第232話 ――は身を滅ぼす
「カ、カカ……カミラ! 出てくるタイミングが違うだろう!」
エルフの現王ことドスが慌てて騒ぎ立てると、真祖カミラは両腕を腰にやってから真顔で抗議した。
「知らないわよ。そもそも、誰が貴方の企みに乗ってあげると言ったのかしら?」
「何だと? 神殺しの報いを全ての人族と魔族に負わせるという意味で、我々は崇高な価値観を共有していたのではなかったのか?」
「だからと言って、娘たちを
「ちっ。たしかに嘘ではあるが、些細なことだろうに……」
その瞬間、セロたちはあんぐりと口を開けた。
ドス本人がルーシーやリリンの実父でないことをはっきりと公に認めたのだ。
だが、それなら果たして誰が本当の父親なのかという問題が新たに生じる。もっとも、当の娘たち二人からすると、もともと父親を知らずに育ったせいなのか、わりとどうでもいい様子でけろっとしていたものだが……
何にしても、カミラの登場によって、この場には三つの劇的な変化が生じていた――
まず、先ほどまでセロの腕にしな垂れ掛かって、「ばぶー」としか言っていなかったルーシーがさながら壊れかけのラジオのように、
「ばぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……」
と、急に小刻みに震え出すと、ついには手足をびしっと伸ばして直立不動の姿勢を取ってから、
「お母様! お久しぶりでございます!」
そんなふうにしっかりと頭を下げてみせた。
どうやらバンジージャンプの落下時よりも遥かに強い衝撃を受けて、ルーシーにかかっていた『幼児退行』は瞬時に掻き消されたようだ。
セロは「ほっ」としたのも束の間、そんなルーシーを守るようにしてカミラの前に立ち塞がった。
以前、ルーシーからは実母のカミラについて、「帝王学をみっちりとこの身に叩き込まれたものだ」と聞かされたことがあったが、どうやらずいぶんと厳しく指導されたようだ。
実の親子だというのに、こんなふうに脊髄反射で最敬礼してみせるのだから相当なものだったに違いない。
いや、もしかしたら……ルーシーが他の吸血鬼に対して行う、どこぞのハートマン軍曹ばりのスパルタはその帝王学的教育方針の影響なのだろうか……
セロは首を傾げるも、結局、その答えは出てこなかった。
さて、次の変化として、カミラの出現によって地に膝を突けて顔を伏せる者たちが幾人か出てきた。
人狼メイド長のチェトリエは長らくカミラに仕えてきたからそういった態度を取るのは当然だったし、次女のリリンも家出していたから顔を伏せたい気持ちになるのも理解出来る。
ただ、海竜ラハブがそんな二人と同様に礼を尽くしていたことにセロは驚かされた。義父の邪竜ファフニールとカミラが親しい間柄なので礼を失してはならないと考えたのかもしれない。
ちなみに、ドルイドのヌフと
最後に、三つ目の劇的な変化は、最も意外な人物に表れた――
「そ、そんな馬鹿な……
狙撃手トゥレスはそう言って、最早、動揺を隠せずにわなわなと震えていた。
結局のところ、ドスはトゥレスにどうしようもない嘘をついたわけだ。いわば、「あの女とヤったことあるんだぜー」といったふうに話を盛って、弟に色男自慢していたのである。
今どきの中二の男子でもやらないような恥ずかしい盛り具合に皆は「……」と、さすがに口数が少なくなったものだが……
当然のことながら、カミラはそんなドスに対して、「はあ」と大きなため息をついてみせると、
「ねえ、ドス? なぜヤることもヤっていないのに、子供が生まれることになるのかしら?」
まじまじとドスを見つめて、いかにも見下げ果てたといったふうに軽蔑の表情を浮かべた。
すると、ルーシーがカミラの言葉に合いの手を入れる。
「では、お母様。この偉そうな白耳長男は、実の父親ではないと?」
「もちろんよ。たしかにベッド上で散々弄んであげたことはあったけど、私の肌に指一本触れさせてもいやしないわ。そもそも、こんな軽薄な男は趣味じゃないしね」
ベッド上で肌も合わせずに遊んだとは、いったい何をやっていたんだろうか?
