第222話 やることのない浮遊城(中盤)

「ところで、セロ様はいったいどのような拷問デートをお望みなのですか?」


 近衛長エークはまず尋ねた。


 これまで拷問については人造人間フランケンシュタインエメスに一任されてきた。


 それが今回に限ってセロ主導で行われるのは、やはりエルフの王族こと義父ドスを許すまじというわけで、ルーシーをおもんぱかってのことなのだろう。


 もちろん、セロは普通にデートしたいだけであって、拷問など微塵も考えていない……


 とはいえ、エークはやや心配深げな顔つきだ。セロはどちらかと言うと甘い性格なので、勇者バーバルは結果的に逃したし、それに泥竜ピュトンも捕えたままでいまだに殺していない。


 そんなお人好しな魔王だからこそ、逆に言うと人族も、亜人族も、親しみやすいと接してきてくれるわけだが……果たしてエメスに代わって拷問など出来るのだろうか。


 すると、セロは「うーん」と考え込みながらもエークに答えた。


「そうだなあ。どのようなというか、テーマは……再発見かな」


 セロからすれば、魔王城内のデートスポットを改めて発見したいといった意味合いで口にした言葉だ。


 ルーシーはこの魔王城であまりに長く過ごしてきたからこそ、何か新しい魅力に気づいてもらいたいと提案してみたわけだ。


 一方で、エークは別の捉え方をした。


 普段セロは甘い、お人好しなどと称されるからこそ、今回の拷問デートで魔王としての厳しさや苛烈さを見てほしいと考えているのだ、と。


 すると、再発見というテーマに外交官のリリンも「いいですね」と相槌を打った。


「今も魔王城は浮遊しています。こんなことが出来るのは、大陸中を見渡してもこの城だけです。再発見と言うならば、是非ともこの環境を生かさない手はないと愚考いたします」


 これにはセロも、エークも、深く肯いた。


 たしかに浮遊する魔王城ならばルーシーだってまだ慣れていないはずだ。


 だが、逆に言うと宙ではやることも限られてくる。もしくは、上空からの大展望パノラマぐらいしか長所がないとも言える。セロは「さてどうしたものか」と、一つだけ息をついて両腕を組んだ。


 そんなセロに対して、エークはさりげなく提案した。


「ちょうど今向かっているエルフの大森林群、そのさらに奥の山地にいる亜人族の有翼ハーピー族には、子供から大人になる為の通過儀礼としてこんなものがあると聞き及んだことがあります――それは『バンジージャンプ』というものです」


 エークはそう言って、バンジージャンプなるものをセロに説明した。


 曰く、まだ飛ぶことが出来ない子供のハーピーの足に縄を付けて、『火の国』の山々や第三魔王国の『天峰』よりも遥かに高い場所から突き落とすのだ、と。


 実際に、王国でもこのことは「ハーピーは我が子を千尋せんじんの地上に落とす」として、『ハーピーの子落とし』などとしてよく知られている苛烈な逸話だ。


 それを聞いてセロは思わず、ぽんと膝を叩いた……


 ……が、すぐに「ん?」と首を傾げた。


 たしかにデートとしては面白そうなアトラクションだが……果たして肝心のルーシーが喜んでくれるだろうか……


 その一方で、エークは自らの案に満足していた。これまで拷問とは、物理的な攻撃や魔術的な状態・精神異常をちくちくと施すことがほとんどだった。


 だが、飛ぶすべを持たない者にとって上空から突き落とされることほど、恐ろしいものはないはずだ。さらにそのまま吊り下げ続ければ、精神異常の『絶望』を魔術的に与えるよりもよほど効果があるに違いない。


