第223話 やることのない浮遊城(終盤)
魔王城内デート計画当日――
その午前中、セロはいつもと変わらずに過ごしていた。
朝早くに起きて、城内の見回りをして、朝食を皆と食べ、玉座にて簡単な報告を受ける。
もちろん、城が浮遊中なので公務の量自体はかなり減っているからすぐにセロも時間的な余裕が出来た。とはいえ、ここですぐにルーシーに対してがっついてはいけない……
実際に、朝食時にセロはルーシーにはさりげなく言ったばかりだ。
「ルーシー。今日の午後は一緒にいられるかな?」
「一緒に? 急にどうしたのだ、セロよ」
「うん。ちょっと二人きりで色々と話したいことがあってさ」
セロが緊張した面持ちで言うと、ルーシーは「ん?」と首を傾げた。
二人きりというならここ最近は毎晩のように一緒にいるわけだし、魔王城が浮遊して、明日にはエルフの大森林群に到着するという有事に、果たしていったい何事かと訝しんだわけだ。
「別に構わないが……何か用件があるのならば今のうちに説明してもらえると助かるのだが?」
「よ、用件というほど、大したことじゃないんだ。いや、まあ、大したことではあるんだけど……」
セロがそんなふうに口ごもってしまったので、ルーシーはさらに九十度ほど首を傾げた。
もっとも、ルーシーはそれ以上追及してこず、朝食が終わってルーシーが二階の食堂こと広間から退出していくと、今度は近衛長のエークが近寄ってきた。
「セロ様。
「うん。もちろん」
「……ですが、肝心の
「ドス? 捕まえる? ええと……僕はルーシーとデートするんだけど……?」
そこでエークは「はっ」と気づいた。
ドスに対して行う残虐な仕打ちに対して、ルーシーに今日の午後いっぱいをかけて説明して合意を求めるつもりなのだと。一応はルーシーの実父なので、セロとしても十分に配慮したいのだろう。
「なるほど。そういうことだったのですか」
「う、うん。もちろん、そういうことだよ。だから、よろしく頼むよ」
「はい! 了解いたしました」
何だかいまいち噛み合っていない気もしたが……実のところ、セロにはそれ以上に気になることがあった。
モタがまだやらかしていないことだ――今のところ大人しいようだが、モタの場合、こういう凪のようなときの方がよほど怖いので、エークにさりげなく監視するように指示を出した。
また、
あとはゲストの蠅王ベルゼブブと死神レトゥスだが……後者の心配はしていない。実際に、魔王城が浮遊してからは、
「それでは大森林群とやらに着いたら起こしてほしい」
と、吸血鬼の棺桶にエルフの王族もとい
逆に、前者は相変わらず城内をぷーんと飛んで徘徊しているようだが、ヤモリ、イモリやコウモリたちが相談をしに来ないということは悪さを働いてはいないようだ。モタとのシナジー効果でさらなるやらかしに発展しないようにと、
ついでに言うと、セロとルーシーの付き人ことドゥとディンはすでに強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』に乗艦して、前日のうちに東の魔族領の墳丘墓に出発している。
そんなわけで万全の準備を整えて、セロはついにルーシーを昼食に呼んだのだった。
その昼食会のほんの少し前のことだ――
モタは「にしし」と笑っていた。
蠅こと第二魔王ベルゼブブも「にしし」とはさすがに笑えないが、陽気にぷんぷんと羽ばたいていた。
以前、モタが媚薬を作った魔王城上階の小部屋に一人と一匹はいた。そこにエークとメイド長のチェトリエが平然と入ってくる。
「モタよ。チェトリエ殿を連れてきたぞ」
「ありがとー」
「本当に大丈夫なのだろうな?」
「もちのろんですよ。ねえ、ベルちゃん?」
モタは自信満々といったふうに蠅へと同意を求めた。
当初はさすがのモタでも、親切な蠅が第二魔王こと蠅王ベルゼブブ本人だと知らされて腰を抜かしたものだが、天性の爛漫さというか、二人の悪い意味での相性の良さというか、そんなところでもってすぐに打ち解けてしまった。
ちなみにエークはというと、そんなモタの監視を始めてすぐに蠅に見つかってしまった。狩人のエークが逆に狩られた格好になったわけだから、魂の欠片しか入っていないとはいえベルゼブブがいかにハイスペックか、エークも思い知らされたわけだが――
