第224話 魔王城デート 緒言(前半)
「おや、皆はまだ来ていないのか?」
浮遊して移動している魔王城の二階食堂こと広間に着くなり、ルーシーはそう言った。
もう昼食の時間なのにセロ以外の面子がいない。ここにいるのはせいぜい人狼メイドと、ダークエルフの精鋭たちがなぜか楽器を手にして控えているだけだ。
しかも、ルーシーが広間に入ってくるなり、人狼メイドたちがいきなり薔薇の花弁を宙に放って、ルーシーの為の花の道を作った。当然、ルーシーは「は?」と訝しんだわけだが、いまいちよく分からないまま先導されて、そんな道に沿ってテーブルへとたどり着いた。
「これは……いったい何事なのだ、セロよ?」
ルーシーが尋ねると、セロは無言でぱちんと指を弾いた。
そのとたん、ダークエルフの精鋭たちが静かな音楽を奏で始める。ルーシーも以前に女豹大戦にてファンファーレを聞いていたから、その演奏力はすでに知っていたが……それでも果たして本当に何事なのかという懸念は消えてくれない……
「そうだね、ルーシー。何事かと言うならば……そうだな……とりあえずは、ルーシーへの感謝とでも言うべきかな。まずはこれをプレゼントしたいんだ」
セロはそう答えると、またぱちんと指を弾いてみせた。
すると、広間に近衛長のエークが入ってきた。しかも、その手には鉢に入れられた大きな植物があった――食
……
…………
……………………
さすがに滅多に動揺をみせないルーシーでも、眉間に皺を寄せて無言を貫くしかなかった。
もとは拷問にでも使えるかなと、
セロからすれば食虫植物の方がプレゼントとしてはベターだったのだが、魔王城が浮遊している間は採りに行くことも出来ず、そうはいってもマンドレイクも同じようにきれいな花を咲かせるので、これでまあ問題ないかと妥協したわけだ。
ちなみにエークはセロの
ただ、プレゼントというわりには、ルーシーにとってあまり微笑ましい光景でないのは事実だ……
むしろ、一瞬、セロもエークたち同様に
「ところで、セロ……これはいったい?」
「ルーシーが食虫植物をディンと一緒にベランダで育てていると聞いてね」
「う、うむ。たしかに……そうなのだが……」
ルーシーは返答に困った。
別に趣味でガーデニングを始めたわけではなかったからだ。
最近、寝ている間でも
そもそも、ベランダや部屋に置いてあるのは食虫であって食人ではない。まあ、今もエークに容赦なくがっちりと絡みついているところから察するに、蠅も人も関係なく捕えてくれそうではあるのだが……
ルーシーは少し迷いつつも、セロからのせっかくのプレゼントを無下にするわけにもいかないと、
「ありがとう、セロ。では、そのマンドレイクをもらうとしようか」
そう言って、エークから鉢を受け取った。
すぐさまマンドレイクはルーシーにも蔓で攻撃を仕掛けようとしたが、ルーシーは魔眼でキっと睨みつけた。その瞬間、マンドレイクはしょぼんと項垂れた。
どうやら寄生していい相手ではないと悟ったようだ。存外賢い上に、育てれば女性の人型になるとも言われている植物系の魔物なので、それなりに使い道はあるかなとルーシーも考え直すことにした。
何にしても、ルーシーからするとセロの真意が分かりかねた……
午後に一緒に過ごしたいと言っていたから、何か大切な話を二人きりでしたいのだろう。しかも、食人植物をプレゼントしてきたことが一種のメッセージになっているに違いない。
おそらく植物ということは、浮遊城の移動先であるエルフの森に関連したことのはずだ。
ということは、その森にいる人物を喰らうというのがセロの含意――つまり、セロはルーシーの実父であるエルフの王族ドスを捕らえて拷問にでもかけて、様々な情報を吸い取り出したいと示唆しているわけだろうか。
と、ルーシーはそこまで考えて、「ふむん」と納得した。
そもそも実父とはいっても、生まれてから一度も会っていない上に、色々な話を総合するとろくでもない女たらしらしいので、ルーシーは全く気にしてもいなかった。
だが、セロはやさしいのでルーシー以上に気に掛けてくれたのだろう。
だから、わざわざ手の込んだプレセントなどで説得を試みようとしているのかもしれない。ルーシーはそんなふうに判断して、セロに対して鷹揚に伝えてあげた。
「ふふ。セロよ。
もっとも、セロは逆にその返事に戸惑った。
むしろ、ルーシーの本意をすぐに理解出来たのは、マンドレイクにまたぷすりと頭を刺されているエークの方だった。
エークは咄嗟に「やりましたね」とセロに向けてこっそりとガッツポーズを作ってみせた。対照的にセロは「え?」と眉をひそめるしかなかった。
セロからすれば、いまいち意味が分からなかった――「父親とてどうだっていい」ということは、きっと魔王城でデートをするにあたって今は父や母といった結婚・出産後の立場なんて気にせず、また「好きにするがいい」ということは、あくまで恋人として自由気ままに一日を過ごしたいというルーシーの意思表示なのかなと、頭をうんうんと捻って何とか解釈することにした。
「な、なるほどね……分かったよ、ルーシー。じゃあ、好きにさせてもらおうかな」
ルーシーも、エークも、セロの言葉には深く肯いてみせた。
こんなふうに第六魔王国の名物とも言える、会話のボタンの掛け違いによって、この後にドスが身の毛もよだつ拷問を受ける羽目になるわけなのだが……当然のことながらセロだけは全くもって理解していなかった。
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