第220話 セロ不在の魔王国(終盤)
執事のアジーン、巨大蛸クラーケンと
他の席の前にはモノリスの試作機が木製のスタンドに乗せられて立っている。
アジーンがその試作機を通じてセロに連絡を取ったときに指示されたことを実行したわけだが、いったいこんなことをして何になるのだろうかと、アジーンも、クラーケンやフィーアも首を傾げた。
とはいえ、アジーンがまた試作機で「準備出来ました」と、セロに通話すると、
「では、始めるよ」
セロがそう言ったとたん、モノリスの試作機から映像が投射された――
セロ、ルーシー、
アジーンは咄嗟に、執務室に存在するのかどうか、ついつい手を伸ばしてみるも、あくまでも投射された映像なので宙を切るばかりだ。
また、クリーンやキャトルに至ってはモノリスの試作機自体もあまりよく知らなかったこともあって、こんなことが出来るのかと呆然自失している。王国と第六魔王国との文明レベルの差は数世代どころか、数百年も開いていると示威されたようなものだ。
もちろん、セロとてこんな機能が追加されたことをつい数分前に知らされたばかりだったわけだが……これぐらい出来て当然だよ、といったふうになるべく泰然自若たるように努めた。もっとも、魔術的かつ技術的なツッコミがきたらどうしようかなと内心はビクビクしていたのだが……
「それでは栄えある第一回、次世代育成支援会議を行います」
セロがそう宣言すると、ぱち、ぱち、とまばらな拍手が上がった。
どうやら音声の
それはさておき、セロも初めのうちは恋愛相談とか、結婚相談とか、そういった会議名を考えていた。
だが、ルーシーからいかにもいじらしく、
「どうせならセロと
と、改めて相談を受けたので、思い切って次世代育成にまで舵を切ることにした。
王国の役人たちも政策に付ける言葉一つでこんなふうに苦労していたのかなと、セロは無駄に遠い目をしたわけだが、最終的にはモンクのパーンチが孤児院の子供たちを連れてくる可能性があること、またクラーケンの卵の孵化などについても話し合いが出来るわけだから、存外悪くないかもしれないと考え直した。
そんなセロが皆をじろりと見渡してから議題を切り出す――
「まず、モンクのパーンチとクラーケンとの交際についてなのですが……根本的な問題があります。クラーケンと交接すると、死に至るかもしれないということです」
これには皆も「うーむ」とさすがに俯いてしまった。
子供を産む為に自らが死ぬなどと言えば、たしかにロマンティックな響きではあるが、現実的に考えると、人族のパーンチにとってはあまりに大きな障壁かつ何より死活問題だ。
すると、海竜ラハブが興味津々といったふうに言ってきた。
「それは蛸同士の話だろう? 人族との交接で本当にそうなるのか? 何なら一回ものはためしに皆の前でやってみたらどうだ?」
まるで中学生男子みたいに「ふんす」と鼻息荒く、そんなエロ丸出しの意見を恥ずかしげもなく述べてくる。
当然のことながら、皆の前でという点でクリーンは「キャ」と声を上げたし、キャトルは俯いたままやや目を逸らしてしまった。
もちろん、さすがに皆の前でやる必要はないのだが、パーンチが腹上死しようものなら即座に法術の『
そういう意味では、一人がそばにいようが、複数人いようが、変わらないだろうというのがラハブの意見だ。
すると、エメスが
「どうせなら記録映像としても残したいですし、パーンチが死んだ直後に解剖もしてみたいです。そもそも、確実に死に至らしめる攻撃は脅威となります。ぜひとも第六魔王国防衛の為にも研究する必要があります。
魔王国防衛はただの建前にしか聞こえなかったが、何はともあれセロはため息をついた。
どことなく察することは出来たが、相手がパーンチだから何をやっても許される的な雰囲気が明らかに形成されつつある……
これは一回、きちんと引き締めておかないといけないなと、セロが皆を注意しようと思った矢先だ。ノーブルがふいに切り出してきたのだ。
「ところで、この話を急に振られたので私だけが知らなかったのかもしれないが……パーンチ殿はクラーケン殿と交際する意思があるのだろうか?」
その瞬間、会議には沈黙が下りた。
セロはまさに「しまった」といった表情を浮かべてみせる。
冒険者時代からの付き合いがあるパーンチだったが、戦闘好きで筋肉を鍛えるのが趣味という以外は女っ気が全くない生活をしていたので、てっきりクラーケンに告白されたら簡単にくっつくという前提で話を進めてしまった。