そんな蠅がモタの鼻先にぴたりと止まって、また憑依してからモタ自身の問い掛けに答えてみせる。
「もちろんだ。今回は我がちゃんと監修してやったからな」
「前回だってベルちゃんが召喚されていなかったら、きちんと上手くいっていたんだよー」
自慢げに腕を組んだモタが、次にはすぐさまぷんすかと両手を上下させる。
一人二役をしているので傍目から見るといかにも不可解な光景だが……何にしても第二魔王をベルちゃん呼ばわり出来るのは世界広しと言えどモタぐらいだろう……
「我が召喚された時点でとうに可笑しな薬になっていたのだ。そのことはちゃんと自覚しろ」
「むむうー……はい、反省しましゅ」
「よろしい。ほら、人狼メイドよ。持っていくがよいぞ。我が太鼓判を押してやろう」
「畏まりました。それでは、昼食のお飲み物に一滴でよろしいのですね?」
「うむ」
チェトリエがモタから媚薬を受け取る。
エークはやや遠い目をしながらそんな様子を見つめていたが、すぐに気を取り直して部屋の中にいたヤモリたちに確認をした。
「この媚薬は本当に大丈夫な物なのか?」
「キュイ!」
ベルゼブブだけでなく、ヤモリたちも肯定したわけだから、前回の媚薬騒動のようなことにはならないだろうとエークも納得するしかなかった。
本当のところはそんな媚薬を飲み物に垂らすなと、むしろチェトリエに断固として指示を出すべきところだが……あとでモタとベルゼブブにどんな仕返しをされるか分かったものではないので、エークはその二人ではなく、ヤモリたちを信じることにした。
何にせよ、こうして魔王城内デート計画は一気に怪しげな方向に傾いてしまったのだった。
その頃、エメスは「くくく」と狂科学者らしい笑みを浮かべていた。
ドルイドのヌフは困り顔をしながら、「はあ」とため息をついて額に片手をやった。
最早、セロに逐一報告するといった状況ではなかった。何しろ、このままエメスを放置したら、エルフの森林群が悉く焼き尽くされてしまいかねないのだ。
もちろん、ドスがエルフの現王となって以降、ヌフとてエルフたちのあり方には眉をひそめていた。だが、エルフの森は古の時代にヌフも住んでいた生地だ。それにヌフはいまだにエルフ族の統一を諦めてもいない……
「さて……どうしましょうかね」
ヌフは再度、小さく息をついた。
こういうときに巴術士ジージがいてくれたら、多数決という荒業でもってエメスを説得出来るのだが、そのジージも強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』に乗艦して、とっくに墳丘墓に着いた頃合いだろう。
「森ではなく、何か別の目標があればいいのですが……」
ヌフは困り果てた顔つきをしながら、さてどうやってエメスを説得すべきか考え込むのだった。
第一魔王こと地獄長サタンの配下である大悪魔のネビロスとベリアルは降魔術によってエルフの大森林群の手前に降り立った。
「ふう。やれやれです。いやはやです。困ったものです。で、ベリアル?」
「ん? 何だよ?」
「死んでください」
「転移して第一声がそれかよ!」
「全部貴方の責任です。というか、ここはどこですか? 何だか見覚えのある森のような気もしますが……」
「てか、上を見ろよ。あそこだよ」
ベリアルが指差した方にネビロスも視線をやると、そこにはまだ点ほどしか見えなかったが、たしかに魔王城が浮いていた。どうやらこちらに接近しつつあるようだ。
「なっつかしいなあ。あれってたしか……軌道エレベーターじゃね?」
「たしかに懐かしいですね。第六魔王国にある古城です。ということは、ここがやはり北の魔族領というわけですか……」
「でもよ。こんな森だらけだったっけか?」
「はい。人面樹などが出る森の付近だったと記憶しています」
「じゃ、ここがやっぱ第六魔王国か。オーケー。見くびられるのも癪だからな。一発、この森でもぶっ潰してやるか」
「賛成です。それでは早速、森に向かうとしましょう」
こうしてエメスとヌフにとって『天の火』を落とす対象が見つかって、さりげなく土下座までのカウントダウンが始まっことをネビロスとベリアルだけはまだ知らないのであった。
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