておき、肝心のドスはというと、またずるずると宙に持ち上げられていった。
「ひい。止めてくれ……頼む、こんなのは幾ら何でもあんまりだ……」
「問題ありません。今度は地上にばっちり美しい跡を残せるように調整しました」
「地上にって……殺すつもり満々ではないか!」
「地に落ちて、天に上ることも出来る。これぞ、小生の目指す最高の拷問かもしれません。
「だ、だ、誰か、助けてえええええ!」
そんな様子に、エルフの近衛たちはさっきまでの威勢はどこへやら、唖然として、ただ、ただ、ドスが引かれて浮遊城まで引っ張られるのをぼうっと見上げるだけだった。
刹那。
「ぶんごぼれずぎいいいいいいいいいいーっ!」
ドスは丘上にまた落下して、今度は地上にX字型に埋まった。
さすがにエルフの元王族だけあって体はそれなりに頑丈なのか、肉片は飛び散らなかったが、やはりというか、当然のことながらドスはまたもや死んだ……
今度は地上にきれいなX字だけを残して、死体と磔台がぽーんと打ち上げられる。
同時に、エメスが噴射機で下りてくると、セロに向けてこれ以上ないくらいの満面の笑みを浮かべてみせた。
「セロ様。お申しつけの通りに、見事な
セロはつい、「ん?」と首を傾げた。
それから、「はっ」と思い出した。セロはたしかにエメスに答えていた――ドスの処遇については、「とりあえず今のところは……
だから、セロは白々とした目をX字のきれいな
何にしても、喜色に満ちたエメスがもっと褒めて褒めてと言わんばかりに、
「ところでセロ様? そこに突っ立っている白耳長族どもも、どうせならここで跡にして残しましょうか? 小生のデータベースにある伝承では、かつてどこかの島国にいた力士なる戦士は聖地に手形を遺したそうです。彼らもそれに倣って、人型の跡になるべきでは?
と、進言をして、胡乱な目つきでエルフの近衛たちを見つめた。
そのとたん、エルフたちの足首にどこからともなくマンドレイクの蔦が伸びてきて、彼らを宙に吊った。
「投降いたします。お許しください!」
「ドス様のことなんてもうどうでもいいです!」
「こんな惨い仕打ちはなさらずに! どうか、どうか魔王様。ご一考を! 何よりお慈悲を!」
「む、むしろ……X字型の磔台に縛られたい……」
さすがにドスの側近と言うべきか――見事に寝返って、保身に走ったわけだが、エメスの加虐趣味がそんな嘆願を許すはずもなかった。
ちなみに後世、『エルフの丘』の最奥には毒竜の頭蓋骨ではなく、エルフたちの体の跡が多く残されたという。どこかの国技館よろしく、力士たちの手形のように展示されて、エルフの大森林群を訪れた人々に感心されたわけだが……意外なことにエルフたちはそれを誇らしく思うことになる。
実際に、森の奥の山岳地帯に棲息する
何にしても、エルフたちが第六魔王国に素直に恭順して、種族統一を果たす約束をダークエルフと交わすのに全くと言っていいほど時間はかからなかったそうだ。
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