セロはついあたふたと助け舟を求めて、やはりパーンチとは長い付き合いのあるモタに視線をやった。
ちなみに今のモタには蠅王ベルゼブブが憑依していない。魔王城が浮遊してから蠅自身はぷーんとどこかに遊びに行ったらしい。そんなモタはというと、「むむう」と首を傾げてから、
「パーンチとはそういう話をしたことないんだよねー。そもそもパーンチって筋肉以外に興味あんのかなー?」
「うむ。私もよくパーンチ殿とは鍛錬している仲ではあるのだが、女性の話は聞いたことがないのだ。子供が好きだとは言っていたが……」
ノーブルもそう応じてから、慌てて付け加えた。
「い、いや、良い意味で子供好きということだぞ。子供が恋愛対象ではないはずだ」
そうだったらガチでマズいよ。とは、セロもさすがにツッコミを入れなかった……
とはいえ、当のパーンチはまだ王国に戻っておらず、聖女と元勇者混成パーティーにも合流していない。結局、この場にいない者についてあれこれ詮索して話し合っても埒が明かないので、セロはいったんもう一人の当事者ことクラーケンに尋ねることにした。
「ところでさ。クラーケンはパーンチのどんなところが気に入ったの?」
すると、クラーケンは急にもじもじし始めた。
どうやら生物として種の保存本能から交接はしたことがあるものの、感情の赴くままの恋愛は全くしてこなかったらしく、これまた中学生女子みたいに「あわわ」と躊躇っている。
ラハブといい、クラーケンといい、海の出身の者は皆こんな感じなのだろうかとセロが首を傾げていると、クラーケンは両頬を真っ赤にしながらやっと答えた。
「第六魔王国に来てから、パーンチ様、ドゥちゃんと一緒によく戦闘の訓練をさせていただきました」
「うん。それは聞いているよ。ドゥがお世話になったね」
「いえ、お世話なんてとんでもありません。こちらこそ充実した一時を過ごせました」
「じゃあ、パーンチの強さに惹かれたってことなのかな?」
「いいえ、とんでもありません。パーンチ様はいつも私やドゥちゃんに無様にやられてしまって……それでも
「……そ、そうか。不屈の精神に感じ入ったんだね」
「はい。将来、ドゥちゃんみたいな子供が出来たら、とても楽しい家庭が築けそうだなって」
「…………」
もしかして、パーンチは一生やられ続ける羽目になるんじゃないか……
と、セロは思いつつも、これだけではパーンチがクラーケンのことをどう想っているのかさっぱり分からずに首を捻るしかなかった。
そんなときに意外なところから声が上がった――女聖騎士キャトルだ。
「たしか今、聖女と元勇者混成パーティーには前衛の守備職がいないはずですよね?」
キャトルがそう尋ねると、クリーンが代表して答えた。
「はい。前衛は英雄ヘーロス様に、ノーブル様。あと、巴術士ジージ様も槍術、棒術をこなせますから前衛には出られますが、パーンチ様も含めて、前衛には攻撃的な役割の
もっとも、ノーブルとジージがいれば大抵のことは何とかなるし、ジージとクリーンでパーティーを分けてもいい。救出するのは教皇と第一聖女アネストの二人なので、むしろそうなる可能性を考慮してあえて偏った編成になっている。
そんな状況を確認しつつも、キャトルは本題に入った。
「でしたら、私の代わりと言っては何ですが……クラーケン様に前衛の
セロは、ぽんと膝を叩いた。
人族の冒険者だと、パーティーを組む者同士が結ばれることは多々ある。
死に直面するような危機的な状況で互いの本性が垣間見られるからだとされているが――要するにパーンチとクラーケンにもそうやって段階を踏んでもらえばいいのではないかと、キャトルは提案したいのだろう。
交接したら死ぬ可能性はまだ消えていないが、何はともあれその前段階の恋愛が成就しないことには話が始まらない。セロはキャトルに感謝しつつも、王国攻略の作戦案に変更を加えることにした。
こうして、栄えある第一回次世代育成支援会議は一つの結論に導かれたのだった。
「それでは、第六魔王国はパーンチとクラーケンが結ばれる為にも、聖女と元勇者混成パーティーを改めて支援しつつ、二人に危機的な状況が訪れるように工作をします」
王女プリムや天族たちが聞いたら驚くような舐めプ発言だったが、何にせよこうしてパーンチの腹上死へのカウントダウンが始まったのだった。
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