 これぞまさに再発見に違いないと、エークは「うんうん」と自画自賛した。


 また、リリンも「ほう」と感嘆の声を上げていた。たしかにバンジージャンプならコストもかからずに浮遊城にて行える上に、その斬新さから観光客に人気が出るかもしれない。


 何なら、上空が苦手な者には法術などで『鉄の心臓ライオンハート』でもかけてあげて奮い立たせてやればいいのだ。


 リリンはそこまで考えて、「いやあ、それは(観光政策的に)素晴らしいアイデアですね」と言い添えた。


 当然のことながら、ルーシーの妹ことリリンがそう言って太鼓判を押すのだから、きっとルーシーも気に入ってくれるだろうと、セロはつい思い違いをしてしまった。


 ちなみに、ルーシーは意外にも高いところが苦手である。セロと一緒だからこそ上空からの大展望も楽しそうに振舞ってきたが、『浮遊』の魔術でこれまであまり高く飛ばなかったことから察するに、バンジージャンプなど絶対にやらない性質タイプだ……


 それはさておき、再発見というテーマを受けて、今度はリリンが提案をした。


「やはり第六魔王国がどれほど強大な国家なのか、改めて知らしめる必要があると思うのです」


 知らしめる、という点にセロは「ん?」とまた首を傾げたが、何にしてもセロにはない発想なので驚いた。


 というのも、セロは気軽な散歩デート程度を考えていたのだ。その上で、セロやルーシーが気づいていない魔王城の秘密スポットなんかがあればいいなということで二人から知恵をもらおうと思っていた。


 だが、リリンはいわば、これまでの二人の歩みを振り返ってみてはどうかと言ってきたのだ。


 セロとルーシーが出会い、二人で築き上げてきた第六魔王国を再度確かめてみることこそが大事なのだ、と。


 とはいえ、セロは若干難しい顔つきになった。そんなふうに二人の足跡を見出せるような場所などあっただろうかと、また「うーん」考え込んだわけだ。


 すると、リリンはさらに言葉を続けた。


「浮遊城にて花火を上げるのは如何でしょうか?」

「花火?」

「はい。エメスが最近、開発したと聞き及んでおります」

「へえ。そうなんだ。僕は……まだ何も聞いていなかったけど?」

「たしか開発したばかりで、発射実験を行わなければいけないとも聞いております。おそらくそのせいかと。今回がちょうど良い機会になるのでは?」

「なるほどね。でも、花火なんか見て、再発見になるのかなあ?」

「そこはバルコニーなどで穏やかに二人で語らい合いながら、最後に一気に、ドンっと」


 ちなみに言うまでもないが、この花火というのは当然のことながら文字通りの物ではない。


 エメスが開発したのは『天の火』と呼ばれるものであって、かつて人族がまだ古の技術を手中にしていた際に地上を焼き払ったとされる超特級攻撃魔術である。


 古文書には、人族の大佐がそれを『インドラの雷』などと呼んで、ソドムだかゴモラだかを滅ぼしたのだという伝承が残されている――そんな非常にとてもすごく厄介で危険な花火・・なのである。


 もちろん、エークもそのことは知らされていたので、「ほほう」と感心した。


 要は、バルコニーで散々言葉攻めをした挙句に、バンジーの要領で宙に吊るして、最後に圧倒的な火力による示威行動を見せつけることによって、次はないぞとドスの心を折る――そういった拷問に見えたからだ。何ならドス自身を『天の火』で焼き払っても良いかもしれない……


 とはいえ、セロからすれば、二階のバルコニーでルーシーとこれまでの話をまったりとしながら、最終的に花火でムードを盛り上げてくれるのかなといった程度にみえた。


 昼はバンジーのアトラクションで楽しみ、夜は大展望と花火を堪能する。いやあ、これは中々に悪くない計画プランだなと、セロはここでやっと「ふう」と安堵の息をついた。


 何にせよ、そんなふうにボタンの掛け違いをしつつも、セロ、エークとリリンはさらに魔王城内デート計画を練っていった。


 途中で人狼の執事ことアジーンから連絡が入って、巨大蛸クラーケンの恋愛相談について緊急会議を開くことになったわけだが、それも夕方までには一段落すると、


「よし」


 セロは右拳をギュっと固めて、翌日のルーシーとの初デートの成功を無駄に確信したのだった。

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