と、生真面目な元聖職者のセロは大いに首を捻ったわけだが……何にしてもそれではいったい誰が実父なのだろうかと改めて疑問を発したいところで、当のドスがついに感情を爆発させた。
「さっきから黙って聞いていれば、好き勝手に言いやがって――」
好き勝手に幾つも嘘をついていたのはドスの方では? と、これまたセロは冷静にツッコミを入れたかったが、肝心のドスはと言うと、右手を天に突き出してから嫌らしくにやりと笑い上げた。
「こうなったら傀儡の力を見せてやる。世界最強の一角こと空竜ジズ様から授かった
直後、セロのもとに黒いもやの呪詞が糸となって下りてきた。
たしかに『エルフの丘』の奥には巨大な竜の頭蓋骨があった。骨だけだが、見た感じはいかにも霊験あらたかな様子だ。
それが果たして空竜ジズのものかどうかはセロには全く分からなかったが……朽ちてもなお状態と精神に作用するかのような魔力がこの丘には満ち満ちていた。
「さあ、魔王セロよ。私が命じる! 貴様の仲間を皆殺しにしてみせよ!」
ドスがそう宣告すると、セロはアイテムボックスから釘付き鉄球を取り出して、周囲の皆が一気に警戒する中で――
「……あれ? ええと?」
と、すぐにまたまた首を捻った。
というのも、何となく指示されて雰囲気に流されてしまったが、セロの自由意思でモーニングスターをしまうことも可能だったからだ。
ついでに、「ふっ」と息を吹きかけてみると、宙にあった糸のようなものはすぐに霧散していった。
「…………」
だから、セロが白々とした視線をドスに向けると、
「ま、まさか! 貴様の胸もとにあるのは土竜ゴライアス様の
ドスがそう吐き捨てると、黒いもやは海竜ラハブを一気に覆っていった。
「空竜ジズ様の力で操られるのなら竜種なら本望だろう? さあ、美しき竜姫よ! 我が思いのままにこの場にいる者を虐殺せ――ぼぐわっ!」
ラハブは躊躇なく、ドスを殴り倒していた。
「いやあ、何と言うか……これについては
「どういうことだい?」
セロが聞き返すと、ラハブは急に身をもじもじとさせた。
「あそこにある頭蓋骨はジズ叔母様のものじゃないというか……そもそもジズ叔母様は宙高く飛んだままで、この世界には一切干渉したことはないというか……」
ドスが瀕死になりながらも、「何……だと?」と、何とか声を絞り上げると、今度はカミラがため息混じりに呟いた。
「そこにある頭蓋骨はおそらく古の大戦時に死んだ毒竜のものじゃないかしら? おそらくファフニールの同朋あたりじゃないの?」
「はい。その通りなのです、カミラ様。義父様もそう言っていました」
「じゃあ、逆にラハブに聞きたいのだけど……それがいったいどうしてドスに空竜ジズと勘違いさせるような事態に陥ったのよ?」
「ええと……新年に余と義父様とで、たまにこの森にちょっかいをかけることがあったわけなのですが――」
ラハブがそう語り出したところで、セロはふいに思い出した。
そういえば、以前に「新年の挨拶代わりにエルフの森を嫌がらせで攻め入る」とか言っていたことがあったなと。
本気で攻めたらとうにこの森は火の海になっていたはずだから、はてさてどんなちょっかいをかけていたのやらと、セロは肩をすくめつつも続きを黙って聞くことにした。
「――認識阻害をかけて、いかにもこの頭蓋骨がまだ霊験あらたかに在るかのようにみせかけて、そこにいる白耳長野郎に神事っぽいものを語りかけて遊んでいたのです」
「……ま、まさか?」
「いやー、本当にここまで信じちゃうとは……悪いことしちゃたかなーって」
要は、新年早々、ファフニールとラハブは揃ってこの森で神様ごっこをしていたわけだ。
とはいえ、さすがに毒竜の遺骨だけあって、死してもなお状態・精神異常を誘発させる
実際に、それによってドスによる傀儡の術は力を増して、かつては
だが、さすがに時間があまりにも過ぎてしまったせいなのだろう。今となってはその魔力も残り滓みたいなもので、そもそもからして二流な傀儡の術な上に、大した
そんなわけで、全ての嘘が明らかになって、しかも身から出た錆というか、ラハブの拳によって無様に地を這いずり回っているドスが
「これで第六魔王国の勝利だ!」
と、勝鬨を
もっとも、一戦すらしていないので何とも締まらないものになったわけだが……
ちなみに、なぜかドスを拘束したのはX字型の磔台だった。セロがさすがに「ええ……」としかめ面をするも、エメスが喜々として縛り上げていたので何も言えなかった。
嘘は身を滅ぼすというが、ドスはこれから相当に苦労することになるのだろう。
エークとヌフの表情がそれをありありと語っていた。
こうしてエルフの大森林群は第六魔王国に征服されて、さしたる困難もなくエルフの種族統一が果たされることになったのだった。
―――――
誰がルーシーたちの父親なのか。またカミラが今後どのように行動するのか――については次話となります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます